第6話 気まずい沈黙

 眩しい…!


「私などでよければ… ぜひおかけ下さい」


 これ以上断るのは公爵にも失礼にあたる。何よりこの毒気のない笑顔に逆らえなくなった。


「ありがとうございます、シルフィア嬢。皇室のお茶は帝国で一番優れています。ぜひこちらの茶葉もお試しください」


 さらには公爵が手ずからお茶を淹れ始めた。


「こ、公爵様がそのようなことまでしていただかなくても! 私が淹れますので…」


 私が手を出そうとすると、公爵は優しく手に触れて嬉しそうに微笑む。


「ありがとうございます。私がシルフィア嬢に好きで淹れたいだけなので、どうかお任せください」


(いや、これは気まずすぎるって…!)


 ミカエリスは迷いのない手つきで茶器を扱い、甘く深い香りが立ちのぼった。

 私は促されるままに彼が淹れた紅茶を口に運んだ。


「お、美味しいです!」


 お世辞抜きに、香りも格別で渋みも全く感じないプロの仕上がりだった。


「よかったです。この茶葉は南部地方でひと月しか取れない葉で作られているのですが、蒸らす時間を少しでも間違えるとすぐに渋みが出てしまうのです」


 ミカエリスも優雅に紅茶を口に運ぶ。

 その所作はまるで一枚の絵画のようだ。


「ところで…。シルフィア嬢は陛下にどのような用事で呼ばれたのですか?」


 なんと答えればいいだろうか。

 セドリックはただ自分に合うために皇城にくるように言われているが、この経緯はあまり人に言えない。


「えっと… お父様の事業のことで、陛下に変わりに伝言を届けに来ました。とても大切な用事なので…」


 嘘を言うのは気が引けたが、婚約のことを知られたくないため仕方ない。

 だが、なぜか嘘を見抜かれているような奇妙な感覚があった。


「そうですか。私はてっきり、シルフィア嬢と皇帝陛下が恋人同士なのかと思っていたのですが…」


「え、いえ! そんなことは断じてありません!」


 セドリックがシルフィアを嫌っていることは、その態度から明らかであり社交界では有名な話だった。


(ミカエリスは確かに社交界や他人との関わりをあまり好まない描写があった。それでも、どうしてわざわざこんなことを聞いてくるの?)


 もしかして、遠回しに私を馬鹿にしようとしているのだろうか。

 そう考えると、この笑顔も胡散臭く感じてきた。


 社交界と同じように、遠回しにシルフィアを貶めようとしているのかと思ったが…。


「そうでしたか! それはよかったです、安心しました」


 ミカエリスは明るい笑顔でそう答えた。

 意味がわからず、困惑してしまう。


(どう言う意味? もしかして…ミカエリスって、皇帝陛下のことを…⁉︎ いや、そんなはずは…!)


 ミカエリスは私の思考を読んだかのように先回りした。


「誤解なさらないでください。私はシルフィア嬢が陛下のことをお慕いでないと知り、嬉しいだけですから」


(…なんで?)


 原作のミカエリスは、ルリアナに害のあるシルフィアに対して報復することはあったが、それ以外での接点がない。

 ミカエリスがシルフィアを好きになる理由はないはず。


「もしかして、伯爵家と取引をしたいとお考えですか?」


 公爵家は伯爵家と比べ物にならない財力を持っているはずだが、シルフィアと付き合うメリットはそれしかない。


 ミカエリスは上品に「はは…」と笑う。


「確かに、伯爵家は勢いがありますから、取引するのも面白いですね。ですが、私は他国との情報戦に困ってはいないので。今はただ、シルフィア嬢のファンのひとりとでも思っていてください」


(ファンって…ますます謎なんだけど?)


