第一幕ー①

 顧問に入部届けを持って行ったのに、何故か二つ隣のクラスの男子生徒を訪ねるように命じられた。監督がいるから、って言われたけど意味を図りかねる。部長じゃなくて? そもそも文化部に入部審査とかあったりする?


 考えも纏まらぬうちに、僕は紹介された関根篤と放課後の教室で向かい合っていた。


「忙しい時期にお時間取らせて申し訳ない」


 彼は不機嫌面を隠そうともしない。足底でぱたぱたと床を叩いている。歓迎されてないんだろうなあ。


「そう、俺たちは今忙しい。文化祭発表と県大会を間近に控え稽古も始まっている。入部はウェルカムだが今じゃなきゃダメかね?」


 後にしてくんねーか、そう彼の眉間のシワが語っている。本当に同学年か? と疑ってしまうくらい貫禄と威圧感がすごい。運動部でもないのに、くすみ一つなく剃り上げたスキンヘッドがオーラを放っている。


 ギラついた目が僕を値踏みするようにぎょろりと動く。


「邪魔になるのは申し訳ない。けれど可能なら、すこしでも早めに公演の裏側を見ておきたくて。見学させてもらえるだけでもありがたいんだけど、どうかな?」

「裏側が見たいってのはスタッフ志望なのか? キャストじゃなくて」


 あれから夏休みの間、僕は考えていた。


 自分が耳目集まるあのステージの上で歌い、踊り、役になりきる姿はどうしても想像がつかなかった。勢いのまま挑戦してみればいいのに、僕ときたら生来の根暗思考のせいで、あと一歩を踏み出す勇気が湧いてこなかった。


「一応、脚本志望で。もちろん他の裏方作業にも触れてみたいけど」


 関根くんのこわばりがほどかれていく。 


「へぇ、めずらしいな。戯曲が書けるのか?」

「そこまではまだ。小説だったら……」


 ねじくれた熱意は筆を走らせた。自分の中にこれほどの熱と血が満ちていたなんて知らなかった。とにかく夢中でキーを叩き、初めての創作にして最高傑作を僕は書き上げたのだ。


 数日経って読み返してみると、破り捨てたくなるほど恥ずかしくなったけど。


「サンプルとかないの」


 想いの丈を書き連ねただけのねっとりした泥のような文章。あれを人に見せるわけにはいくまいと、慌てて改稿版に着手した。結果、自分が出力したことに目をつむればそれなりの青春劇ができあがったんじゃないかと思う。


「…………まあ」


 こんなこともあろうかと、その改稿版を印刷して持ってきてはいる。しかしいざ渡すとなると、身体が鉛のように重くなる。入部届ほど気楽には取り出せない。


 躊躇するほどガチっぽさが増す。『こんなラブストーリーどうすか? ね、エモいっしょ?』こんくらい軽く見せられないと。


 本人の前ですらないのだから。

 探られても悟られてもいけないのだから。

 震える指で紙の束を提出する。


「ちょいと時間ちょうだい」


 そして関根くんは文字列の海へダイブする。事前情報によれば彼は、裏方を纏める長のような立場だという。劇を作る目線で僕の小説が丸裸にされているのだ。その真剣さにあてられてこちらの背筋も強張ってしまう。


 沙汰を待つ。気が気じゃない。


「おぉー」

 やがてどれほど経ったか、彼は是非の判断のつかない声を漏らした。

「……いいね、いいと思う。まだ序盤だけど」


 身体の各所から緊張が抜けていく。


「どうも」

「あくまで小説として、だから。舞台脚本の骨組みとしては言いたいことは沢山ある。でも……」


 さっきまであんなに険しい顔をしていたのに、眩しいくらいの笑みを寄越す。


「来てくれてありがとう。君のことを歓迎するよ」


 どうやら認められたらしい。物語まで書いて来たことで熱意が伝わったのかな。


「改めて、関根篤だ。舞台監督志望だけど、演出も口を出すし、裏方作業はほとんどやってる。みんなにはカントクって呼ばれてるよ」


「西城紡です。……脚本家志望。よろしく、カントク」


 自らの名の横に役職名が付くのは、なんだか物語の登場人物になったみたいでこそばゆい。

 今までの暮らしには熱と色がなかった。だから小説や映画、架空のストーリーに憧れ続けてきた。作品にのめり込むほど、周りにいる人との距離は遠くなった。

 でも今は、人と関わる道を選び、一歩踏み出している。

 喜劇か悲劇かはわからない。でも、始まるんだ。

 僕の人生という物語が。

 





「忙しいときにすみません。一旦手を止めて。えーこんな時期ですが入部希望者が現れました」


 案内された部室は混沌としていた。

 ヘッドフォンをした女生徒が憎らしげにパソコンを睨んでいる。

 壁にひたすらボールを当て続けているあの人は、小道具の耐久性を確かめているのだろうか? 

