小さくて大きい事件

 翌朝も、何気ない日常がはじまるはずが小さな事件が起きた。

 洗面所のゴミ箱に、ひとひらの花弁が落ちていたのだ。

 薄い紅。まるで誰かの口からこぼれた秘密のように。


 「……これ、なに?」


 紗羅は小さく首を傾げ、拾い上げた。

 見たことのない種類の花。人工の造花にも見えない。

 「瑠奈〜洗面所に花びら落ちてるんだけど何か聞いてる〜?」

 声をかけられた瞬間、瑠奈の心臓が跳ねた。


 「あ……う〜んわかんないなぁ」

 乾いた笑顔を貼りつけながら言うと、紗羅は一瞬疑うように目を細めた。

 けれど、すぐに「そっか」と笑って片づけてしまう。


 その無防備な笑顔が、逆に美緒を追い詰めた。

 嘘をつくたびに、胸が痛む。

 花弁を吐き出すたびに罪が増えていく気がした。


 登校の準備をしながら、鏡の中で自分の顔を見つめる。

 頬が少しこけ、唇の色が薄くなっている。

 これ以上、姉に心配をかけるわけにはいかない。


 ――私の想いなんて、知られちゃいけないんだ。


 朝の光がカーテン越しに揺れる。

 その眩しさの中で、瑠奈はひとり、そっと今吐き出した手の中の花弁を握りしめた。それは、誰にも見せられない恋の証のように、静かに潰れていった。

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