四
日が広い草原を隈なく照らす中、腰ほどの丈の草を掻き分けつつ、父子は進んでいた。
この辺りは大人の男がひと抱えする程の、太い幹を持つ木というものは殆ど無い。寧ろ木とみられる植物を見つけた場合、そのほぼ全てが、曲がりくねっている、胴回り十五尺未満の低木である。
もしこの辺りで、
この地がそういった草ばかりの景観となったのは、土地の持つ気候風土の類が、そういった木々の生育に向いていないということもあったが、同時に人々に依ってもと在った木が
そもそも、この地は凡そ北と南との緩衝地帯であって、住む人も少なかった。だが中華圏に於いて列強国が興り、人口も徐々に増えていった中で、新たな居住地を求めた人々は、北へ歩みを進めていった。その中で現在の并州にあたる地は、黄河の流域であることと、豊かな森林があることから、多くの人々がこの地に盤石たる生活基盤を整えようとしたのである。
人が住むためには
それは至極当然のことであり、こういった建造物を作るために、加工に適した、直くて締まった、そして一度に大量の材を採取することの出来る、喬木の類を伐っていったのである。
それらを使って、まずは安住の地を得た人々は、次に腹を満たす為に畑を作ろうとした。
食べ物を育てるためには豊かな栄養源を持った土地がいる。そして、そういった土地というのは巨大な河江
──并州の場合は「河」、即ち黄河である──
の近くに多い。しかしながら困ったことに、其処には多くの自生する植物が根付いている。当然、大水系の運ぶ養分を吸って育った草木の類は、ぶくぶくと
自分たちの食料を確保せねばならず、その為に農耕をしようと思っても、これら極めて邪魔な代物のせいで畑を作ることができなかった。
──これではもう、伐るより仕方があるまい
そう思った人々は自らの土地を区切って、そこにある木を農地にする分だけ伐り尽くしたのち、残った株も掘り起こして草を刈り、農地とするのに適した姿へと改良したのである。
そうして出来た土の肌を、
そうした苦労もあった中で、この辺りは古くは匈奴、今は鮮卑が
人と
こうして見れば、やはり木というものは人の営みに於いて絶対不可欠な存在だった。
ただ、どうにも人が増えていくにつれて、林が育つ速度と人の消費する速度に
もしこれが、林の生育する速度が極めて速く、どんどんと木が密集して手が付けられないというものだったら、まだ良いのかもしれない。しかし現実はその逆で、木がどんどんと減り、遂には林が一帯から消えていくという、なんとも困った状況に嵌まりこんでしまっていた。
無論、これではいかんと思った官吏たちは植樹を試してみたりもしたが、この地では中々に上手くいかないというのが実情である。
いま一度言うが、この辺り一帯は黄河流域として、上流から流れてくる肥沃な土の恩恵を受ける地域である。故に、黄河の近く、或いは黄河が以前氾濫した時の流路を辿る土地は、一応の養分を蓄えてはいた。
しかし、問題は其れがごく表皮にしか至っていないということで、少し掘り返してみれば砂質で、固く締まった黄土が現れる。
この黄土こそが人の頭を悩ませる曲者で、養分は無いし、根張りも土が固いせいで深くに届かず、正直に言って草木には
だから、もしも木を増やそうとして苗を植え込めば、ものの数日の内に水気を失って風に折れる有様で、いっそ堆肥を一大的に撒くことで解決を図ろうか、とも思ったのだが、それでは畑に撒く分はどうするのだ、という問題が出てきてしまう。
結局、この時代に於いては有効な解決策はなく、木は消費するに任せ、寧ろ農耕地から排出される藁や枯草、そして硬く締めることの出来る黄土を使った版築を行うなどして、使えるものを増やすという方向に切り替え、どうにか乗り切っていた。
木が多く、黄河が流れ、ひと目見てなんとも過ごしやすそうだと思った土地が、実は根張りに困る不毛の土地に変じやすい場所であった、というのは、此処に住んでいる人々の不幸と言えそうである。
しかし、そういった土地でも、さきに言った矮小な木ならばあるし、川も幾らか流れている。
