第4話

翌朝、俺は鳥の声で目を覚ました。

木の壁の隙間から差す朝日が、部屋の中を明るくしている。

暖炉の火は消えていたが、部屋の中はそれほど寒くない。

この家は、気密性が高いからだろう。


隣のベッドに目をやると、リリアとルナが、まだ気持ちよさそうに眠っていた。

二人とも、昨日とは比べ物にならないくらい、穏やかな表情をしている。

ルナは掛け布団を蹴飛ばしているが、その寝相の悪さもまた可愛らしい。


俺はそっとベッドから抜け出すと、まずは暖炉に新しく火を入れた。

そして、朝食の準備を始める。

といっても、食べ物は昨日のスープの残りくらいしかない。


(やはり、食料の確保が一番大事だな)


森には食べられる植物も多いだろうが、それだけでは栄養が偏ってしまう。

安定して手に入れるには、畑を作るのが一番だ。

それから、罠を仕掛けて小動物を捕まえたり、川で魚を釣ったりする必要もある。

やることは、たくさんありそうだ。


とりあえず、今日の朝食は残りのスープを温め直すとして、食器くらいは新しくしようか。


俺は技術を発動させ、昨日作ったものよりも少し飾りのある木の皿とコップを三つずつ作り出した。

皿には花の模様を、コップには動物の足跡の模様を彫ってみる。

ほんの、ちょっとした遊び心だ。


そうこうしているうちに、リリアがもぞもぞと動き、ゆっくりと目を開けた。


「……ん……あさ……?」


寝ぼけ眼で周りを見回し、ここが森の家だということを思い出したのか、はっとしたように体を起こした。


「ルーク……おはよう」


「ああ、おはよう、リリア。よく眠れたか?」


「うん、すごく……。こんなにぐっすり眠れたの、本当に久しぶり」


リリアはそう言うと、ふわりと微笑んだ。

その笑顔は、昨日までの警戒した表情とは全然違う、年相応の少女の顔だった。


妹のルナも、姉の声で目を覚ましたようだ。

大きなあくびを一つすると、ベッドから降りて、俺のところに駆け寄ってきた。


「るーく、おはよー!」


「おはよう、ルナ」


俺がルナの頭を撫でると、気持ちよさそうに目を細める。

すっかり、俺に懐いてくれたようだ。


「さあ、顔を洗って、朝ごはんにしよう」


俺は木の桶に川の水を汲んで用意した。

二人は冷たい水に声を上げながらも、楽しそうに顔を洗っている。


温め直したスープと、家から持ってきた最後のパン。

簡単な朝食だったが、三人でテーブルを囲んで食べると、不思議ととても美味しく感じた。


「ごちそうさまでした」


リリアが、丁寧に手を合わせる。

行儀のいい子だ、きっと、良い家庭で育てられたのだろう。


食事を終えると、俺はさっそく、今日からの計画を二人に話すことにした。


「さて、これからやらなきゃいけないことが、いくつかある」


「なになにー?」


ルナが、興味津々といった様子で聞いてくる。


「まず、この家の周りを安全にすることだ。森には魔物もいるからな、だから、家の周りに柵を作ろうと思う」


「さく?」


「ああ、魔物や、危ない動物が入ってこられないようにするための壁だ」


俺の技術があれば、丈夫な木の柵くらい、すぐに作ることができる。


「それから、畑を作って野菜を育てる。リリアは、何か育ててみたい野菜はあるか?」


「え、私が決めていいの?」


「もちろんだ、一緒に育てるんだからな」


リリアは少し考えた後、「ええと……甘いニンジンが食べたいな」と、はにかみながら言った。


「よし、じゃあ甘いニンジンの種を探しに行こう。それと、ルナの好きな果物も植えようか」


「いちご!るな、いちごがいい!」


「分かった、いちごの苗も探さないとな」


幸い、この森は広くて、様々な植物がある。

探せば、野菜や果物の元の種類が見つかるかもしれない。

もし見つからなければ、近いうちに街へ行って、種や苗を買ってくる必要がある。


「そのためにも、お金を稼がないといけない。俺の作った家具を、街で売ってみようと思ってるんだ」


「ルークの家具なら、きっと高く売れるよ!だって、すっごく素敵だもの!」


リリアが、自分のことのように喜んでくれる。

その気持ちが、とても嬉しかった。


「ありがとう、そのためにも、まずはこの場所を安全にしないとな」


俺は立ち上がると、家の外に出た。

リリアとルナも、後からついてくる。


「見てろよ、今から、すごい砦を作ってやるから」


俺は家の周りを見渡し、柵を立てる範囲を決める。

半径二十メートルくらいの円形がいいだろうか。

その中に、家と畑、それから作業場所も確保したい。


イメージは、固まった。


「『創造(木工)』!」


技術を発動させると、昨日と同じように、地面から何本もの太い木が浮かび上がる。

