第8話

謁見の間を出た俺とリリは、近衛騎士団長に案内され、城内に用意された豪華な客室へと通された。


「今宵は、こちらでお休みください。何か必要なものがあれば、遠慮なく侍女にお申し付けを」


騎士団長はそう言うと、丁寧な一礼をして去っていった。

数時間前まで城から追い出された身だったのに、今や国賓扱いだ。現金なものだと思う。


「すごい部屋ですね、ノボルさん……」


リリは、天蓋付きの巨大なベッドや、きらびやかな調度品に目を丸くしている。


「ああ。だが、落ち着かないな。俺には、安宿の硬いベッドの方が性に合ってる」


俺はそう言って、部屋のソファにどさりと腰を下ろした。

これから始まる、面倒な任務のことを考えると、頭が痛い。


しばらくすると、部屋の扉がノックされた。

入ってきたのは、木村だった。たった一人で。


「高橋……いや、ノボル。少し、話せるか?」


その表情は、謁見の間にいた時よりも、ずっと真剣だった。


「なんだよ、勇者様。俺みたいな荷物持ちに、何か用か?」


俺は、わざと嫌味っぽく言った。

別に、彼を恨んでいるわけではない。だが、少し意地悪をしたい気分だった。


俺の言葉に、木村はぐっと唇を噛んだ。

そして、次の瞬間、俺の目の前で深々と頭を下げた。


「……すまなかった!」


予想外の行動に、俺は少し驚いた。


「あの時、お前が追放されるのを、俺は止めることができなかった。国王の言うことに、どこかで納得してしまっていたんだ。スキルが全てだと。本当に、情けなかった。許してくれ」


その声は、震えていた。

彼は本気で、後悔しているらしかった。


まあ、彼も彼で、勇者という立場に縛られて、色々大変なのだろう。

俺はため息を一つついて、言った。


「もういいよ。終わったことだ。それに、俺は追放されたおかげで、自由に商人としてやっていけてる。ある意味、感謝してるくらいさ」


「……ノボル」


「ただし」


俺は、真顔で木村を見据えた。


「これからの任務では、俺はお前の仲間じゃない。あくまで、王国に雇われた商人で、あんたたちは護衛だ。俺の指示には、絶対に従ってもらう。足を引っ張るようなら、容赦なく置いていく。いいな?」


