第10話 新たな動き

王都からの使者が去った翌日、村は珍しくざわついていた。


 広場では女たちが井戸端で噂を交わし、子どもたちでさえ「新しい王様ができたんだって!」と駆け回る。


 男たちは鍬を持つ手を止め、互いに顔を見合わせては声を潜めていた。




「前の王様が亡くなったって話だ……」


「これからどうなるんだろうな。税は上がるのか、それとも……」


「いや、領主様がうまく取り計らってくださるさ」




 不安と期待が入り混じったざわめきは、村全体を落ち着かなくしていた。




 広場を通り抜けると、ディランはミュナに呼び止められた。


「ねぇディラン、村の人たち、なんだか落ち着かないよ。王様が代わるって、そんなに大きなことなの?」




 問いに答えたのはリリアーネだった。


「当然よ。王の交代は、国の命運が揺らぐほどの大事。税も兵役も、隣国との関係も変わりうるわ」




「ふぅん……難しいことはよく分かんないけど、みんな不安そう」


 ミュナは困ったように小首を傾げた。




 ディランは周囲を見渡しながら低く言った。


「……王都だけの話じゃない。ここの空気もどこか、変わってきている」




 その晩、村外れの森から、牛飼いの少年が駆け込んできた。


「た、助けてくれ! 牛が、森の奥から出てきた魔物に……!」




 すぐに大人たちが駆けつけたが、森の影には普段なら辺境には姿を見せないような魔物――


 牙をむいた二頭のダイアウルフが潜んでいた。




「ダイアウルフだと……? こんなところに出るはずがない!」


 ライナルト領主の部下が青ざめる。




 幸い、ディランが駆けつけるや否や闇魔法で二頭を拘束し、瞬く間に退けた。


 だが、異変はそれだけでは終わらなかった。




 翌日には畑を荒らす魔猪が現れ、さらにその次の日には村を見張っていた斥候が「森の奥で、群れをなす影を見た」と報告してきた。




 「なんでだ、最近は魔物の出没がやけに多い……」


「王様が亡くなったのと関係あるのか?」


「縁起でもねぇこと言うな!」




 村人たちはざわめきながらも、心の奥底で同じ不安を抱き始めていた。




 リリアーネは険しい顔で地図を睨み、クラリスは祈るように手を組んでいた。


 エルシアは森から吹く風をじっと感じ取り、かすかに耳を震わせる。




「……森が騒いでいる。これはただの偶然ではない」


 エルフの少女の言葉は、冷たい現実を告げる響きを帯びていた。




 夜、領主館の一室で、ライナルトとディランは向き合った。


「王都の変化と、辺境の異変。まるで繋がっているかのようだな」


 ライナルトが重く言う。




 ディランは窓越しに闇を見据えた。


「……力の均衡が揺らぐとき、魔もまた動き出す。俺の知る限り、そういうものだ」




 その声は、ただの予感ではなかった。


 彼の長い年月の中で培った、鋭い勘だった。




「近いうちに、この村も本当の嵐に巻き込まれるかもしれん」




 窓の外、遠くの森から、狼の遠吠えがこだました。


 それは、これから訪れる不穏な未来を告げるかのように――。

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