第49話 奪われて得たもの

「セラフィナ様、パーティーの企画のご依頼が届きました」


 アルバートが、嬉しそうに報告してくれる。


「ありがとう、スケジュールを確認するわね」


 私が企画するパーティーは、おかげさまで社交界で大変な人気をいただいていた。文官貴族と軍人貴族。両方が楽しめる、新しいスタイル。他の貴族たちも興味津々で、自らもパーティーを開催するために色々と指南を求められていた。


 それで今は、このスタイルを広めていくために様々な貴族家に企画などを伝授している状況。


「最近は、セラフィナ様のスタイルを参考にするパーティーが増えてきましたね」

「ありがたいことにね」


 私のスタイルが広まること。それは、文官と軍人の壁が低くなっていることを意味する。両者の交流が増え、相互理解が深まっていく。それぞれの良さを認め合い、協力し合う。そんな社交界が、少しずつ実現しつつある。


「使命を、果たせている」


 そう実感できる毎日は、本当に幸せだ。


「今日も、忙しそうだな」


 マキシミリアン様が、執務室に顔を出してくださる。


「ええ、でも、とても充実しています」

「無理はするな。体調を崩しては元も子もない」

「はい。体調管理には気をつけます」


 優しい声で、そう言ってくださる。こんな風に、心配してくれる人がいる。それだけで、心が温かくなる。何気ない日常の中に、確かな幸せがある。




 そんなある日。父が、訪ねてきた。


「セラフィナ」

「お父様……!」


 久しぶりに会う父は、やつれていた。でも、その目は強い決意に満ちていた。何か大事な話があるらしい。


 応接室に通す。向かい合って座ると、アルバートが紅茶を用意してくれた。静かな話し合い。


「陛下に爵位を返還した」

「え?」


 爵位を返還したなんて。思いも寄らない話だった。父は続けて言う。


「これから、イザベラを引き取りに行くつもりだ」

「……」


 妹の名前を聞いて、無意識のうちに私の体がピクリと反応する。色々と話は聞いているけれど、あまり気にしていなかった。今は田舎の屋敷で生活しているとか。ロデリックと結婚したらしい話も聞いたけれど。その後、どうしているのか。


 その辺りの詳しい話について、お父様が説明してくれた。そんな事態になっていたなんて全く知らなかった。だから、引き取りに行く、ということなのね。


「あの子を、ちゃんと育てられなかった」


 父の声には、とても深い後悔が滲んでいる。


「イザベラが、お前の物を欲しがる性格だということ。それを今まで見過ごしてきてしまった」


 父は、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「甘やかしてしまった。お前たちのことをきちんと見ていなかった。それが、今回の事態を招いた」