獣の類も、そういった処を中心として生息していて、これらを元手に暮らそうと思えば、出来てしまうだけの環境はあった。
そういった土地で彷徨うことになったなら、最初に行うべきことは、水の手を探すことである。
人は水さえ有れば七日は生きられる。逆に言えば、水が無ければ三日で死ぬ。
この父子は、二日に亘って動きながらも水を飲まず、特に五つばかりの子供にとっては極めて危険な状態といえた。現に、父はまだ強い喉の渇きを感じるだけであったが、兒の方は唇が白くなり、亀甲のような
その中で父が
この硬い地質を持った土地では、木が根を張ることは難しい。だからこそ、木が在るということはその部分の土がある程度軟質になっているということであり、それは得てして近くに水が在って、柔らかい土を頒布しているからだ、と考えることができた。
この推測も、さきに話した河川の近くの豊饒な土地は開墾された、という事実を基に見ると、凡そ正しいと思えるものではなかったが、しかし、この父子は天運に恵まれていたらしい。
木の傍の土はその周辺に比べると、僅かに色が濃かった。踏んでみると、湿っぽい。
酷暑に喘いでいる訳でもないから日の光を避ける必要もなかったが、長く陽射しの中を歩いてきたせいで日に焼けることに疲れてしまった二人は、その蔭に身を埋めるようにして入り込んだ。
頭上の枝葉には春であるからか、枝の先に黄色い
見えないほどの砂粒を飛ばす、春風が吹く。
それと同時に父の方が、目の前の風景に気付いた。
──おお、やはり水があったか
この父自身、自らの体が渇いたことによって多少ならず弱っていたようだった。
眼前に広がる池は、その水面を銀色の小魚の群れのように煌めかせていた。
池といっても極めて小さく、雨後に出来上がる
こういった水を使おうにも、活きた水と腐れ水の双方があって、腐れ水に
しかし、この辺りに溜まる水というものには、其の腐れ水が少ないことを父は知っていた。
大抵、腐れ水になるときには二つの要素がある。長く滞留している事と、周りに餌が多い事である。
人がものを食って屎尿を出すように、水も新たに湧いた水や雨によって、もと在った水を追い出さなければ古びていく。古びてしまった水は
そして餌が多ければ、水もまた
どちらか一方でもあれば水は腐るし、どちらも有るような場であれば必ずや、その水は
父の側の目から見て、この水は清らかなまま回っているものであると見えていた。
それは一方の循環に於いては、他の水の手が無いにも関わらず、原野に突如として現れたということを基に、周りの土が湿り、確かな水気を含んでいることから、この潢の中から
将又、もう一方の水が肥えているかの是非については、まずこの辺りの土というものが、そもそも肥やしを撒かねば満足に耕作できぬほどに養分的に貧弱であることを基として、ここ何日かはよっぽどの雨が降らず、
こういった判断は、父が狄との戦いで従軍するにあたって、多くの先人から教えられたことと、自らの経験則に依るものが大きい。
何れにせよ、この水が毒か、甘露かに依って、死ぬのであれば死ぬし、生きるのであれば生きる。
万全を期するのであれば、火を熾して煮てから飲むのが常道ではあるのだが、今の父子には火熾しの道具というものは無い。故にその水を沸かすことなく、父の方から先に手で掬い上げて飲んだ。
兒の方も、それに釣られて池の水に両手を突っ込んでいたが、父がその動きを掣して水を飲ませないようにした。
兒からすれば、父が水を独り占めにして、哀れなる小児の喉の渇きを潤すことすらさせない背反の行為であったが、父からすれば、本当に水が
口の中で暫くの間、水の味を確かめるために舌を転がした。
──甘い
上質な水というものは、
──この水は間違いなく甘露である
という風に判断した父は、わが兒を掣していた手を離すと
「布。この水は美味い。飲んで喉を潤せ」
と口を手で拭いながら、この潢の水を飲むことを勧めたのである。
