第7話

謁見の間に、俺を値踏みするような視線が突き刺さる。

国王、宰相、そして勇者として祭り上げられている木村たちクラスメイト。誰もが、俺の答えを待っていた。


面倒なことになった。

正直にスキルの全てを話せば、便利な道具として国に縛り付けられるのは目に見えている。かといって、嘘をついてその場をしのいでも、いずれセレスティーナのような人間が現れて真実が暴かれるだろう。


俺は、一つため息をつくと、覚悟を決めて口を開いた。


「俺のスキル、【荷物持ち】は……そうですね。見ていただいた方が早いでしょう」


俺はそう言うと、玉座の近くに飾られていた、人の背丈ほどもある巨大な壺に視線を向けた。いかにも高価そうな、見事な装飾が施されている。


「陛下、あの壺を少しお借りしても?」


「……何をする気だ?」


国王が怪訝な顔で尋ねる。

俺は答えずに、スキルを発動させた。


「収納」


心の中で念じると、謁見の間にいた全員が見守る中、巨大な壺が何の予兆もなく、ふっと音もなく消え去った。


「「「なっ!?」」」


国王が玉座から身を乗り出し、宰相が目を丸くする。木村たちクラスメイトも、信じられないといった表情で、壺があった場所を凝視していた。


「き、消えた……だと……?」


「どこへやった!貴様、どんな妖術を使った!」


宰相が慌てたように叫ぶ。

俺は動じずに、今度は何もない空間に向かって手を差し出した。


「取り出し」


すると、俺の手の中に、さっきと全く同じ壺が寸分の狂いもなく現れた。ずしりとした重みが腕に伝わる。俺はそれを、ゆっくりと元の場所に戻した。


「……ご覧の通りです。俺のスキルは、物を仕舞ったり、出したりすることができます。大きさや重さの制限は、今のところ感じたことはありません」


俺の説明に、謁見の間は水を打ったように静まり返った。

誰もが、目の前で起こった現象を理解できずにいる。


やがて、木村が震える声で口を開いた。


「それって……アイテムボックス、なのか?でも、あんなに大きなものまで……」


「アイテムボックス、というよりは、空間そのものをどうこうしている、と考えた方が近いかもしれませんね」


俺はわざと曖昧に答えた。

スキルの全てを明かす必要はない。


「空間を……?」


クラスメイトの一人が、ごくりと唾を飲む。

国王は、しばらく黙って何かを考えていたが、やがてその目に、ギラリとした欲望の光が宿った。


「……なるほどな。【荷物持ち】とは、言い得て妙だ。いや、むしろ、あまりに控えめすぎる呼び名と言うべきか」


国王の態度が、明らかに変わった。

俺を見る目は、もはや「使えない外れスキル持ち」を見るものではない。希少な宝物を見る目に変わっていた。


「ノボルとやら。貴様のそのスキル、軍事的に極めて有用な力だと見た。特に、兵站の維持においては、これ以上ない切り札となるだろう」


兵站。つまり、食料や武器といった物資の輸送のことか。

確かに、俺のスキルがあれば、どんな僻地の前線基地にでも、瞬時に大量の物資を届けることが可能だ。


「貴様を追放したのは、我々の間違いであったようだ。許せ」


国王は、あっさりとそう言った。

その口調には、謝罪の響きなど微塵も感じられない。ただ、事実として間違いを認めた、というだけだ。


「よって、改めて命ずる! 高橋昇! 貴様には、再び勇者パーティーに加わってもらう! その力を、魔王軍との戦いのために、存分に振るうのだ!」


手のひら返しの、あまりに身勝手な命令。

謁見の間にいた誰もが、固唾を飲んで俺の返事を待っている。リリが、心配そうに俺の服の裾を強く握りしめた。


俺は、そんなリリの頭を優しく撫でると、国王に向き直って、はっきりと告げた。


「お断りします」


「……何、だと?」


国王の顔が、みるみるうちに怒りで赤く染まっていく。


「聞こえませんでしたか? お断りします、と言ったんです。俺は、もう勇者パーティーの一員ではありません。しがない旅の商人です。それに……」


俺は、わざとらしくため息をついて見せた。


「一度、役立たずだとゴミのように捨てた人間を、今更都合がよくなったからと呼び戻すなんて。ずいぶんと、虫のいい話じゃありませんか、陛下?」


俺の言葉に、謁見の間の空気が凍りついた。

国王への、これ以上ないほどの侮辱。宰相は顔面蒼白になり、わなわなと震えている。


「き、貴様ぁっ! 不敬であるぞ! 陛下に対して、その物言いは……!」


「事実を言ったまでです」


「黙れ! この無礼者めが! 衛兵! 衛兵! こやつを捕らえ、地下牢に叩き込め!」


