郁哉と蓮の切なくてもどかしい日々

ぬまのまぬる

優しさは信じない

 松原郁哉は、深夜0時に家に向かって歩いていた。疲労と寒さで今にも倒れそうだ。


蓮とルームシェアを始めて2ヶ月が経った。


 都内にあるマンションの家賃はなかなか高く、郁哉はコンビニのバイトと居酒屋のバイトをしながら、インフルエンサー活動も行うという日々を送っていた。


 しかし、元々あまり働いたことがないのでバイトの掛け持ちはなかなか厳しい。


 村役場の手伝い(整理券を来た人に渡すだけである)をしたことはあるが、今のように毎日フルタイムで働くというのは初めてだ。


 蓮は毎日路上やライブハウスで演奏をしていて、時々スポットでイベントの手伝いへ行ったりもしている。

 そして、帰ってくるとライブ配信を始めるので、なかなか話す暇もなかった。


 蓮の個人チャンネルには郁哉もルームシェアの相手として登場することがある。

 まだカメラの前でうまく話せず、変なことを言ってしまって蓮に呆れられることが多いが、意外と視聴者には2人のやり取りを気に入っている人も多いようだ。


 この前は、視聴者からの質問に答えるという企画をやったのだが、


『蓮のことはどういう意味で好きですか?』


という質問があり、郁哉は焦って


『え!?恋愛以外の意味です』


と言ってしまうという事件があった。


(なんだよ恋愛以外って……)


 誤魔化すにしても無茶苦茶すぎる。幸い蓮に怒られることはなかったけれど。


 マンションの10階にある部屋にたどり着き、鍵を開ける。蓮はすでに帰ってきていて、作曲をしているのかパソコンに向かっていた。


「ただいま……」


「あ、郁哉おかえり。ちょうどよかった、今からライブ配信やろうと思ってるから郁哉も出てね」


「ごめん……今日はちょっと無理だな」


いつもなら嫌々参加するところだったが、さすがに今日は体調が悪すぎる。


「……大丈夫?」


蓮は眉を顰めた。


「大丈夫。部屋で休んでる」


 郁哉が自室へ向かおうとすると、蓮はライブ配信を始めたらしく、1人で話しだした。


「こんばんは、蓮です……。ライブ配信を予定してたんだけど、郁哉の調子が悪いから今日は早めに終わるね。あまりうるさくしたらいけないから」


 この部屋は元々家でもギターの練習ができるように、防音はしっかりしている。なので別の部屋にいれば音は聞こえないのだが。


「あ、応援ありがとう!きっと郁哉も喜ぶよー」


 どうやら投げ銭が入ったようだ。

 きっと今のも、好感度を上げるための作戦だったんだろう。


「そうなんだよね、郁哉はいつも頑張りすぎるから心配なんだ」


 変に悲しげな声が胸を変な風に抉っていく。


 もうこれ以上そんな声を聞きたくなくて、急いで部屋に閉じ籠った。


 蓮は一見爽やかで明るく、誰にでも優しく見えるが、本当はそれが作られた姿なんだと郁哉も薄々気づいていた。


 一緒に暮らしていると、言葉の端々から自分を見下すような棘を感じることもある。実里や光星と同じような温度の声だから、分かりたくなくても分かってしまう。


 だけど、彼らのことはもう嫌いというか呪いたいくらいだが、蓮のことは嫌いになる気配がなかった。

 あざとくて外面だけよくて郁哉のことを好きではなくても、それでも好きだ。残念ながら。


視聴回数のために利用されていると分かっていても一緒にいたいという、元松原家当主候補としてはあるまじきプライドのなさだが仕方がない。


 でも、多分好きだと言うことはないだろう。

蓮はそういうのをめんどくさがるに決まっている。ルームシェアの相手を、もっとビジネスカップルをやり切れる人物に変えるとか言い出しそうだ。


         *


 しばらくしてノックの音がしたので、郁哉はずっと寝ていたというふりをするために布団に潜り込んだ。


「郁哉、大丈夫?」


 そんな問いかけに無意識で「うん」と言ってしまい、寝ていないことは残念ながらばれてしまった。


「バイト入れすぎなんじゃない?無理しないほうがいいよ」


「これくらい大丈夫。儀式で徹夜したこともあるし」


 これは嘘で、実際には途中で寝てしまったのだが軟弱だとは思われたくない。


 それに、バイトをたくさん入れているのは生活費のためでもあったが、蓮の役に立っていると思いたかったからだ。啓一郎--蓮の片想いの相手--ではなく、自分とルームシェアをしてよかったと思ってほしい。


「でも郁哉って体弱いじゃん。とにかくバイトは減らすことね」


 蓮はなんだか不必要なほどの近距離でそう言った。


(体が弱い、か……)


 松原家の人間は皆短命で、郁哉の両親も早逝している。自分もそうなるだろう、と郁哉は思っていた。


 でも、蓮にそれは言いたくなかった。

きっと蓮はそれを知ったら、

「長くは生きられない友人に寄り添う優しい人物」の役を演じようとするだろう。


 きっと、甲斐甲斐しく世話を焼いたり、色々なところに遊びに連れて行ったりしてくれる。

それが視聴者に向けたパフォーマンスだと分かっていて、でも心のどこかで嬉しい気持ちも抱えながら受け入れるのは多分辛いと思う。


それでも、受け入れてしまうと思う。蓮のことが好きだから。



 だから、絶対にこの事は言わない。



「郁哉、返事は?」


ぼんやりとした考えの中から、蓮の声で引き戻される。


「分かった。ちょっとは減らす」


「約束ね」


小指が差し出される。


触れた指を通してなんだか胸が痛んだ。


_________________________________________


ふと思い立って書きました💦

ルームシェア後の郁哉と蓮です!


今回は少し悲しい感じで終わりましたが、私はなんとかしてこの2人を両思いにしようと思っていますので、見守っていただけると嬉しいです🙇

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