それらはすぐに加工され、先の尖った丈夫な杭へと姿を変えた。


杭は、俺が想像した円の通りに、等しい間隔で地面に深く打ち込まれていく。

その数は、百本以上だ。

ドドドドッと、地響きのような音が森に響いた。


次に、杭と杭の間を埋めるための、分厚い板を大量に作り出す。

それらが、杭の外側に隙間なく、がっちりと固定されていく。

高さは、三メートルほどだ。

これなら、普通の魔物は乗り越えられないだろう。


「す、すごい……」

「きの、おしろみたい……」


リリアとルナが、ぼうぜんとつぶやく。

目の前で、見る見るうちに巨大な木の壁が出来上がっていくのだ。

昨日、家が建つのを見た時と同じか、それ以上の驚きだろう。


仕上げに、丈夫な門を取り付ける。

もちろん、内側からしっかりと鍵をかけられる作りだ。


「よし、完成だ。これで、夜も安心して眠れる」


わずか三十分ほどで、俺たちの家は、木の砦に囲まれた安全な場所へと生まれ変わった。


「これなら、悪いオオカミさんも来れないね!」


ルナが、嬉しそうに言う。


「ああ、それに、もっと安全にしてやる」


俺は砦の内側、門のすぐ横に、もう一つ建物を作り始めた。

高さ十メートルほどの、見張り台だ。

はしごをかけて、上に登れるようにしてある。

ここからなら、森の様子を遠くまで見渡せるはずだ。


「わーい!たかーい!」


ルナがさっそく、ひょいひょいとはしごを登っていく。

エルフは、身が軽いな。


「こら、ルナ!危ないでしょう!」


リリアが、慌てて後を追う。

俺も苦笑しながら、二人の後について登った。


見張り台の上からの眺めは、最高だった。

緑の木々が、海のようにどこまでも広がっている。

遠くには、街らしきものが見えた。

あれが、レンガの街サイだろうか。


「きれい……」


リリアが、うっとりとつぶやく。

風が、三人の髪を優しく揺らしていく。

穏やかで、平和な時間だった。

こんな暮らしが、ずっと続けばいいと、俺は思った。


その時だった、ガサガサッと、砦の外の茂みが大きく揺れた。


「……!」


俺はとっさに、リリアとルナを自分の後ろに隠した。

二人とも、息を飲んで茂みを見つめている。


茂みから姿を現したのは、体長一メートルほどの、緑色のスライムだった。

魔物だ、フィリアの森にいる中でも、一番弱いクラスの魔物だ。

人に害を加えることは滅多にないと聞くが、それでも油断はできない。


スライムは、ぷるぷると体を揺らしながら、俺たちが作った木の壁に興味を示したように、ゆっくりと近づいてきた。

そして、ぺたりと壁に張り付くと、体を溶かして入ろうとしているのか、じわじわと圧力をかけ始めた。


「ひっ……」


ルナが、俺の服をぎゅっと掴んだ。

リリアも、顔が青ざめている。


「大丈夫だ、二人とも、ここに隠れてて」


俺は二人を見張り台の上に残し、一人ではしごを降りた。

武器はない、戦うための技術もない。

だけど、焦りはなかった。


俺は門の前に立つと、スライムに向かって呼びかけた。


「おい、そこをどいてくれないか。そこは、俺たちの家なんだ」


もちろん、スライムに言葉が通じるわけはない。

スライムは、なおも壁を押し続けている。

木の壁はびくともしていないが、気味が悪い。

仕方ない、少し、手荒なことをするか。


俺は再び技術を発動させた。

頭の中にイメージするのは、丈夫な木の檻だ。


「『創造(木工)』!」


俺の目の前の地面から、数本の木の板が勢いよく飛び出した。

それらはすぐに組み上がり、スライムを完全に覆う、箱のような形になる。

ドンッ、という音と共に、木の檻が完成し、スライムをその中に閉じ込めた。


「きゅ、きゅる……?」


スライムは、突然のことに驚いたのか、檻の中で不思議そうに体を揺らしている。


「すごい……」


見張り台の上から、リリアの声が聞こえた。

俺は檻に近づくと、中を覗き込んだ。

スライムは、特に暴れる様子もなく、ただぷるぷるしているだけだ。

どうやら、本当に敵意はないらしい。


「悪かったな、驚かせて。でも、ここから先には入れないんだ」


俺はそう言うと、檻を少しだけ持ち上げた。

スライムは、その隙間からするりと抜け出すと、森の奥へと去っていった。


「ルーク、すごい!魔物をやっつけちゃった!」


はしごを駆け下りてきたルナが、興奮した様子で俺に抱きついた。


「やっつけたわけじゃないさ、ただ、あっちに行ってもらっただけだ」


「それでも、すごいわ。あなたの技術は、戦うこともできるのね」


リリアが、尊敬のまなざしで俺を見つめてくる。


「まあ、自分を守るためには、なるみたいだな」


俺は、笑って答えた。

