骸欠血損する食品群に関する一連の報告書

初枝れんげ

美味ログの書き込みに関する、ある男性のインタビュー記録(2020年5月14日収録)

・美味ログの特集のための街頭インタビュー記録

・対象はサラリーマンの男性

・2024年9月1日 収録


撮影機材、および録音機の赤いランプが点く。

30代のサラリーマンにマイクが向けられている。


「……はい? ええ、聞こえてます。え? 美味ログの取材ですか? ああ、はいはい、あのグルメ投稿サイトの……。最近よくテレビとかでもやってますよね。ランキングがどうとか、炎上レビューがどうとか。放送、今日の夕方? へえ、ずいぶん急ですね」


男性は少し笑いながら頷いた。


「まあいいですよ。帰ってもどうせ暇ですし」


画角が調整される。


「僕ですか? ええ、まあ食べ歩きが趣味でして。外食ばっかりですよ、ほんとに。

昔は仕事が忙しくて、コンビニ飯ばっかだったんですけど、去年くらいから少し落ち着いてね。休みの日は昼から食べログやら美味ログやら見て、気になった店をメモしておいて、週末に一軒ずつ行ってみる感じです」


インタビュアーから使用頻度について質問が入る。


「え? どれくらい使ってるかって? うーん……週に3回は書き込んでたかな。いや、正直ヘビーユーザーでしたかねえ。店の味とか雰囲気とか、店員の愛想とか、細かく書くのが楽しくて。ある意味ストレス解消ですかねえ」


男性は饒舌に話す。しゃべり慣れている様子だ。


「たとえば、個人経営のラーメン屋とか行くでしょう? 味は最高でも、店主の態度が横柄だったら☆1つけるとかやってますよ(笑) 当然の報いですよね! まあ、そういう普段は言えないことをコメント投稿するのが、なんか自分の中の正義感みたいなものですかね。満たしてくれるというか。まあ今思えばそれが良くなかったのかな? え? はい、最近は全然使ってないんですよね。ああ、理由ですかぁ」


ここで少し黙りこむ。やや逡巡した後で話し始めた。


「……ああ、あのう。そのその美味ログでね、ちょっと、変なことがあったんですよ」


どこか気持ち悪いものを思い出すかのように語る。


「最初はねえ。ほんと、なんでもない書き込みだったんですよお。仕事の帰りに寄った居酒屋だったんですよねえ。チェーンじゃなくて、古いビルの二階にあるこぢんまりしたお店ですよ。雰囲気が良くてね。カウンターが8席あって、照明はオレンジ色でちょっと暗い感じでね。隠れ家的な感じで僕は好きでしたねえ。それでえ、その日、僕は一人で唐揚げ定食と生ビールを頼んでね。鶏がねえ、衣が薄くて、カリッとしてて……。あれは美味しかったなぁ。で、あの感覚を忘れたくなくて、帰ってすぐ投稿したんです」


えっと、と彼は思い出しながら話す。


『衣が軽く、油も良質。生姜の風味が後を引く。星5』


「確かね、そんな感じで書いて。そしてね翌日、昼休みに、スマホでページを見たときですけど、他の人のレビューも気になって見たんですよ。みんなの評価って気になるじゃないですかぁ。そしたら、その中に一つだけ、どうにも変なコメントがあったんですよね……」


彼の顔が少し青白くなったように思えた。


『トテ モ オ イシソウ デ スネ タベサセ テクダサイ 𒈙』


「って。全部カタカナでした。最初見た時はびっくりしましたよ。すごい片言だな。きっと日本語勉強中の外国人なんだろうなぁって。……でも、なんか妙なんです。

文字の間隔が不均等で、今ちょっと伝えられないですけど、フォントも微妙に違うんですよ。変な記号? 文字化け? もしてたなぁ。片言とは言え、あんな風になるかな、って。句読点とか改行とかもないし。機械が打った感じでもない。無機質な感じかと言われると、それも違うというか」


語りながら笑いを混ぜようとするが、声がかすれる。


「まあその時は、それで終わりでした。とりあえず、海外の人も見てるんだなって思って。気にしなかったんですよ」


でもね、と続けた。


「一か月くらいして、またその店に行ったんです。そしたら店主が覚えていてくれてねえ。この前も来てくれましたよねって。だから嬉しくなって、また投稿しようと思ったんですよ。家に帰って、美味ログを開いて。前と同じように書いたんです」


