第5話 ふたり目の危険人物

(報復って… あの暴君相手にそんなことしたら大変よ!)


シルフィアを溺愛していることは知っていたが、まさか皇帝まで敵に回すほどとは思っていなかった。


 勝手に婚約をなかったことにして、伯爵の苦労を台無しにしたので怒られると踏んでいた。


「お父様、陛下は悪くありませんわ。私が好きではなくなったので、婚約破棄を申し出たのです」


「だが、自分に釣り合うのは皇帝だけだ!といっていただろう? 急に嫌いになるなんて、何かあったんじゃないのかい?」


皇帝を好きじゃなくなった、という部分を周囲に納得させるのは時間がかかりそうだ。


「お父様。私は伯爵家の後継者として、皇后の座は特にならないと判断したのです。現に、お父様のおかげで何不自由ない生活をできているのに、危険を冒してまで結婚するくらいなら、独身でも伯爵家を注ぎたいと思っております」


これまでは皇帝にこだわり、駄々を捏ねて伯爵の権力を利用するしかなかった。

 そんな娘が変わった姿を見た伯爵は、目を潤ませながら感嘆した。


「そうか…! お前も知らぬ間に大人になったんだな。まあお前が後継者になり、皇帝をうまく制御する方がきっと楽しめるだろう」


あの皇帝を制御するつもりはなかったが、伯爵は納得してくれたようだ。


「だが、お前は皇帝に婚約発表を取り消させただけで、実際には婚約は破棄されていない」


「え…!」


そんなはずはない、確かに皇帝には婚約を…。


 だが、あの男はこう言っていた。


『ひとつ、条件がある。それを承諾できるなら今夜の婚約発表をとりやめてやろう』


つまり、婚約をやめたのではなく、発表をやめただけ。

 シルフィアを嫌っていたから、喜んで婚約破棄してくれると踏んでいたため、油断した。


「まだ爪が甘かったね、シルフィア。後継者として、これからしっかり学べば大丈夫だ。私がなんとかしよう」


 だが伯爵は、なんでもないことのように後継者として認めている。

 伯爵家を継ぐなら、婚約を破棄させなければならない。


「お父様、今回は私のミスですが…。あれだけ私を嫌っていた陛下がまさか婚約破棄されない理由があるのでしょうか?」


伯爵と繋がることによるメリットがあるのだろう。


「それはわからん。今朝皇帝から手紙が届いていたが、婚約発表は延期したとだけ書かれていた。あとはお前に毎日皇城にくるようにと。私の娘に…ふざけおって、あの〜〜〜皇帝め!」


皇帝にこんな悪口を言ってるところを見られたら、間違いなく首が跳ぶだろう。


「お父様、これは私の力不足です。必ず陛下に婚約を破棄してもらうので、私にお任せいただけませんか?」


どちらにせよ、もうじき聖女が現れる。


 聖女が現れればシルフィアなど眼中からなくなり婚約は破棄されるだろう。


 聖女が現れるまでに一番情報を集めやすいのは皇城だ。危険を冒すことにはなるが、潔く身を引けば殺される理由はない。


「お前がそこまで言うのなら、そうしなさい。だが困ったら必ず私に相談するんだ、いいね?」


「ありがとうございます、お父様!」


伯爵は私の返事を聞くととても嬉しそうに笑った。


 和やかな父親との時間、転生して初めての家族との食事はとても美味しく感じた。



***




 私は皇帝との約束を守るため、皇城にやってきた。


 昨晩のとは違い、皇城は静かで落ち着いた空気に包まれている。


 これからあの皇帝に会わないといけないことを除けば、とても穏やかな気分で散歩をしたいくらいだ。


 私は客間に通され、30分も皇帝を待っていた。


(さすがに待たせすぎじゃないの? いっそのこと忙しいと言って帰ろうかな…)


いくら皇帝でも、招待した客人を待たせているなら失礼にあたる。

 これを理由に帰っても文句を言われる筋合いはないだろう。


帰ろうと思い、立ち上がった所で扉がノックされる。


 だが、扉を開けたのは皇帝の従者だった。


「申し訳ありません、シルフィア様。ただいま陛下は緊急の会議のため手が離せないのです」


「そうでしたか、仕方ありませんね。では私はこれで…」


「陛下のご命令で、庭園に席を設けました。会議までそちらでティータイムを楽しんで待つように、とのことです。ご案内します」


(帰らせて欲しかった…)