宰相が金切り声を上げると、謁見の間の扉が開き、重装備の衛兵たちがなだれ込んできた。


だが、彼らが俺にたどり着くことはなかった。


「お待ちなさい」


凛とした声が、謁見の間に響き渡る。

声の主は、これまでずっと黙って成り行きを見ていた、近衛騎士団長だった。


彼が、俺と衛兵たちの間に、ゆっくりと進み出る。


「陛下。どうか、お鎮まりください」


「団長! どけ! そやつは、王である私を侮辱したのだぞ!」


「存じております。ですが陛下、彼の持つ力、侮ってはなりません。彼を敵に回すのは、魔王軍と事を構える以上に、厄介なことになるやもしれませんぞ」


騎士団長の冷静な言葉に、国王はぐっと言葉を詰まらせた。

彼は、俺のスキルの本質を、この場にいる誰よりも正確に見抜いているのかもしれない。


「……では、どうしろと申すのだ」


「命令ではなく、取引をなさるべきです。彼が納得するだけの対価を提示し、協力を仰ぐのです。商人には、商人としてのやり方があるはず」


騎士団長の言葉は、理に適っていた。

怒りに燃えていた国王も、少しずつ冷静さを取り戻していく。


彼はしばらく腕を組んで考えていたが、やがて渋々といった様子で、口を開いた。


「……よかろう。ノボルとやら。貴様に、取引を持ちかけよう」


「ほう。聞かせてもらいましょうか」


俺は、あくまで対等な商人としての態度を崩さない。


「現在、我が軍は、魔王軍の領土のすぐ手前にある、『黒の森』に前線基地を築いている。そこは、魔王軍を討つための重要な拠点なのだが……物資の輸送が困難を極めているのだ」


国王は語り始めた。

黒の森は、強力な魔物が多数生息する危険地帯。通常の輸送部隊を送れば、目的地にたどり着くまでに半数以上がやられてしまう。そのため、兵士たちは常に物資不足に苦しみ、士気も低下しているのだという。


「そこで、貴様の力が必要だ。貴様のスキルを使えば、大量の物資を、安全かつ迅速に、前線基地まで届けることができるはず」


「なるほど。それで、俺への対価は?」


「成功の暁には、白金貨五百枚を支払おう。それと、エルロード王国内における、あらゆる商業活動の自由を保証する。特別な通行証を発行し、税も一部免除しよう。どうだ、悪い話ではあるまい」


白金貨五百枚。セレスティーナからもらった額を合わせれば、とんでもない大金になる。それに、王国内での商業活動の自由。これは、商人としてこれ以上ないほどの特権だ。


面倒なことには違いない。

だが、この依頼を成功させれば、俺の商人としての地位は確固たるものになる。今後の旅が、格段に楽になるだろう。


俺は隣に立つリリに、目だけで問いかけた。

リリは、俺の考えを察したように、こくりと小さく頷いた。


「……わかりました。その依頼、引き受けましょう」


俺がそう言うと、国王と宰相の顔に、安堵の色が浮かんだ。


「おお! やってくれるか!」


「ただし、いくつか条件があります」


俺は交渉の主導権を渡さない。


「まず、輸送する物資の選定と量は、全てこちらで決めさせてもらいます。非効率なものを運ばされるのはごめんですからね。それと、道中の行動も、全て俺の判断で動きます。勇者パーティーとやらも、俺の指示に従ってもらいます」


俺は、部屋の隅で呆然としている木村たちを一瞥して言った。


「なっ……! 俺たちが、高橋の指示にだと!?」


クラスメイトの一人が、不満そうな声を上げる。

だが、それを制したのは、意外にも勇者の木村だった。


「……わかった。従おう。この任務、お前の力が必要不可欠なのは事実だ。俺たちは、全面的に協力する」


木村は、悔しそうに唇を噛み締めながらも、はっきりとそう言った。

追放された時とは違う。彼は、俺の力を認めざるを得なかったのだ。


「話が早くて助かります」


「うむ。よかろう。貴様の条件、全て飲もう」


国王がそう言ったことで、交渉は成立した。

俺は、エルロード王国公認の、特任輸送担当官のような立場になった。


「では、早速、明日の朝には出発します。輸送する物資のリストを、今夜中に用意してください。場所は、城の倉庫ですね?」


「ああ、そうだ。何から何まで、好きに使うがいい」


俺は満足げに頷くと、リリを連れて謁見の間を後にした。

背後で、クラスメイトたちが何かを話している声が聞こえたが、もう気にならなかった。


俺は、俺のやり方で、この面倒な依頼をこなすだけだ。

そして、手に入れる。

莫大な富と、誰にも縛られない、絶対的な自由を。

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