現れて来て

 しばらくすると、雨が降っていた。

 窓を叩く雨音が、心臓の鼓動と混ざり合う。

 ベッドの上で、美緒ルナは息を潜めるように咳を堪えていた。

 けれど、もう限界だった。喉の奥が焼けるように熱く、胸の奥で何かが咲こうとしている。


 「……っ、う……」


 込み上げる痛みに身を折ると、鮮やかな花弁が口からこぼれた。

 白と紅が混ざり合う小さな花。指先で触れると、まだ温かかった。

 次々と咲き乱れるそれを見ているうちに、涙が溢れて止まらなかった。


 ――どうして、私はこんな体になってしまったの。

 ――どうして、姉さんを好きになんて。


 罪と恋の境界が溶けていく。

 喉の奥から漏れ出す花弁の香りが、部屋を埋め尽くす。

 息を吸うたび、肺が軋んだ。

 指先が冷たくなり、視界が滲む。


 ドアが静かに開いた。

 「ルナ?」

 声の主は紗羅だった。

 部屋を覗き込む。

 ルナは慌てて布団を引き寄せ、花弁を隠した。


 「どうしたの?電気つけるよ」

 「……大丈夫。眠れなくて……」

 声が震える。呼吸が荒くなる。


 紗羅は眉をひそめ、そっと近づいてきた。

 「顔、真っ青だよ。……ちょっと、熱あるんじゃない?」

 額に手が触れた瞬間、ルナの身体が跳ねた。

 その指先の温もりが、あまりに懐かしくて、恋しくて――涙が滲む。


 「……どうしたの、ルナ」

 「な、なんでもない……。ただ、少し苦しくて……」

 喉が詰まり、声が途切れる。

 紗羅は心配そうに妹の背を撫でた。

 「無理しないで。ね、今から病院に行こ」

 その優しさが、刃のように刺さる。


 「行きたくない」

 思わず言ってしまった。

 紗羅が目を見開く。部屋の空気が一瞬凍る。

 「……ごめん。違うの。ただ、今は……雨だから」


 姉はしばらく黙っていたが、やがて小さく息をつき、ルナの横に腰を下ろした。

 「じゃあ、そばにいるね」


 その言葉とともに、柔らかい腕がルナを包み込む。

 温かかった。

 子供のころ、怖い夢を見た夜に抱きしめられたときと同じ匂いがした。

 けれど今は、その優しさが、喉の奥でまた花を咲かせた。

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