「このクランベリーのジャム、絶品ですよ」


 ミカエリスはそれ以上の詮索をさせず、話題を変えた。

 私をもてなそうとお薦めのケーキや首都で話題になっているカフェや流行について話をする。


 言葉や態度から、好意的なことが伝わり自然と会話を楽しんでいた。


(意外、原作ではもっと冷たい人なのに。 聖女がいなければこんなに優しい人物なの? 帰宅したら、彼の評判について調べてみよう)


 すっかり打ち解けてしまい、会話を楽しんでいた矢先ーーー


「…おい、何をしている」


 空気が一気に張り詰め、私はびくりと肩を震わせた。

 驚いて振り返ると、不機嫌そうなセドリックが立っていた。


「皇帝陛下、ご挨拶申し上げます!」

「陛下、ごきげんよう」


 慌てる私に対して、ミカエリスは落ち着いている。


「ミカエリス、まだいなのか? 帰ったと思っていたが」


 セドリックはシルフィアを一瞥し、ミカエリスを睨みつける。


「散歩をしていたら、シルフィア嬢にお会いしました。おかげさまで、とても楽しい時間でした」


 セドリックの険しい態度にも動じることなく、ミカエリスは穏やかな笑顔で答えた。


「…そうか。だがシルフィア嬢は俺との約束がある、ここまでだ」


(散々待たせておいて、この態度…!)


 居心地の悪さを感じていると、ミカエリスが私の手を取り、唇を寄せた。


「シルフィア嬢、楽しい時間でした。次に会えるのを楽しみにしています」


「こ、こちらこそありがとうございました。お気をつけて…」


 彼は微笑み、去っていく。


 その後ろ姿見送っていると、「おい」とセドリックが水を差した。


「お前はなぜ、俺を待つ間に他の男と馴れ合っている。まさか、好きな相手はミカエリスじゃないだろうな」


「な、違います! ミカエリス様とは今日初めて会いました!」


「嘘をつくな。どこから見ても初対面の仲じゃなかっただろ」


これ以上言っても、納得しないだろう。

 話題を変えて、さっさと用事を済ませたい。


「それより陛下、私は今日何をしたらいいのですか?」


「そうだな…残念だが俺は忙しい」


(これは、帰っていい流れ!)


「そうですよね、陛下はご多忙ですもの! では私はこれで失礼してしますね」



***



結局、セドリックは私を帰すことなく、強引に書斎に連れてこられた。


 彼は隣に腰掛けて書類を捲っており、私の目の前には暇つぶし用の本が積み上げられている。


(どうして、帰らせてくれないの…⁉︎)


仕事が溜まっているなら帰らせればいいのに、なぜかセドリックは帰らせてくれない。


「あの、陛下。公務の邪魔になるので私はそろそろ…」


「邪魔じゃない。気にも留めてないから気にするな」


(気にしてるのは私なんだけど…)


気づかれないように小さくため息をつき、目の前の本を一冊手に取る。


 紙を捲る音だけが響く空間は、不思議と心地よさを感じた。



***



 日が傾き、室内に涼しい風が吹き込む。


 隣から気持ちよさそうな寝息が聞こえ、書類から顔を上げる。

 静かに本を読んでいると思ったら、いつの間にか本を抱えたまま眠っている。


(この女、俺と一緒にいてよく眠れるな…)


 安心し切った寝顔をみると、奇妙な気分になる。


 婚約を破棄せずにいるのは、ただの気まぐれだった。誰が皇后になろうが興味はないし、権力争いの中でどうせ命を落とす。


 皇帝になってから、どこにいても気が休まることはなかった。

 兄妹に毒殺されそうになり、信頼した家臣に裏切られーーー常に死と隣り合わせだ。


 眠ることすら許されず、気が張り詰めていた。


(シルフィアは社交界でも有名な嫌われ者の悪女。むしろそれが盾になると思って婚約を受け入れたが…)


 あれだけ自分に夢中だった女の態度が急に変わった。

 気に入らない態度だから気まぐれに皇宮に呼びつけてみたら、よりによってミカエリスと笑い合っている。


ーーー気に入らない。だか…


(この時間は、なぜか妙に落ち着く)


 眠る彼女を見つめ、セドリックは静かに息を吐いた。





 


 

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