第5話
俺の問いかけに、最初に反応したのはルナだった。
ぱっと顔を輝かせ、ぶんぶんと手を振りながら叫ぶ。
「るなね、るなね、お姫様が座るみたいな椅子がほしい!」
「お姫様の椅子、か。なるほどな」
子供らしい、実に可愛らしいお願いだ。
前の世界の記憶を探ると、豪華な飾りがついた椅子のイメージが浮かんでくる。
猫脚と呼ばれる、曲線を描いた美しい脚があった。
背もたれには、細かい彫刻が施されている。
「あとねあとね、お菓子のおうちみたいな、本棚!」
「お菓子のおうちの本棚?」
それはまた、難しい要求だ。
しかし、子供の夢を形にするのは、物作りをする者にとって最高の喜びでもある。
クッキーの壁に、チョコレートの屋根、そんなイメージだろうか。
木でどこまで表現できるか、挑戦してみるのも面白い。
「分かった、ルナのためだけの、特別な家具を作ってやるよ」
「ほんと!?やったー!」
ルナは、飛び上がって喜んだ。
その場でくるくると踊り始める、その無邪気な姿に、俺も自然と笑みがこぼれた。
次に、俺はリリアの方を向いた。
彼女は、妹のはしゃぐ姿を微笑ましそうに眺めていたが、俺の視線に気づくと、少し恥ずかしそうに下を向いた。
「リリアは、何か欲しいものはないか?」
「え、えっと……私は、別に……」
遠慮しているのが、手に取るように分かる。
この子は、いつも自分のことより妹や俺のことを先に考えようとする。
その優しさは素晴らしいが、たまにはわがままを言ってもらいたいものだ。
「遠慮するな、リリアが快適に暮らせるための家具だ。何でも言っていいんだぞ」
俺がそう言って頭を撫でると、リリアは少しだけ迷った後、おずおずと口を開いた。
「……じゃあ、あのね。本を、たくさんしまっておける棚が、ほしいです」
「本棚か、いいな」
「それと……もし、もしもいいなら、字の練習ができるような、机と椅子も……」
声が、どんどん小さくなっていく。
なんて健気な願いだろうか、自分の楽しみのためではなく、勉強の道具を欲しがるなんて。
「もちろん、いいに決まってるだろ。読み書きの勉強か、偉いな、リリア」
「……うん。お母さんに、少しだけ教わったの。でも、もっとたくさん覚えたいから」
この世界では、文字の読み書きができる者は少ない。
貴族や商人ならまだしも、普通の人の識字率は決して高くない。
エルフの村ではどうだったのか分からないが、リリアの知りたいという気持ちは素晴らしいものだ。
「よし、分かった。リリア専用の、世界一勉強がはかどる机と椅子、そして大きな図書館みたいな本棚を作ってやる」
「だ、大図書館だなんて、そんな……!小さくていいのよ!」
慌てて首を横に振るリリアだったが、その顔は嬉しそうにほころんでいた。
「それじゃあ、善は急げだ。早速、作り始めよう!」
俺は腕まくりをすると、砦の中に作った作業場所へと向かった。
そこには、家具の材料にするために、あらかじめ何本か丸太を運び込んでおいた。
まずは、リリアの机と椅子からだ。
勉強に集中できるよう、デザインはシンプルにする。
しかし、長い時間座っていても疲れないように、体に合わせた設計を取り入れよう。
前の世界の知識が、ここでも役に立つ。
俺は一本の太い丸太の前に立つと、技術を発動させた。
「『創造(木工)』!」
丸太が宙に浮き、見る見るうちに形を変えていく。
まずは天板だ、表面を滑らかに磨き上げ、角は丸くして、安全に気をつける。
脚は四本で、安定感のあるしっかりとした作りだ。
天板の下には、ペンや紙をしまっておけるように、浅い引き出しを二つ作った。
この引き出しも、特別な部品はないのに、驚くほどスムーズに開け閉めできるのが、俺の技術のすごいところだ。
次に椅子を作る。
背もたれの角度、座る面の高さ、リリアの今の身長に合わせて、完璧に調整する。
少しだけ背伸びをすれば、丁度足が床に着くくらいの高さだ。
子供の成長は早いから、後で調整できるようにしておくのもいいかもしれない。
「できたぞ、リリア。ちょっと座ってみてくれ」
十分もかからずに完成した学習机のセットを、リリアの前に差し出す。
「わ……すごい……」
リリアは目を輝かせながら、恐る恐る椅子に座った。
そして、机に両手を置いてみる。
「ぴったり……、すごく、座りやすい……」
「だろ?これなら、何時間勉強しても疲れないはずだ」
「ありがとう、ルーク!すっごく嬉しい!」
リリアは椅子からぴょんと降りると、俺に駆け寄ってきて、ぎゅっと抱きついてきた。
その小さな体から伝わってくる喜びが、俺の心を温かくする。
「次は私の番だ!私の番!」
ルナが、早く早くと急かすように俺の服を引っ張る。
「はいはい、分かってるよ。次はルナのお姫様の椅子だな」
俺はもう一本の丸太に向き直る、今度は、さっきとは全く違うイメージを頭に描く。
優雅な曲線、華やかな飾り。
技術を発動させると、木材がまるで生き物のように曲がり、複雑な形を作っていく。