「……ああ。わかった。約束する」


木村は、まっすぐな目で俺を見て、力強く頷いた。

どうやら、話は通じたらしい。


「ならいい。じゃあ、もう下がってくれ。これから作戦を練るんでね」


俺がそう言うと、木村はもう一度「ありがとう」と呟いて、静かに部屋を出ていった。


「ノボルさん……」


リリが、心配そうに俺の顔を覗き込む。


「なんだか、んだかんだ言っても、ノボルさんは優しいですね」


「うるさい。早く寝る準備をしろ」


俺は照れ隠しに、ぶっきらぼうにそう言って、リリの頭をくしゃくしゃと撫でた。


夜が更け、俺は騎士が届けてくれた物資リストに目を通していた。

食料、水、武器、防具、回復薬……。その量は、尋常ではなかった。普通の輸送部隊なら、何百台もの馬車が必要になるだろう。


「まあ、俺なら一瞬だけどな」


俺はリストの中から、輸送の優先順位と、効率的な積み込みの順番を組み立てていく。前世で培った、システムエンジニアとしての思考が、こういう時に役立った。


翌朝、俺とリリは、他のクラスメイトたちと共に、城の巨大な地下倉庫に集まっていた。

倉庫には、リストに書かれた物資が、山のように積まれている。


「これを……本当に、全部運ぶのか?」


クラスメイトの一人が、呆然と呟いた。

彼らの顔には、不安と疑いの色が浮かんでいる。俺のスキルを目の当たりにしたとはいえ、まだ半信半半疑なのだろう。


俺は何も言わずに、物資の山の前に立った。

そして、スキルを発動させる。


「収納」


その瞬間、山のように積まれていた木箱や樽が、下から順番に、面白いように消えていく。

まるで、巨大な何者かが、物資をすごい勢いで食べているかのようだ。


「う、うわああああ!」

「消えていくぞ!」

「なんだこれ、魔法か!?」


クラスメイトたちは、悲鳴に近い声を上げて、後ずさる。

リリだけが、誇らしげに胸を張って、その光景を眺めていた。


ものの数分で、あれだけあった物資の山は、跡形もなく消え去った。

がらんとした倉庫には、呆然と立ち尽くすクラスメイトたちと、したり顔の俺とリリだけが残された。


「……さて、と。荷物は全部積みました。いつでも出発できますよ、勇者様御一行」


俺がそう言うと、木村がはっと我に返り、ゴクリと唾を飲み込んだ。


「……ああ。わかった。すぐに出発しよう」


彼の声は、わずかに上ずっていた。

他のクラスメイトたちも、もはや俺を見る目は、以前とは全く違うものに変わっていた。

侮蔑や同情ではない。畏怖と、そして少しの恐怖。


こうして、俺たちの奇妙な旅が始まった。

俺とリリ、そして勇者パーティーの総勢十五名。

目指すは、魔王軍との最前線、黒の森。


最初は、王都から支給された馬車で、街道を進んでいった。

クラスメイトたちは、まだ俺とどう接していいか分からないのか、遠巻きにしている。

気まずい空気が、馬車の中に流れていた。


リリは、そんな空気などお構いなしに、窓の外の景色を楽しんでいる。

時々、俺にだけ聞こえるような小声で、質問をしてきた。


「ノボルさん、あのお花、なんていう名前ですか?」


「さあな。俺も知らない。でも、綺麗だな」


そんな穏やかな時間は、長くは続かなかった。

旅を始めて三日目のことだ。

俺たちが森の中の道を進んでいると、突如、進行方向から地響きのような音が聞こえてきた。


「な、なんだ!?」


木村が警戒して、剣の柄に手をかける。

やがて、その正体が姿を現した。


「オークの群れだ! 数は……五十以上!」


見張りをしていたクラスメイトが、悲鳴に近い声を上げる。

道の先を、緑色の肌をした豚のような魔物、オークが埋め尽くしていた。

一体一体が屈強な体つきで、手には粗末な棍棒や斧を握っている。


「全員、戦闘準備! 陣形を組め!」


木村が的確な指示を飛ばす。

クラスメイトたちは、慌てながらも、日頃の訓練の成果を見せた。

前衛のタンク役が盾を構え、後衛の魔法使いが詠唱を始める。


だが、相手の数が多すぎた。

オークの群れは、雄叫びを上げながら、津波のようにこちらへと殺到してくる。


「くそっ、キリがない!」


前衛の盾が、オークの猛攻を受けて、少しずつ後退していく。

後衛の魔法も、数匹を倒すのがやっとで、焼け石に水だ。


「木村! どうするんだ!」


「このままじゃ、押し切られるぞ!」


仲間たちの悲痛な声が飛ぶ。

木村も、必死に聖剣を振るって応戦しているが、その顔には焦りの色が浮かんでいた。


そんな中、俺は一人、馬車の御者台に座って、あくびをしていた。


「やれやれ。いつまでやってるんだか」


「ノボルさん、助けなくていいんですか?」


隣に座っていたリリが、心配そうに尋ねてくる。


「まあ、もう少し見ててやろう。あいつらも、勇者としてのプライドがあるだろうからな」


俺はそう言って、戦況を見守っていた。

だが、状況は悪化する一方だった。

クラスメイトの一人が、オークの棍棒を受けて吹き飛ばされる。幸い、致命傷ではなさそうだが、戦闘不能だ。


「高橋! 何か手はないのか! お前のそのスキルで、どうにかできないのか!」


ついに、木村が俺に向かって叫んだ。

その声は、懇願に近かった。


俺は、やれやれと肩をすくめると、ようやく重い腰を上げた。


「仕方ないなあ。リリ、ちょっと行ってくる」


「はい! お気をつけて!」


俺は馬車から飛び降りると、クラスメイトたちが苦戦している最前線へと、ゆっくりと歩いていく。

オークたちが、新たな獲物を見つけた、とばかりに俺に狙いを定めてくる。


「おい、高橋! 危ない!」


木村が叫ぶが、俺は気にも留めない。


俺は、殺到してくるオークの群れに向かって、ただ、スキルを発動させた。


「収納」


次の瞬間、オークの群れがいた地面、縦横百メートル四方の空間が、ごっそりと消え去った。

そこにいた、数十匹のオークもろとも。


後に残されたのは、不自然にえぐり取られた、巨大なクレーターだけだった。

そして、そのクレーターの上空に、俺は再びスキルを使う。


「取り出し」


先ほど収納した、オークの群れを、地上百メートルの高さから、一斉に解放した。


「「「GYAAAAAAAAA!!!」」」


オークたちの断末魔の叫びが、森の中に響き渡る。

彼らは、なすすべもなく、重力に従って地面に叩きつけられ、そのほとんどが即死、あるいは瀕死の状態となった。


戦闘は、終わった。

というより、始まる前に、俺が終わらせてしまった。


後に残されたのは、静寂と、目の前の信じられない光景に、ただ呆然と立ち尽くすクラスメイトたちの姿だけだった。

彼らは、まるで化け物でも見るかのような目で、俺のことを見つめている。


俺は、そんな彼らに向かって、にっこりと微笑んだ。


「さて、と。道が綺麗になりましたね。さっさと先に進みましょうか」

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