 一つひとつの言葉が、重い。


「すまなかったな、セラフィナ。だが、これから先は見過ごさない」

「……お父様?」

「イザベラのことは、もう何も気にしないで良い」


 父の目が、私をまっすぐ見つめる。


「そのために、あの子を隔離して、一緒に暮らすつもりだ。今後、なにかしでかそうとしても絶対に止める。監視して、あの子には死ぬまで何もさせない」

「お父様、それは……」

「お前の邪魔をしないように、常に見張っておく」


 父の目は、真剣そのものだった。一点の迷いもない。


「今まで、何度も、お前のものを奪ってきた。その度に、お前には我慢を強いてしまった。次は、させない。あの子が、お前やリーベンフェルト家に迷惑をかけないようにする」


 その言葉の重さ。絶対にそうするという覚悟があった。父は、自分の人生を捧げて、今後は問題が起きないようにしてくれているのを感じる。


 でも、そこまでする必要が本当にあるのか。疑問でもある。家族が、わざわざ離れるなんて。そんな私の気持ちを察したのだろう。


 父は、私の目をまっすぐ見つめながら言った。


「お前はもう、リーベンフェルト家の人間になった」


 そう言われて、突き放される。


「これから先、お前は自分の居場所であるリーベンフェルト家のために尽くしなさい。そして、自分の幸せを優先しなさい」

「でも、お父様……」

「もう、我々のことは気にしなくていい」


 父は、静かに首を横に振った。


「何度も言うが、お前はもうリーベンフェルト家の人間だ。そちらを優先しなさい。これが、父としての最後の願いだ」


 最後の、願い。


「もう、会うこともないだろう」


 爵位を返還したお父様は、もうただの人。関わる機会は失われた。


「お父様……!」

「だから――」


 父は、優しく微笑んだ。その笑顔は、どこか寂しげで、でも穏やかで。


「幸せに、なりなさい」


 その言葉を残して、父は、背を向けた。部屋から出て、屋敷からも遠ざかっていく父の背中を見つめる。一歩一歩、確実に。振り返ることなく。


 涙が、こぼれそうになる。


 でも私は、泣かなかった。


 父の決意を、無駄にしたくなかったから。




 父が去った後。一人になった途端、胸が、ギュッと締め付けられた。


「……」


 言葉が出ない。私は、どうすればいいのか。わからなくなる。もっと必死になってお父様を止めるべきだったのか。それとも、これで良かったのか。


「セラフィナ」


 いつの間にか、マキシミリアン様が側にいた。そっと、抱き寄せてくれる。


「……マキシミリアン様」

「君の父は、覚悟を決めた目をしていたな」


 彼の体温が、私の心を癒やしてくれる。この心地よさに、私は身を任せてしまう。


「あの人は、君を愛していないわけじゃない。むしろ、深く愛しているからこそ、あのような決断をしたのだろう。別れを告げたのは、未練を断ち切るため。君の未来を守るために。そして、君が幸せになれるように」


 その言葉で胸の奥が、すっと軽くなった。マキシミリアン様の言葉で父の考えが、正しく理解できた気がする。


「……ありがとうございます、マキシミリアン様。いつも、私を支えてくださって」

「当然のことをしているだけだ」


 マキシミリアン様は、優しく微笑む。


「君のことを頼むと、君の父上から託された」

「……え?」

「だから、俺は全力で君を守る。それが、俺の責任だ」


 心強い、マクシミリアン様の言葉。


「私も、父の想いに応えなくてはいけませんわね。幸せになれるように、精一杯」

「そうだ」


 マキシミリアン様が、頷いてくれる。


「セラフィナ。お前らしく、前を向いて進めばいい。お前には、その力がある」




 私は、マキシミリアン様と、正式に結婚した。結婚を祝うパーティーは準備を入念に行い、今まで以上に華やかで温かいものになった。


 文官貴族も、軍人貴族も。心から、祝福してくれた。


「セラフィナ様、本当におめでとうございます!」

「新しいスタイルのパーティー、とても素敵でした」

「私たちも、こんな結婚パーティーがしたいわ」


 社交界の人々が、口々に言ってくれる。そのスタイルが評判を呼んで、「結婚パーティー」というものが、社交界で流行し始めたり。


 他貴族から新しいパーティーの企画や運営の相談などの依頼も、引きも切らない。忙しいけれど、充実している。こんなに必要とされるなんて、かつては想像もしていなかった。


 毎日が、幸せだった。


 マキシミリアン様との日々。仕事への充実感。周囲の人々からの信頼。全てが、噛み合っている。歯車が、完璧に回っているような感覚。




 ちょっとした休憩時間、バルコニーに立つ。


 夕暮れ時。空がオレンジ色に染まっている。そんな景色を見ていると、なんだか少しだけ過去を思い出す。


 あの日――


 婚約を破棄されて、失ったと思った。でも、違った。


 本当に大切なものは、奪われなかった。


 私の実力も。誠実さも。努力する心も。人を思いやる気持ちも。全て、私の中に残っていた。そして、本当に必要なものを手に入れた。


 大事な新しい家族。信頼できる仲間。愛する夫。そして、自分の使命。


 あの時、ロデリックに言われた。


「お前が、イザベラから功績を奪った」


 でも、真実は違った。


 奪ったのは、彼らだった。


 私の婚約者を。


 私の立場を。


 そして――


 奪った後で後悔したのも、彼らだった。


「奪われて、本当に良かった」


 心の底から、そう思える。もし、あのまま結婚していたら。今の幸せは、なかっただろう。


 ロデリックとの結婚生活。


 イザベラとの関係。


 実力を認めてもらえない日々。


 想像するだけで、ぞっとする。


「セラフィナ」


 マキシミリアン様が、声をかけてくれる。そんな彼に、私は改めて大切な言葉を伝える。


「考え事か?」

「ええ、少しだけ」

「過去のことか?」

「……ええ。でも、後悔はしていませんわ」


 そんな私に、マキシミリアン様は微笑んでくださる。


「それでいい。過去は過去だ。大切なのは今と、これからの未来だからな」


 そんな言葉を教えてもらい、私は改めて大切な今と未来への気持ちを伝える。


「これからも、よろしくお願いしますわ、マキシミリアン様」

「こちらこそ、セラフィナ」


 優しく、微笑んでくれる。


 手を繋いで、前を向く。未来は、きっと明るい。


 私たちが、一緒に作っていくのだから――



【完】

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