ここまで飲まず食わずだった兒の方は、ここぞとばかりに水面に口付けて、顔を
──確かにおいしい
その水の味に舌が慣れ切らない内に、
日の光を遮るだけの木陰と、確かに飲用と出来そうな水の手とが在るならば、この場所こそが今後の拠点となる。
そう判断した父は、袋を木の幹に添わせるようにして置き、棒を置いて、次の行動の思案を始めた。
ひとまず、こののちの食料はどうするのか、ということを考えた。
確かに、水は見つけた。それも、この地に似合わないとすら思うほどの、清らかな
しかしながら、咀嚼という行為を伴わない啖飲というものは、極めて腹持ちが悪い。
同じ一升であっても、酒を一升喰らうのと、米を一升喰らうのとでは全く話が違う。だいいち、水や酒というものは飲めばすぐに竿の先から出て行ってしまう。
喰わねども気の張り様だけでどうにか出来るのであれば、そんなに楽なことは無いだろうが、しかし人の体というものは己の変化に忠実で、腹の減ったままにしておくと次第に躰が弱っていく。そうして躰を動かす気が失われてしまえば、たとい五日の内を生き残れても、家に帰れずに野垂れ死ぬ。それを避けるというのが、この父の持つ命題であった。
もしもこの地で、ある程度安定して食料を得ようとするのならば、二つの方法がある。
ひとつは川に行って魚を狙うこと。ただこの方法をするのにはこの場を離れて川を探した上で、釣り竿や
ふたつめは其処らに生えている草の内、柔らかくて食べるに不足しないものを選んだ上で採取すること。ひとつめの魚に比べたら場所も限定はされないし、採るのも極めて簡単だが、毒を持つものに中れば、それでお終いである。
手段を択ばないというのであれば、近隣にある邑の
これらを考えると、やはり食べられる草を見つけてくるのが一番手っ取り早い。
父は腰を上げて兒を見つけると、
「このあたりで草を採ってこい」
とだけ言って、自分はさっさと行ってしまった。
少年は父の歩く背を見続け、その大きさが掌ほどになったときに、初めてその言葉の意味を考えた。
──父は草を何に使うのか
そこに関する知識というものは、まだまだ不足している。
草を集めてすることといえば、少年が見たことでいうのならば、牛馬を肥やすための餌とするのか、
彼のここまでの人生経験に於いて、其処いらに生えている草を食べるということは先ず無かった。それは周辺の地域が農耕を能く行うことが出来て、また寇掠で食い物が不足すれば、食糧として野草を採って来るのは主に父だった為に、その草花を見分ける方向へ頭脳が発達しなかったことが挙げられる。
故に、この父の発言に依って少年が草を刈ってくることが有れば、凡そは周辺の腰程の草
──こういった草は大概が食用には向かない──
を手当たり次第に引っこ抜いてくる、というのが眼に見えている。
恐らくは父親も、
──この兒には、まず草の見分けは付くまい
と思って、こういった曖昧な言葉とし、結局はひと束ほど持って来れれば、それを使って何らかの道具が作れよう、という算段も在ったのかもしれない。
とはいえ、この主文の無い指示に対して一定の成果を求められていることを感じた少年は、早速、潢近辺に生える草を我が物にする為の行動を取り始めた。
細い草の千切れる音を何遍となく鳴らし、凡そ自らの両腕で抱えきれる量を
これは農を営むときに、周りの人々がそうやって藁を置いていたことを手本にした行動である。
こうしておくと、いちいち藁を集積する場所へと置きに行く苦労が発生し辛く、かつ一把ごとに分けておくことによって、その後における作業
──即ち運搬、計量、転用──
が楽であることを利点とする集積方法である。
日々の生活から得た自然な学習を使って草を採集していった少年は、父の居ぬ間に大量の藁を積んでいき、その草束の数が二十四、五となった処で父の帰還を迎えた。
父は、その左手に何かを抱えている。父親の腕と同じくらいの長さと丸みを帯びた影を持ち、そして毛羽立った黄土に近い色の物体。よく見ると、父の掴んでいる部分は布か紐のような形状をしている。
