第3話
建物の中は、昼を過ぎても薄暗かった。
西側の壁は半分が崩れ、風が吹くたび雪が舞い込み、床板の上で白く溶けていく。
「――梁は持ち直したな」
ビックベンが額の汗をぬぐい、木槌を肩に担ぐ。先ほどまで彼は、古い木材を削り合わせて梁を組み直していた。太い腕と体重をかけるように叩き込んだその仕事ぶりは、素人ながら確かに強度を取り戻しているように見えた。
「床はまだガタついてるけど、ひとまず寝床くらいは確保できるはずよ」
E968が工具箱を片付けながら言う。彼女は鉄釘を温めて叩き直し、使える分だけを再利用していた。釘一本でも惜しいと口にしていた彼女にとって、この成果は上々だろう。
「ふぅ……寒ぃのに汗かくのは理不尽だな」
傭兵ああああは上着を脱ぎ、柱にかけて大きく背伸びする。
「脱いだら寒ぃな。
なあ、俺たちって
「文句を言う暇があるなら、壁の雪をもう少し払って」
E968は顔も上げずに返す。
「はいはいっと」
ああああは肩をすくめつつも素直に従い、長い棒で崩れた壁の隙間に詰まった雪を突き崩した。雪がざらざらと床に落ちて積もる。
そんな中、不意にビックベンが口を開いた。
「……俺はよ」
「ん?」
「昔からこういう壊れかけの建物を見ると、落ち着くんだ」
意外な言葉に、ああああが笑った。
「お前らしくねえな。豪快にぶっ壊して回るタイプに見えるけど」
「いや……壊すのは簡単だ。だが、誰かが直さなきゃ意味がない。修復ってのは、ある意味で戦いよりずっと難しいんだぜ」
ビックベンの声は低かった。
彼の言葉に、E968が手を止めて振り返る。
「あなたみたいな人にしてはまともなことを言うのね」
「俺だってたまにはな」
ビックベンは苦笑して、もう一度梁を叩いた。
三人の呼吸が、次第に揃っていった。
冷気の中に、確かに人の営みの音が戻りつつあった。
やがて、壁の隙間に仮の板が嵌められ、屋根の穴も布と木材で塞がれた。
完全な修復には程遠いが、雪風を遮るには十分だろう。
少ししてベンは、
「……よし、今日のところはこれで限界だ」
と言うとE968が工具を片付け、息を吐く。
「これ以上やると資材を使い尽くすことになる」
「十分だろ」
ああああは床に腰を下ろし、凍った息を吐きながら笑った。
「凍死の心配が減っただけでもマシってもんだ」
「……」
ビックベンは黙って梁を見上げていた。新しく組んだ木材が、白い光を受けてわずかに輝いている。
その光景に彼は短く頷き、ようやく腰を下ろした。
その時――外から足音が近づくのが聞こえた。
雪を踏みしめる、複数の影。
「戻ってきたか」
ああああが立ち上がり、扉を押し開ける。
吹き込む雪の向こうに、探索組の姿があった。
ケーゴを先頭に、漁師やまかや〜、神官ベージュス、そして作家GM。
四人とも顔に疲労を浮かべている。
「おお……随分マシになったな」
やまかや〜が中を見回し、驚きと安堵の入り混じった声を漏らした。
「屋根も塞がってるじゃないか。これなら少しは持つ」
ケーゴも頷き、剣を壁際に立てかける。
「そっちこそ、どうだった?」
ビックベンが問う。
探索組は一瞬、互いに視線を交わした。
その顔には言い難いものが滲んでいる。
「……何もなかった」
最初に答えたのはベージュスだった。
「生き物の痕跡が、一つも。人間の足跡も……過去の残滓さえも、跡形もなく」
「痕跡が消えていたのです」
GMが静かに補足する。
「すべてが、初めから存在していなかったかのように」
沈黙が落ちた。
焚き火もない建物の中で、吐息だけが白く浮かぶ。
「……詳しく聞かせてもらおうか」
E968が低く言い、ノートを開くGMの手元へと視線をやった。
こうして、二つの組が再び一つとなり――初日の成果と、不気味な発見が、互いに照らし合わされることになった。
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