 そんな中で役者陣は大声で発声練習をしているのだから恐ろしい。同じ部活という一括りにはしがたい面々だ。


 そんなバラバラの集団が、カントクの一声でぱっと作業を止め、注目する。


 彼女と目が合う。驚き、から理解まで数秒を経て、手を振ってくれた。


「西城紡くんです。彼はなんと脚本を書きたくて演劇部の門を叩いた希有な人材です。みなさん丁重に囲うように」

 囲う? 囲うって言った?


 その演劇部のみなさんはカントクの冗談かどうかはかりかねているようだった。


「自己紹介、いいかな」


 背中を叩かれ、面食らってる場合ではないと思い直す。


「西城紡です。1年A組。物語に触れるのが好きで、この度演劇に興味を持ち、入部させていただくこととなりました。わからないことだらけの若輩ですがよろしくおねがいします」


 僕が本当に物書き志望だとわかると万雷の拍手が降ってきた。歓声をあげている者もいる。なんで? 僕の実力なんて未知数なのに、期待が大きすぎる。


 困り顔の僕を見かねてか、集団の中から先輩っぽい人がすっと隣にやってきて、肩にぽんと手を置いた。


「あはは。いきなりこんなだと驚くよね。でも、演劇部員ってやっぱりオリジナルでやりたいって人多いんだよ。脚本書きたいって高校生は少ないし、文芸部もあるからそっちいっちゃうしさ」


 身長が高い。イケメン。見るからに優しそう。この人が舞台に上がったら、さぞ見栄えがよいだろう。


「まだ脚本と言えるものは書いたことがないんです。小説くらいで」

「心理描写たっぷりの、胸焼けするような恋愛小説でしたけど、ちゃんとした文書いてましたよ。教育すればいい物書きになる」


 フォローしたつもりかカントク。そう言われてもあれは込める気持ちを隠し味程度にした改稿版だぞ。


「出来不出来は置いといてさ。せっかく入部してくれたんだし、在学中に一本でも仕上げて、それをみんなで演じられたらいいよね」


 やばい、なんだこの人。いい人オーラが半端ではない。笑顔に後光がさしている。僕がプレッシャーにのまれないよう優しく包み込んでくれた。


「ご期待に添えるよう、努力します」

「他人行儀だなあ」


 そう言って彼は笑うが、会ったばかりの他人ではないか。他人行儀なのは必然では? それとも彼の中でもう僕は大切な仲間の一人なのだろうか?


「俺は神田誠司。2年で、次期部長ってことになるのかな? 基本は役者やらせてもらってる。よろしく紡」

 距離が近すぎるのは苦手だけど、一先ず歓迎されているようで、安心した。


「でも、裏方だけでいいのかい? 雰囲気あるし、せっかくなら舞台に立ってみても……」

「誠司さん、いきなりあれこれやらせちゃうとパンクしちゃいますって。ホンが書きたいって言ってるんだから、まずはそこからでしょう」


 カントクが肩を組んでくる。逃がすまいという意思を感じた。


「そうかなあ……舞台映えすると思うんだけど。ま、やりたくなったら言ってね」


「お前は裏方脚本チーム。お前は裏方脚本チーム」


 耳元で奇妙な節でカントクは歌い出す。洗脳するつもりなら極めてお粗末である。

 別に僕だって、演技ができるなんて思っちゃいないよ。


 ティロン!


 僕がカントクを力尽くで振り払おうとした矢先、その音は鳴った。ちょうどクイズ番組で解答権を得たときのようなSE。


『なんで なんで入部?』


 音の出所は、彼女だった。すぐそばまでやってきてタブレットをかざしてくる。なるほど、先ほどのボタンは意識を向けさせるためのものらしい。


「やあ大森さん。こんにちは」

『演劇 やりたかったの?』


 躱し方は何度もシミュレートしてきたはずだった。真正面からでなく、なるべく迂遠に。直接の原因ではないことを伝えなければならない。

 はずなのに、いざ本人を目の前にするとうまく言葉がでてこない。

 あれからずっと、声がこびりついて離れないんだ。たったあれだけのフレーズに、僕は今も揺すぶられている。


「演劇を……というか、本を読むのが好きだったから。書くこと自体は興味あったし」


 僕を変革してしまった張本人はまっすぐこちらを見上げている。瞳はきらきら光っている。


「それで、あのとき役になりきる姿を見て、すごいなって思ったんだ。自分が紡いだストーリーを、生み出したキャラクターを誰かが演じるところを想像した」


 ああ、やっぱり嘘はつけない。この一点に関しては、誤魔化したくないや。


「戯曲の形になるかはわからない。でも、挑戦したくなった」


 君の声が、また聴きたいから。


「だから入部させてもらったんだ。演劇素人だけど、よろしく」


『演劇部へ ようこそ!』


 大森さんは満面の笑みで、鞄から「○棒」を取り出した。

 大正解、らしい。

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