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「んんん……!」


 大きく伸びをすると、城の中庭にさわやかな風が吹き抜けた。

 ブランカは隣で私のをして、翼をぐぐっと広げている。

 この小さな子どもの翼で、私を追いかけてきてくれたのだ。そう思うと胸が詰まる。


「午前中は私もあなたもぐっすりだったわね」


 じょうげんに喉を鳴らすブランカは、一晩ぐっすり眠ってすっかり元気になったようだ。


(昼食の肉もよく食べていたし、思っていたより回復が早いみたい。良かったわ)


 時刻はすでに午後になっている。晴れ渡った空には、森から木をり出す音が響いていた。

 私の手には、ここへ来るちゅうに採取した薬草や『瑪瑙石』が入ったバスケットがある。

 動きやすいよう、乗馬服に似た格好に身を包み、髪も一つにまとめた。

 もちろんいずれも、宝石がちりばめられているものを身に着けている。

 これから仕事が始まるのだ。準備しすぎて困ることはない。


「ミルカ嬢! お待たせしました」


 現れたのはケネスさんだ。

 チョコレート色のドラゴンからひらりと飛び降り、ブランカをしげしげと見つめる。


「こいつがプラチナドラゴンの仔ですか。改めて日差しの下で見ると綺麗ですね」

「特に目の色が綺麗なんです。……それで、ケネスさん。私の仕事の話なのですが」

「はい! ドラゴン飼育人になってくださるんですよね。ドラゴンたちが集まっている場所がありますから、まずはそこに行きましょう」


 私とブランカ、そしてケネスさんと彼のドラゴンは、徒歩で城の外に出た。


「わあ……! 随分にぎわっていますね!」


 城下町が広がっていて、王宮には遠くおよばないが、二十をえる店が出ていた。

 昼食後でもなおそそられる香りのするミートパイ、黒い色をした飲んだことのないジュース、スイ餃子ギョウザ入りのスープといった食べ物の屋台も出ている。

 王宮と最も違うのは、小型のドラゴンが、人に交じって歩き回っているところだろう。

 小型犬ほどの大きさの、薄いグレーの鱗を持つドラゴンが多いようだ。

 彼らは太い後ろ脚で二足歩行をし、前脚を人間の手のように突き出して歩いている。


「あれはマゼーパ種といって、この辺りで一番数が多い小型のドラゴンです。人のおこぼれを貰って生きているらしく、雑食で頭の良い連中ですよ」

「犬や馬のように言うことを聞くのですか?」

「いえ、そこまでは。飛べないし、荷役もさせられないほど小さいので、言うことを聞かせても意味はないんです」


 ひときわ小さいドラゴンがさっと私の足元にやってきて、ちょうせん的に睨みつけてきた。

 ちゅうるいのような黄土色の目が、ぎょろぎょろといそがしく動いている。

 と、横からブランカが顔を出し、警告音を発する。

 ドラゴンはぴゃっとび上がると、地面を滑るような速さで逃げ去った。


「なんと言うか、ねずみのような連中なんです。そうは言ってもドラゴンですから、なかなかプライドは高いんですけどね」

「そうみたいですね。そう言えばここでは、野生のドラゴンと飼育下にあるドラゴンを、どのようにして見分けているのでしょう?」

「野生のドラゴンは、マゼーパ種を除けば町中には出現しないので、町中にいるのはほぼ飼育下のドラゴンだと思ってもらえば良いかと。首輪かハーネスを装着されていれば、それは間違いなく飼育下のドラゴンです」

「なるほど。分かりやすいですね」

「北方辺境では、個人がドラゴンを所有するのは禁止です。とはいえ、ドラゴンは人をえり好みしますから、仕事をたのむドラゴンについては、一頭につき一人の人間を乗り手として登録するようにしています」


 北方辺境のドラゴンは、貨物と人を運ぶ仕事以外にも、林業や農業を手伝うこともあるらしい。そういう時には、そのドラゴンがお気に入りの人間を乗り手として決めておくと、命令がすんなりと通る上に、世話がしやすいのだという。