少年は、ひと仕事終えた後の喉の渇きを潤す為、潢の縁に座っていた。
後ろから飛んでくる日光を浴びて、やや
落ち着いた気持ちで父を睹ることが出来た少年は、父の歩容を視覚情報として受け取って
──きょうは、きげんが良いのかな
という風に感じていた。この父は気分が高揚したときに歩くと、自然と大股になって、その爪先や
今日は確実に良いことがあったのは判る。そして、恐らくその原因というのが左手に揺れている、あの物体に有るということも察することができる。
そして少年は、その正体を睹ようとして、よくよく観察をしてみた。
意外にもすらりとした足が四本。黒々とした球眼。腰太りした胴体。そして、紐だと思っていた把握する箇所が、どうやら耳であることも分かった。
少年は間違いないと思った。
──これは、うさぎだ
自信を持ってそういった判別を下した時、少年の脳裏には昨日の父の行為が映像として映し出されていた。
それは
あれは、獣の痕を見つけるためだったのだ。立ち止まった地点で悉く土の
少年は父の行動にあった意図というものに合点したが、しかしそれが是であると考えると
──あれ、じゃあ草って
と気付いた。
父の言っていた草とは、何かを編むことに向いた草ではなくて、己らが喰うことに向いている草ではないか。だとすると、今まで端から刈っていった腰丈の草は、見るからに喰うのには向いていないから、払った実働の対価というものが極めて低そうだ、という勘が働いた。
葉の柔らかい、青々とした草は一体幾らほど採っていただろうか。そもそも採っていたとして、草の山の中に放り込んでしまっては後が大変なことになるじゃないか。
──ぶたれるんじゃないか
少年は、やり切ったと考えていた己の胸中を今一度
父は木立の周囲が綺麗に刈り取られ、幾つもの草束が点々と積まれていることに気が付いたようだ。
首から上を左右に回して周りを瞰たあと、先に腰かけた木蔭の中に
喉の潤いを満たす程度に水を飲んで、手を振って残った水を払い落とすと、再び木蔭の中に身を移して棒を取り、そのまま近くにあった草束の前に立つ。
父は何をするのかと、少年は張った心を持ったまま見守っていた。
父はその棒の一端を束の中に突っ込んで、搔き回すようにして土の上に満遍なくばら撒いている。
この行動を、最初は父の不機嫌から来るものであると恐れていた少年は、このまま父の許に向かったら、両手に持った棒を使って腕や肩を打擲されると思っていたが、その行為が案外にも丁寧であることを見て、
──おこってない
と認識を改めた。
となれば、父の言葉の意図を汲み取れなかったと罪悪の念を持っている少年の内には必然
──てつだわなきゃ
という思いが出てきて、父への畏れで竦んでいた足が、転じて父を扶けるために動き始めたのである。
当然、父のしている行為の目的は解っている。草の束の中から食べられそうな草を掘り出して、それを今後の糧として採っておく。そうしておけば、水に困らないこの場所では、数日持つかもしれない。
兎に角、腹を満たせるものが欲しい。そう考えていた少年は、父が草を搔き分けているその横で、広げられた茎を探り、蒼色で柔らかい茎葉をもった草を手当たり次第に摘まんでいった。途中、父が掻いた草の葉が上から降りかかることもあったが、少年はそれを気に留めることもなく、只管に探り、只管に
その作業を繰り返していき、十個目の草束が地に敷かれる頃には
風雨に吹かれる原野とはいえ、食べようと思えば食べられる草は案外多い。そのことをこの作為と視覚の中で感じ取ったし、五日間は案外短いかもしれないぞ、という晴れやかな気持ちも出てきた。
「布。今日はここまでだ。」
父がそう言った。少年はその言葉に手を止める。空の光が来る方を見ると、すでに地平に光の輪が掛かって、朱く色付いていた。
腹を減らし、木を見つけ、その近くにある水で空腹を誤魔化して、そして草を引っこ抜いていく内にここまで時間が経っていたことに存外の思いがする。どうも、人は己が生きるために行動をしていると、時というものを感じなくなるらしい。