背もたれには、バラの花とつるの模様を彫り込む。
肘掛けは、白鳥の首のように滑らかな曲線を描き、脚は優美な猫脚にした。
仕上げに、全体を白い木の色合いのまま、しかし光沢が出るまで磨き上げる。
「どうだ、ルナ。君だけの玉座だぞ」
「わ……わあああ!すごい!お姫様みたい!」
ルナは完成した椅子を見て、歓声を上げた。
早速よじ登るようにして座ると、すました顔で背筋を伸ばし、満足そうにふふん、と鼻を鳴らした。
その姿は、まるでおとぎ話に出てくる小さな女王様のようだ。
リリアも、その見事な出来栄えに感心の声を漏らしている。
「すごいわ、ルーク……。これが、本当に木でできてるなんて……。まるで、魔法の国の家具みたい」
「まあな、俺の技術は、こういうのを作るのが得意なんだ」
その後も、俺は二人の願いに応えて、次々と家具を作り出していった。
ルナのために作った「お菓子のおうちの本棚」は、屋根の部分が三角になっていて、壁にはクッキーのような丸い模様を彫り込んだ。
扉は、板チョコをイメージしたデザインだ。
リリアのための本棚は、彼女の背の高さでも一番上の段に手が届くように、側面に梯子を取り付けた、遊び心のあるデザインにした。
これなら、たくさんの本をしまえるし、本を選ぶのも楽しくなるだろう。
二人のための家具が一通り完成したところで、俺は街で売るための商品の製作に取り掛かった。
まずは、簡単な椅子だ。
これは、いくつあっても困らないだろう。
デザインを変えて、座る面が丸いもの、四角いものをそれぞれ十個ずつ作った。
次に、小物入れを作る。
アクセサリーや手紙などを入れておくための、蓋付きの小さな箱だ。
表面には、森の動物や花の模様を彫り込んで、価値をつける。
これも、デザインをいくつか変えて二十個ほど製作した。
それから、子供向けのおもちゃも作る。
昨日ルナに作ったような動物の木彫りの他に、いくつかの部品を組み合わせて遊ぶ、積み木のようなものも作った。
前の世界で言う、知育玩具というやつだ。
この世界には、まだそういった考えはないかもしれない。
だが、子供が夢中になって遊ぶ姿を想像すれば、親はきっと買ってくれるはずだ。
荷車に積めるだけの家具やおもちゃが完成した頃には、太陽はもう西の空に傾き始めていた。
「ふう、こんなものか」
荷車は、大小様々な木工品でいっぱいになった。
これだけあれば、それなりの稼ぎになるだろう。
「ルーク、お疲れ様」
「すごーい!お店屋さんみたい!」
リリアがねぎらいの言葉をかけてくれ、ルナが無邪気にはしゃいでいる。
「さあ、晩ごはんの準備をしよう。今日は、魚を釣ってみようか」
俺は、昼間のうちに作っておいた木の釣り竿と、植物の丈夫なつるを編んで作った釣り糸を手に取った。
釣り針も、硬い木を削って作ったものだ。
三人で川辺に行くと、俺は早速、釣り糸を垂らした。
餌は、その辺にいた虫だ。
すると、すぐにぐぐっと強い引きがあった。
「お、きたきた!」
慎重に引き上げると、二十センチほどの、銀色に輝く魚が釣れていた。
「わーい!お魚だ!」
「すごいわ、ルーク!釣りも上手なのね!」
その後も、面白いように魚が釣れた。
あっという間に、夕食には十分すぎるほどの数が釣れてしまう。
その日の夕食は、魚の塩焼きと、木の実のスープだった。
昨日よりもずっと豪華な食卓だ。
自分たちで釣った魚の味は特別で、リリアもルナも、夢中になって食べていた。
「おいしいね、ルーク!」
「ええ、本当に。こんな美味しいお魚、初めて食べたわ」
お腹がいっぱいになった俺たちは、暖炉の火を囲んで、しばらく話をしていた。
そして、明日の予定をもう一度確認する。
「明日は、いよいよリリアの言っていた畑に行ってみようと思う。でも、絶対に無理はしないこと。危ないと思ったら、すぐに引き返す、いいな?」
俺が念を押すと、リリアはこくりと頷いた。
その表情には、期待と同時に、少しの不安の色が浮かんでいる。
「大丈夫よ、きっと、何もないわ」
そう言うリリアの言葉は、自分自身に言い聞かせているようにも聞こえた。
「ああ、そうだな。それに、俺がついている」
俺はリリアの頭を優しく撫でた。
「万が一のために、これを作っておいた」
俺は技術を使い、手元にあった木材で、自分の背丈ほどの長さの頑丈な棒と、丸くて小さな盾を作り出した。
「わ……」
「これがあれば、大抵の魔物は追い払えるはずだ。お前たちのことは、俺が必ず守るから」
俺がそう言ってにっと笑うと、リリアは少し驚いたような顔をした後、ふわりと花が咲くように微笑んだ。
「うん、ありがとう、ルーク」
その笑顔を見て、俺は改めて心に決めた。
この子たちとの平和な暮らしを、何があっても守り抜こう。
夜が更けていき、森は静けさに包まれる。
暖炉の火だけが、俺たちの新しい生活を、静かに見守っているようだった。
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