自分の技術が、ただ物を作るだけでなく、大切なものを守るためにも使える。

その事実は、俺に大きな自信を与えてくれた。

この力があれば、この子たちと、この森で平和に暮らしていけるだろう。


「さて、と。安全も確保できたことだし、次は畑作りだ。リリア、ニンジンを植える場所を決めようか」


俺は、そう言ってリリアの方を振り返った。


「うん!」


リリアは、満面の笑みで頷いた。

俺たちの新しい生活は、まだ始まったばかりだ。

やるべきことは山積みだが、不思議と不安はなかった。

この可愛い娘たちと一緒なら、どんなことでも乗り越えていける気がした。


俺はまず、畑を耕すための鍬と鋤を木で作り出すことから始めた。

金属製のものには劣るだろうが、魔力で強化した木製の農具は、思いのほか頑丈で使いやすい。


「わあ、これも作れるのね」


リリアが感心したように、出来上がった鍬を手に取る。


「土を掘るものなら、何でもな。さあ、どこを畑にするか決めよう、日当たりが良い場所がいいな」


俺たちは砦の中を歩き回り、家の日当たりの良い南側を、俺たちの菜園にすることに決めた。

土を掘り返し、石を取り除き、ふかふかの土を作る。

前の世界で家庭菜園をしていた経験が、こんなところで役に立つとは思わなかった。


リリアもルナも、泥だらけになるのも気にせず、一生懸命手伝ってくれた。

ルナは小さな石を運ぶだけだったが、その姿が微笑ましくて、作業の疲れも忘れてしまう。

半日ほどかけて、小さな畑が完成した。


「よし、こんなものか。あとは、種さえあれば……」


俺がそうつぶやくと、リリアが「それなら、もしかしたら」と言って、森の方を指差した。


「私たちが逃げてきた村の近くに、畑があったの。そこなら、まだ作物が残っているかもしれない」


「本当か!?」


それは、願ってもない情報だった。

しかし、同時に危険もある。


「村が、襲われたんだろ?まだ、何かいるかもしれない」


「……うん。でも、ここからなら、そんなに遠くないはず。大丈夫、だと思う」


リリアは少し不安そうな顔をしたが、それでも、俺たちの食料のために、勇気を出してくれたのだろう。


「分かった、じゃあ、明日にでも、少しだけ様子を見に行ってみよう。絶対に、無理はしないという約束でだ」


「うん!」


これで、食料の問題も解決の目処が立った。

俺は空を見上げる、まだ日は高い。

時間は、たっぷりある。


「よし、じゃあ、街に行くための準備もしようか」


「街?」


「ああ、レンガの街サイだ。俺の作ったものを売って、お金を手に入れる。それに、塩とか、俺たちだけじゃ手に入らないものも買う必要があるからな」


「わーい!お出かけ!」


ルナが、嬉しそうに飛び跳ねる。


「街まで歩いていくのは大変だからな、これを作ろう」


俺は再び技術を発動させた。

イメージするのは、荷物を運ぶための、丈夫な荷車だ。

車輪から荷台まで、全てを木で作る。

車軸の部分には、滑らかに回るように、硬い木材を選んで丁寧に加工した。


ものの数分で、立派な荷車が完成した。


「これがあれば、たくさんの家具を一度に運べる。それに、お前たちも疲れたら乗れるぞ」


「すごい!ルークは、なんでも作れるんだね!」


ルナが尊敬のまなざしで、俺を見上げてくる。

その純粋な言葉が、なんだか恥ずかしくもあり、誇らしくもあった。

これから始まる街での商売、そして、この子たちとの新しい生活。

未来は、希望に満ちているように思えた。


俺は荷車を引きながら、どんな家具を作って売ろうか、と考えを巡らせる。

まずは、子供向けのおもちゃや、簡単な椅子あたりが良いだろうか。

この世界の家具のデザインは、あまり良くない。

前の世界の知識を活かせば、きっと人気が出るはずだ。


そんなことを考えていると、リリアが俺の隣にやってきて、そっと服の裾を掴んだ。


「どうした、リリア?」


「あのね……街に行ったら、欲しいものがあるの」


「欲しいもの?何だ?」


リリアは少し恥ずかしそうに、もじもじしながら言った。


「……きれいな、リボンがほしいな。ルナとお揃いの」


その健気な願いに、俺は思わず笑ってしまった。


「ああ、分かった。リボンだな、一番きれいで、可愛いリボンを買ってやる。約束だ」


「……うん!」


リリアは、満開の花のように、ぱあっと笑った。

その笑顔を見て、俺も嬉しくなる。


「そのためにも、まずは売る商品をたくさん作らないとな。リリア、ルナ、何か、こんな家具があったらいいな、というものはあるか?」


俺は二人に問いかけた。

彼女たちの意見も、参考にしたいと思ったからだ。

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