「合理的ですね。……あっ、あれはヴィトゥス種ですね! とても大きいです!」

「お、よくお分かりになりましたね。あれほどデカいやつが、サヤやティカと同じヴィトゥス種だと分かる人間は少ないんですが」

「個体差が大きい種だと聞いています。それに、あの翼の形と、体に比して大きなかぎ爪は、飛行を得意とするヴィトゥス種の最も目立つ特徴ですから」


 道のわきにある発着場と思しき広場で、赤い鱗を持つヴィトゥス種のドラゴンが、緩やかに翼をたたんでいた。

 彼の腹にはネットがめぐらされており、そこには木箱や荷物が放り込まれていた。ああやって貨物をうんぱんするのだろう。

 さらにそのドラゴンは、背中に乗客も乗せていた。

 いっぱん市民らしき男女が、騎乗用ベルトを外しながら、それを大きなかごの中に放り込んでゆく。


「あれは貨物と人を運ぶドラゴンです。ここは北方辺境第一の都市、アンドルゾーヴォですが、第二や第三の都市もあるので、そこから来たのでしょう」

「第二、第三の都市ですか」

「ここほど大きくはありませんが、第三都市は国境警備の任も負っていますから、よく人が行き来していますよ」


 国境警備。

 そうだ、北方辺境は他国と接しているのだ。隣国と友好関係を結んでいるとはいえ、絶対にめてこないとは言いきれない。


「ここを、ヴォルテール様がお一人で治めていらっしゃるのですか」

「そうなんですよ! 第二の都市、第三の都市には一応代理人を置いていますが、あの人だけでは到底カバーしきれないはずなのに……。すいみんきゅうけいけずって、それをカバーしちゃうのが、ヴォルテール様ってお方なんですよねえ」


 困ったように、けれどどこかほこらしげに言うケネスさん。


「そうそう、ヴォルテール様ががんってますから、治安についてはそれほど心配いりませんからね」

「ええ、殺人犯や放火犯といった重罪人は、王都でしょばつを受けるから、ここへは来ないと聞いています」

「それもありますが、軽犯罪者もここでは悪さをしません。連中がのさばろうにも、ヴォルテール様とカイルがひと睨みすれば、尻尾を巻いて逃げていきますから」


 確かに、町中の様子は穏やかで、女性や子どもが一人で歩いている姿も多く見られ、流罪地という言葉から受ける印象とはほどとおかった。

 アルファドラゴンがトップに君臨することで、人間の社会も治安が良くなるらしい。


「そう言えば……。ここ北方辺境にいらっしゃるのは、皆流罪された方というわけではないのですよね」

「もちろんです。元々この近くの山に住んでいた人間が三割、流罪人とその家族が四割、残りがここの噂を聞きつけてやってきた外国人と商売人、というところでしょうか」

「あの、つかえなければ、ケネスさんのご出身をうかがっても良いでしょうか」

「私は外国人です。と言っても、以前からヴォルテール様と商売をやらせていただいていましたので、全くここを知らないわけではなかったですね」


 北方辺境の人間にとって、出自はさほど問題にならないらしい。


「大事なことは、いかに北方辺境のために力をくせるか、ですからね。何しろ冬は極寒で、作物の実りもかんばしくないし、野生のドラゴンも出現するしで大変なんです」

「貨物を運ぶのも大変そうですよね。一番近い都市のクイヴァニールまで行くためには、風の強いクリスト山脈を抜けなければなりませんし」


 傍にいたブランカが、ぐる、と喉を鳴らした。

 ケネスさんが興味深そうにブランカを見下ろす。


「今のは同意ですかね?」

「恐らくは。この子もあそこを単身飛んできたわけですから、大変さは身に染みているのでしょう」

「そうだった、王宮からここまで飛びっぱなしだったんですもんね! 一晩でその疲れを回復させるとは、さすが聖なるドラゴンだ」


 頷きながらも、内心で少しだけ不思議に思う。

 ブランカは、王宮では飛び回る機会もあまりなかったし、運動不足だったはずだ。一晩で疲れを癒すほどの体力があっただろうか?

 まあ、ぐっすり眠れたのだろう。それは良いことだ。


「あ、そろそろ到着しますよ。あそこが『ドラゴンの丘』―― 飼育場です」

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