『味、ブレてないっすよ。相変わらずうまいよ。酒が進むよ』


「ってな感じで。で、またついでに他の人のコメントも見たんですよ。そしたら、あの『片言の人』が、また書き込んでた」


『イツならくる。 リョウリ、イツナラでる』


「だったかな。……ね? なんか気味悪くないですか? でも、考えたんですよ。それでこれはもしかして、デリバリーのことかなあ、って思ったんですよ。料理、いつなら出る、って。もしかしたら、出前を頼みたいのに日本語が不自由というか、注文の仕方が分からないんじゃないか、と」


男性は続けた。


「だから僕、返信したんですよねえ。『デリバリーは注文ページから住所と料理を伝えないとできませんよ』って。教えてあげたら喜ぶかな、って軽い気持ちですねえ。そしたらその夜、帰ってきてサイトを見たら、もう返信がついてたんです。そこにはこう書いてありました」


彼はそこで少し息を整えて言った。


『ユビケノドシタミミ』


「……は? って声出ました。何それって。しかもその下に住所が書いてあるんです」


『滋賀県●●市●●町●●山』


「って。最初、何の冗談だと思いましたよ。『ユビケノドシタミミ』。これ意味わからないでしょ? でも、だんだん分かってきた。ユビ、ケ、ノド、シタ、ミミ。区切って読めば……指・毛・喉・舌・耳なわけですよ」


彼はブルりと背筋を震わせる。


「もう、その瞬間、心臓がドクンって鳴りましたねえ。なんか触れてはいけないものに触れたような気がして、背中も汗びっしょりですよお。しかも、その住所、なんとなく見覚えがあったんですよ。前に仕事で通った町名でした。ただ、●●山って言われても困るじゃないですか。山だとすると地番で住所を表記するとは思うんですけど、さすがに地図アプリでは分からないし。何より怖くなってそれ以上調べるのはやめました。もし本当に何かあったらどうしようって」


でも、と男性は更に顔色を悪くして話す。

インタビュアーが心配して止めようとするが、男性はしゃべるのを止めようとしない。


「でも、それで終わらなかったんですよ。その日から、美味ログの通知が止まらなくなったんです。あなたの投稿に新しい返信がありますって。それが毎日、深夜0時ちょうど。昼じゃないんです。夜の0時。規則正しく、毎日。最初は3日我慢したけど、怖くてアプリを削除しました。……でも、どうしてかな、ブックマークとアカウントは消せなかったんです。消そうとすると、ふと記憶がなくなるというか。あれ? 何してたんだっけってなるんですよ。それで、ブラウザで見ると、通知の数字だけは増え続けてていました。そう、あの赤い丸いアイコンです。あれが1から13まで増えていました……。途中から気持ち悪くて寝られなかったです」


男性は力なく小さく笑う。


「おかしいですよね。消せばいいはずなのに。きっと好奇心が邪魔して消せないんでしょうねえ。怖いのに、見たい。消したいのに、開いてしまう、みたいな」


それで、と続けた。


「で、つい最近なんですけどね。スマホのブックマーク整理してた時に、美味ログのページが目に入った。さすがに今度こそもうアカウントもブックマークも消そうって思って、スワイプした瞬間、指が止まった」


男性は妙な笑顔を浮かべる。


「……最後に一度だけ見ておこうって。なんか、呼ばれてる気がしたんですよ。開いて、そのページへ行きました。でもコメントの一覧がちょっと変なんです。バグったのかな? 全部のコメントの右側に、『投稿日:𒈙𒈙』って出てるんですよ。あれ? って思って、スクロールしていって、そうしたら一番下に新しい書き込みがあったんです……」


しばらく男性は沈黙した後に言った。


『ゴチソウ さマデシた 𒈙 なるほど。こうすればいいのですね』


「おかしいんですよね。だって、あんなコメントでデリバリーが届くはずがないんですもの。あともう一つ気になるのが、今のコメントの後半なんですよね」


インタビュアーが何が気になるのか尋ねる。


「前半と後半で書いてる人間が違う気がするんですよ。前半はやはり片言の、奇妙な記号なのか文字化けになっているのに。後半はちゃんとした日本語になっている。まるで前半はインターネットを知らない誰かがコメントを打っていて、後半はそれを見ていた誰かが何かを思いついた、といった感じじゃないですか? しかも。あのこれは何の根拠もないんですけど、すごく嫌な感じがしたんですよねえ」


彼はそこまで言うと、深くため息をついた。


「それ以来、美味ログには一度もアクセスしてません。ただ、今も、スマホに『通知があります』って出るんですよ。もうアプリは消したのに。これは一体なんなんでしょうか……。しかももう片言じゃありません。流ちょうな日本語で……」


(映像はここで突然途絶している)

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