私は内心泣きそうになりながら、庭園に移動する羽目になった。



***



 庭園に設けられた席は、まるで私の2人きりでお茶を楽しむとは思えないくらい豪華だった。


 軽食やケーキ、装飾もお茶会でも開くような規模だ。


「私以外にも、誰かいらっしゃるのかしら?」


案内してくれた従者に尋ねるが、首を振る。


「いえ、ここは陛下とご令嬢のために設けられた席になります。ゆっくりお寛ぎください」


(こんな豪華な席で、たった1人で寛げるわけないじゃない!)


居心地の悪さを感じながら、ティーカップを手に取る。


 さすが皇室、紅茶が絶品だ。


 紅茶もケーキも美味しくて、気づけばティータイムを楽しんでいた。


 昨晩の舞踏会は婚約破棄でことで頭がいっぱいだったため、何も喉を通らなかった。こんなに美味しいなら昨晩も少しくらい食べればよかった、と少し後悔する。


 2個目のケーキを食べ終わろうとしていると、庭園をひとりの男性が歩いてくる。

 銀髪に青い瞳の美しい青年だ。白いジャケットが絵になり、上品な身なりからしてそれなりに高位の貴族らしい。


(いい体つきね。騎士と言われても納得できるくらい。でも、なんだか見たことあるような気がする…)


 どこで見かけたのか、と頭を悩ませている間に、その青年は目の前までやってきた。丁寧に礼をしてから、彼は口を開いた。


「お寛ぎのところ失礼します。もしよろしければ、私にティータイムのお供をさせていただけませんか?」


 あら、声まで素敵…って、そうじゃない!


「失礼ですが、私は皇帝陛下からの招待でこちらで待っているだけなのです。見知らぬ方との同席は…」


 私が返事を濁すと、青年は気を悪くする様子もなく優しい笑みを浮かべた。


「これは大変失礼しました。私はミカリエス・ド・フォーシアと申します。どうぞミカエリスとお呼びください」


 ーーーミカリエス・ド・フォーシア!


 原作で盲目的に聖女ルリアナを崇拝し、愛していた人物であり要注意人物のひとり!帝国で実質皇帝に次ぐ権力を持つ若き公爵。

 皇帝とはルリアナをめぐって争い合う仲で、シルフィアを目の敵にして伯爵家の事業を何度も邪魔していた人物だ。


(この見た目は間違いなくメインキャラクターじゃない! なんでこんなところにいるのよ!)


 皇帝を避ければ殺されないと忘れかけていたが、ミカエリスも危険な人物だ。

 これ以上の接触は避けたい。


「初めまして、フォーシア公爵様。私はシルフィア・オルフェシアと申します」


 立ち上がり丁寧にお辞儀する。

 ミカエリスは穏やかそうに微笑んでおり、何を考えているのかわからず張り付いた笑顔のように感じる。


「存じております、シルフィア嬢。どうかミカエリスとお呼びください」


 笑顔で再度名前で呼ぶよう釘を刺される。


「…恐縮です、ミカエリス様。もしかして、陛下に謁見するためにこちらへ?」


「実は、緊急の会議で来ただけなので、もう帰ろうとしていたところでした。たまたまシルフィア嬢がお茶を楽しんでいらっしゃったのを見かけまして、ぜひご一緒したいと思いまして」


 ミカエリスは悪気や企みなど感じさせない笑顔で私をときめかせてくる。


(う、眩しい…! でもダメよ、彼は危険な人物なのに…。でも…)


「ミカエリス様、私の社交界での評判は聞き及んでいるはず。私とティータイムを楽しんでも不快な思いをされると思いますよ」


 小説のメインキャラクターとの接触を避けるため、私は彼のことを知りたい欲求を押し殺した。


「社交界の噂など私は興味がありませんので。どんなあなたとでも、ぜひ一緒に時間を過ごしてみたいです」


 しかし、ミカエリスはこれでも気を悪くする様子もなく笑顔で返した。

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