「爸。おなかへった。」
少年はこの先の見通しが立ったからか、ここまで生きるために張り詰めざるを得なかった心の縄縛が解け、いつも家の中で見せるような甘えた表情を、この旅の中で初めて見せた。
父の方も、そう言っている少年の表情が先に比べて朗らかなことを認めてはいたが、果たして自らもいつものような豪放な父に戻ることはなく、ただ淡々とした口調で
「なら、食うしかあるまい」
とだけ言って、木の下へと歩を進めた。
父は袋の中から小さな刃物を取り出した。
それは金属のような鋭さというものは無い半面、やや茶色味を帯びた艶のある白色で、いつぞやに見た猛禽の爪のような鈎形をしている。肌に付けて引っ搔いてしまえば、その皮膚を割いてしまいそうな切れ味を有しているのが判った。
この原始的な刃物を右手で包むように持った父は、自らが獲ってきた兎の後肢を掴んで其の腹を上に向けると、迷わず胸元の辺りから刃を入れて、股の付け根の辺りにまで線を引くように切れ目を入れて、その線に沿って僅かに赤黒く染まった毛皮に指を挿し込むと、腕に力を入れて左右に引き裂いた。
皮が剝がれる音というのは、それ以外では中々表現ができない。音の響き方は叢を踏むときのそれに近いが、音自体は何とも言えない湿り気がある。
その音と共に腹の皮が剥がれると、内側から薄紅色の肉が表れた。腹の丸みに沿って筋が走った肉と、生気を失った兎の顔と同一の塊として存在している。
次に父は、何かを思い出したように頸に対して刃を入れた。そうした後に、耳を掴んで立ち上がり、手にぶら下げたまま少年の元へと歩み寄る。
少年の目の前にしゃがみ、手に持った兎をいきなり其の眼前に向けて突き出した。
「ほら。飲め」
少年は父が何を言っているのか、まったく分からなかった。飲むとは、いったい何を飲むのか。
目に困惑の色を浮かべた少年を見て、父もそれを察したのか
「頸だ、頸」
と言って、先に頸を切ったところを指で二回、突いた。
少年はまだ、腹を一度裂かれただけの兎の躰を食べ物とは認識していなかった。父が飢えをしのぐために捕らえてきた獲物である、ということは解っていたが、それでもなお少年の目から見た其れは
──うさぎの
でしかない。だらんと垂れた足と色の無い目を見て、寧ろ憐憫の情すらも感じていた彼であったが、しかし父から血に汚れていた頸元を指されて、
──血を飲め
と言われているのだ、ということを感じ取ることはできた。
少年の心の中は、腕を双方へと引き千切られるような心痛を伴う抵抗を感じている。
いま、自分は飢えの中にいる。ただそれでも、骸からその血を啜って生きようなどとは考えられない。
幼い彼だからこそ屈託もなく発現できる、人間としての善性
──それは、「死を遠ざけたい」という道徳に於ける本義である──
が、意識もせぬ内に口を真一文字にして決して開けないという行動として現れた。
この少年の行動を見た父は本来であれば、わが兒の思い悩む姿に自らも心を痛めて、
──ならば、やめよう
と引き下がったかもしれないし、少年もそれを望んでいたが、しかし父は、寧ろ表情を厳しくして
「死にたくなかったら飲め」
と語気を強めた。
少年は、こういった父の姿を見たことも無く、いつもとは表情が全く違う父を恐れた。
少年は気圧されて、父の言うとおりに頸の切り口を吸って、血を飲み込んでいく。
鉄と、獣の臭い。それに塩気を感じて、少年の腹の底からは苦い液が這い上がってくる。二回、三回と喉を鳴らしたところで堪えられなくなった彼は、思わず顔を逸らして血を飲むのを止めた。
口に付いた血と、抜けた毛の感触が気持ち悪い。裾で激しくそれを拭き取り、そして口の
口を
少年の行動を
少年はその姿を見て
──こうなれないと、死んでしまう
ということを、その胸中に留めたのである。
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