誤魔化し

 翌窓から差し込む光が部屋の空気を照らす中、美緒は鏡の前で制服のリボンを整えながら、口の中のわずかな鉄の味を飲み込んだ。

 昨夜のことを思い出すたびに、喉がひりつくように痛む。それでも、笑わなければならない。姉の前では。


 階下に降りると、台所に立つ紗羅の背中があった。

 肩までの髪が光を受けて透け、白いシャツの袖をまくった腕が頼もしく見える。

 「おはよう、朝ごはんもうすぐできるから」

 振り返った姉の笑顔に、美緒の胸がひゅっと鳴った。

 それを誤魔化すように

「ありがとう」と言ってすぐ席につく。         


 ――どうして、こんなに優しいの。

 罪悪感と渇望が入り混じり、花の香りのように喉の奥で渦巻く。


 紗羅は姉として完璧だった。大学に通いながら家のことも気にかけ、両親が共働きで留守がちでも、美緒の面倒をよく見てくれる。

 小さい頃から、ずっと彼女の後ろ姿を追いかけてきた。

 けれど、その「憧れ」は、ある日を境に変わってしまった。


 ――数年前の夏の日。

 風鈴の音を聞きながら、熱を出して寝込んでいた瑠奈の髪を紗羅が撫でてくれた。

 その指先の温もりが、なぜか涙を呼んだ。

 ただの姉妹の優しさだと頭では理解していたのに、心は違うものを求め始めていた。


 あの日から、瑠奈の中で何かが決定的に壊れた。

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