14話:部長の仕事は、ファッションショーのモデルさん、ではない。


 登山予定日まで、あと数日。


 やると決めたからには、準備をしなければならない。

 私は昼休みのチャイムが鳴ると同時に教室を抜け出し、ひとり部室へと向かった。


 ほこりっぽい棚の奥から、古びたザックやポーチを引っ張り出す。

 誰が使っていたのかもわからない道具たち。だけど、どれもまだ現役で使えそうだった。



 背中を預けるパッドの硬さ、ベルトの長さ、使い込まれた金属の錆び――

 それをひとつひとつ確かめていく作業に、私は静かな集中を感じていた。


 誰に頼まれたわけでもない。

 でも、こうして準備をすることで、「ちゃんと登る」覚悟が少しずつ形になっていくような気がしていた。


「……あった、やっぱり」

 私は棚の奥から、ビニールにくるまれたレインコートを見つけて引っ張り出した。

 泥汚れが少し残っているけど、洗えば使えそうだ。


 ちょうどそのとき、背後からパタンと扉が開く音がして――


「うわ、なんかお宝発掘中? いいとこ来た!」

 元気な声が部室に響いた。菜摘だった。


「なにその山積みの道具。絶対ひとつくらいおばけ憑いてるでしょ」

「やめて」

「でもさ、なんかさ、宝探しって感じじゃない? ちょっとワクワクするよね〜」


 そう言いながら、菜摘は勝手に隣の棚をあさり始めた。

 私は呆れながらも、口元が少しだけ緩んでしまう。



「お、これ! 秋穂に絶対似合うやつ見っけ!」

 そう言って彼女が手にしたのは、まさかの真っ赤なレインコートだった。


「……え、これ?」

「そうそう! 赤って意外と秋穂の透明感に合うんだよ。はい、着てみて〜!」

「え、ここで?」

「当たり前でしょ! だってこれは――レインコートファッションショー!」

「はあ……」


 こうして始まった、まさかの即席ファッションショー。


「じゃあ〜次はイエロー! 黄色着る人って性格明るいって言うよね〜」

「菜摘が着れば?」

「私はブルー担当だから! 秋穂はこの赤か黄色で攻めるといいと思う!」

「何を『攻める』のかが意味不明なんだけど」

「山を、でしょ〜? 気合い、大事!」


 部室の中に、笑い声が満ちていく。


 ふたりで泥を払いながら、サイズを確かめて、少し大きすぎるレインコートに袖を通す。

 装備チェックというより、ほとんど部活という名のコスプレ大会だった。

 でも、それでも――。


「……悪くないかも」

 思わずこぼれた言葉に、菜摘がふふっと笑った。

「でしょ?」


 本気の登山の準備なんて、まだピンときてない。

 でもこうして少しずつ、部室のものに触れていくことで、遠くにあった山が、ほんの少し近づいた気がした。



 その日の帰り、私はリュックの奥からあのリングノートを取り出し、高尾山の情報を書き写した。

 前回、雨で何も書けなかったページに、今度はちゃんと「晴れますように」と小さく書き添えて。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る