第9話『色鬼《しょくき》の痕跡』
「これは………」
それまでは特に話題と言う話題や祭りと言う祭りがなかった
しかし今は、季節はずれの紅葉が見られるということで、噂が噂を呼び、下町には市が立ち、一目でもその様を見ようと訪れた人々で大いに賑わっていた。
珍しい物好きの貴族や、その貴族相手に金を落としてもらおうと声を掛ける行商人。人混みを利用して一儲けを考えている
中には天変地異の前触れだと叫びまわっている者や、祓い師や僧。修験者らしきものまで現れ、それこそ未だかつてないほどの賑わいを咲穂山は見せていた。
そんな人ごみの中、通り道の真っ只中に突っ立って、惺流塞が編み笠を上げ、驚きとも戸惑いとも言えない声をこぼしていた。
よし!
行き交う通行人の迷惑そうな視線もなんのその。護衛の二人に周囲を守らせて、宮乃は惺流塞の横で小さく握り拳を握って勝利を確信した。
惺流塞の顔を見れば分かる。表情がかなり乏しいが(いつ見てもしかめっ面だが)、そんな惺流塞が眼を軽く見張っていた。
これは惺流塞の興味を誘ったに違いない。
実際、惺流塞は大いに惹かれていた。緑鮮やかな山の中腹。ぽっかりと季節が抜き変えられた紅葉。通常けしてありえない現象。
「小珠」
惺流塞は傍らに立つ、赤い着物姿の三歳児の名を呼んだ。
「あれは
二人だけが分かる言葉。二人が捜し求めていた事象と存在。
小珠は力強く頷いた。
色鬼とは読んで字の如く。色を喰らう鬼のことを指す。指すと言っても、その名を知る者は世の中どこを捜しても惺流塞と小珠以外に存在しないかもしれない。普通の人間には何ら関係のない世界の話だ。
だからこそ、何も知らない人間に「色鬼を知らないか?」と訊ねたところで答えが返ってくるはずもなく、ましてや頭に角があり、身に着けているものは虎縞柄の腰巻だけ。手には刺々しい金棒を持っている鬼を連想されても全く違うため、誰かに探すことを手伝わせることすら出来なかった。
色鬼を探し出すことが出来るのは小珠と色鬼そのもの。
小珠でも色鬼でもない惺流塞は実際に眼にしない限り、その存在すら知覚することは出来なかった。だが、それでも惺流塞は見つけ出さなければならない理由があった。
色鬼は自分の色を食い漁る習性を持っている。自分の色を取り込めば取り込むほど力を得るのだ。色を食われた者は、今回の紅葉のように色を変えて存在するか、運がよければ色褪せるだけで存在を許されるが、最悪の場合存在自体を消されてしまう。色を奪われて見えなくなってしまえば、透明になってしまえば、誰にもその存在を知覚されることはない。それは即ち――『無』。
その『無』を『有』に変えるため、惺流塞と小珠は出逢い、色鬼を捜していた。
それは惺流塞が自分に課した罰であり、自分のせいで色を失ってしまった使用人『
李朴は惺流塞より五歳ほど年上の、優しい青年だった。
惺流塞が八歳の頃、人買いに買われて屋敷へやって来た。そして惺流塞の使用人として暮らし、器量の良さと飲み込みの速さから武芸を仕込まれ、護衛まで任されていた人間だ。
惺流塞は家族よりも李朴のことを気に入っていた。何でも相談したし、どこにでも連れて回った。もしかしたら自分にとって一番必要な人間かもしれないとさえ思っていた。
だが、そんな人間を色鬼たちは惺流塞の
色鬼たちは李朴の世界から色を奪い取り、どこへともなく消えて行ったのだ。
結果、李朴には黒の世界だけが残された。
それを知った父親達は、盲目の人間が護衛役など務まらないという理由で李朴を屋敷から追い出してしまった。
惺流塞は家族を恨んだ。だが、その切っ掛けを作ったのは他でもない自分自身だった。だが、李朴は一言も愚かな主を
盲目で生きて行くなど大丈夫なはずがない!
そんな人間が全うに生きて行ける時代ではない。
いくら世の中に疎い惺流塞でもそのぐらいのことは分かっていた。
だからこそ、人の話を聞くこともなく、それまでの業績を無視して追い出してしまった父の所業を恨んだ惺流塞は自らの生家を飛び出した。
そして、李朴が色を失った山へ行き、李朴の色を失った場所へ行き、李朴に何が起きたのか捜し求めているとき、惺流塞は小珠と出逢った。
正確には小珠を連れた、見たことのない黒衣に身を包んだ人物に。
惺流塞はその人物から、李朴が盲目になった理由を訊き、李朴に色を取り戻す方法を請い、そして、色鬼を倒す力と補佐するための小珠を与えられた。
今現在。惺流塞が取り戻した色は二色。二年間で取り戻せたのは僅か二色しかなかった。
小珠がその二匹しか見つけられなかったのだ。
だとしても、それは小珠が無能だからではない。小珠の探査能力などは全て惺流塞の力の弱さに左右されるからだ。惺流塞が力を得ない限り、小珠も広範囲に渡って力を使うことができない。
それ故に惺流塞は絵を描き続けて来ていた。
出来ることなら自分の足で捜しに行きたかった。だが、捜したところで力が弱ければ色鬼を捕えることも、色を取り戻すこともできない。
絵を描くだけで何が変わるのかと随分悩んだ。
だが、より正確に緻密、本物のように描き表すこと。そして、それを素早く描き切っていくことが無力な惺流塞にとって必要なことだと言われてしまえば、藁にも縋る思いで描き続けて、描き続けて、それでも二色しか取り戻せていなくて、情報もなく、焦りさえ限界を超えそうだったとき、宮乃が話を持って来た。
まさかと思った。ぬか喜びはしたくない。だからこそ脅しすら掛けた。
だが、本当だった。
本当に長い間捜し求めて来た色鬼の痕跡を発見した。
「行こう。あの先に
声を掛け、惺流塞は一歩を踏み出した。体中が騒ぎ立てるように熱かった。
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