7.たちかわ悪霊退散キッズ

 立川駅の南口から徒歩二十分の雑居ビル四階。

 たちかわ悪霊退散キッズのオフィスには、男と女が真剣な顔で向かい合い神経衰弱に勤しんでいる。


「7が出たね!? 7はさっきあったね? どこだぁ~? これだ!」

 女はトランプの札をめくる。 

 ――9だ。

 男は馬鹿にしたように笑う。

「自信満々に外すのおもろいですね。コントかと思った。俺が7を取りますよ」

 男は女がめくった7と、女が手を伸ばしたのとは全く別の札をひっくり返す。

 ――7だ。

「ほら取った」

 女は悔し気に足をじたばたさせる。


 女――赤尾あかおミリンはパンクの女への憧れを隠せないといった風な黒いジャケットと短いパンツを着ており、レギンスは黄色だ。

 メイクはナチュラルなスタイルを採用しており、パンダのように目を強調するスタイルを日常生活で押し通す勇気はないものと思われる。

 男――寺巻颯真てらまきそうまはこの暑さの中で詰襟を着ており、首元を開けているのは単にボタンが取れているせいで閉められないからだ。

 実は、詰襟の下はTシャツでもYシャツでもなくタンクトップでもないので、脱ぐに脱げないという状況だ。


 ミリンは次の札をめくる。

「まーた7か! おい! もう一人の7はどこだ~? 出ておいで~? こういう時、透視能力があったらなって思うよね」

 適当な札をめくる。

 ――2だ。

 颯真はしてやったりと笑う。

「2はさっき出たな」

 颯真が2のペアをゲットしようと腕を伸ばした時だった。

 オフィスの扉が開く。怜司がやって来たのだった。

 

「あれ? もしかして具合が悪いんじゃないー?」

 ミリンが怜司を一瞥するなり言ったのは、彼の顔色が青白かったからではなく、からだ。

 彼の周りに纏わりつく黒い霧が。

 彼女は圧倒的にタイプの能力を持っていて、怜司はこの能力を買ってスカウトしたのだった。もう五年も前になる。

 一方、颯真は「え?」と首を傾げる。「怜司さん、熱中症ですか?」

 ミリンは「違う違う」と首を横に振る。「怜司あいつ、真っ黒いのよ。すすかってくらいだよ。ねぇ、かまどの掃除でもでもしてきたの?」

 だるそうな怜司はソファの背もたれに手をつきながら腰かける。

「呪われた。身体が重い」

「え? 誰に呪いを掛けようとしたんですか?」

 颯真は口元をにやけさせながら言った。どうせ怜司のことだから、嫌いな同業者に呪いを掛けて返しをくらったのだと思ったのだ。

「ちげぇよ、きちんとした悪霊。でも大したことないよ。な?」

 ミリンは頷く。

「霧がうっすいの。少し清めたらすぐどっか行きそうだね」

「これからその悪霊を祓います。以上! 準備よろしく」

 言うことは言ったとばかりに立ち上がる怜司を、颯真は「待ち待ち」と押しとどめる。「プリーズ、情報。経緯、背景、報酬額!」

 怜司はちぇっと舌打ちをし、これまでのことを話し始めた。


「――ってことで、一人の女性になぜか何年も執着している悪霊です。」

 田中圭子に近寄り、彼女にだけ自分を見せ、ボストンバッグに霊力を込めたりする遊びをしつつ、呪い殺すわけでもなくただ罪悪感を植え付ける。

 時間をかけて。


 明美がいるマンションの部屋について、さきほど怜司は管理会社に問い合わせた。

 なんでも入居してもすぐに出て行ってしまうとのことで、無料でお祓いを申し出ると喜んでいた。親切に立会いまでしてくれるらしい。


「報酬は……十万くらいだろ? きっと」

 今回は田中圭子からの依頼というわけではないので、公益報酬を日本悪霊対策委員会に申請することにする。

 悪霊の強度にもよるが、十万はもらえると怜司は思っている。


「それより怜司さん」

 颯真がおもむろに言う。

「怜司さんに付いてるその呪い、本当に大丈夫ですか? さっきから俺のいぬがみがうるさくって」

 怜司には見えないが、常日頃から自分の肩にはふさふさの犬がいるのだと颯真は言う。

 なんでも犬の神様で、颯真は一族が呪いを負っていて、だから犬神を憑けて守らせているのだという。

 ちなみにこの犬、ミリンには見える。

「あ、それ、これが原因じゃない?」

 彼女は胸ポケットから藁人形を取り出した。

「最近あたし、呪ってる人がいるんだ」

 颯真はソファから立ち上がると鼻をつまみ「うわぁ」とミリンから遠ざかる。

「それだ、それ! こいつがキャンキャン言ってますよ。職場に趣味持ってくるのやめてくださいよ!」

 

 怜司は二人の様子を微笑まし気に見つめた。

 二人は大事な仲間で、部下だ。

 怜司は彼らへの情があって、その中には嫉妬も含まれているのだが、それは心の奥底に仕舞い込んだ秘密である。


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