第33話 架け橋の夜に向かって
イザベラが三度目のパーティーを開催する、少し前のこと。
***
マキシミリアン様に今後の方針を提案してから、少しずつ、確実に歩みを進めている。
最初は小規模なパーティーからのスタートだった。
これまで、様々なパーティーの運営を行い、成功させてきた自負はある。だけど、新しいスタイルでいきなり大きな挑戦をするのは無謀だ。失敗のリスクを最小限に抑えるためには、段階を踏む必要がある。
だから、まずはリーベンフェルト家に関係の深い軍人貴族の方々を中心にお招きして、新しいスタイルを試してみることにした。私が今までやってきた文官貴族の洗練された方法を取り入れつつ、軍人貴族の実質重視の姿勢を損なわないように。そのバランスを丁寧に調整していく。
一回目のパーティーから、様々な課題が見つかった。
装飾が少し華美すぎると感じられた参加者の方もいらっしゃったし、料理の内容や提供のタイミングには微調整が必要だった。いつもと違う雰囲気に、慣れない様子を見せる方もいらっしゃった。
でも、誰からも批判の言葉はなかった。
むしろ、「新しい試みだな」「面白い」と好意的に受け止めてくださった。中には「次も楽しみにしている」と声をかけてくださる方もいて、その温かい反応に、私は心から励まされた。
その反応に勇気づけられながら、二回目、三回目と微調整を重ねていった。
毎回、少しずつ改善していく。参加者の方々の反応を細かく観察して、会場の雰囲気作りを調整し、提供する料理の組み合わせを工夫して、音楽の選曲を変えていく。どの部分が好評で、どの部分に改善の余地があるのか。一つ一つ丁寧に見極めながら、次に活かしていく。
心強かったのは、スタッフたちの献身的な協力だった。
実家から付いてきてくれたアルバートは、リーベンフェルト家のスタッフたちと見事に連携してくれている。最初こそ、文官貴族と軍人貴族、それぞれのやり方の違いに戸惑いもあったようだが、今では互いの良さを理解し、尊重し合いながら動いてくれている。
書斎で今回の課題を見直しながら改善点を練っていると、ノックの音が響いた。
「セラフィナ様」
アルバートが書斎に入ってきた。
「アルバート、どうしたの」
「先日のパーティーの運営、お疲れ様でした。参加者の皆様からも、大変好評でございました」
アルバートが、届いた意見をまとめた資料を持ってきてくれた。
「そう、良かったわ」
報告を聞いて、私は安堵のため息をつく。毎回、終わるまでは緊張の連続だ。でも、こうして良い結果が得られると、次への活力になる。
「スタッフたちも、新しいスタイルにすっかり慣れてきたようです。文官貴族のやり方と軍人貴族のやり方、両方の良さを理解して動けるようになってまいりました」
「ええ。皆、本当に良くやってくれているわ」
私は心から感謝の気持ちを込めて言った。
「セラフィナ様の指示が的確だからこそ、でございます。スタッフたちは皆、セラフィナ様を信頼しております」
アルバートは穏やかに、でも確信を持って言った。
「ありがとう、アルバート。でも、それは皆が私の意図を正確に理解して、実行してくれているからよ。私一人だけでは、何もできないわ」
「セラフィナ様らしいお言葉です」
アルバートは静かに微笑んだ。
彼らの的確な動きがあってこそ、パーティーは成功している。私は、心からそう思っている。スタッフへの感謝を忘れてはいけない。
何度も試行錯誤を重ねてきた。新しいことに挑戦する不安は、常にあった。課題を見つけて、それを改善する方法を模索する日々。時には、本当にこれでいいのかと迷うこともあった。
でも、マキシミリアン様やアルバート、そしてリーベンフェルト家の皆様が、いつも支えてくださった。だから、ここまで来られたのだ。
再び、ドアがノックされた。
「セラフィナ」
マキシミリアン様の声だ。
「どうぞ」
アルバートが機敏な動きで扉を開けると、マキシミリアン様が入ってこられた。
「マキシミリアン様」
私は椅子から立ち上がり、彼の方へと歩み寄る。
「少し、話がある」
「もちろん」
私は彼を見上げた。いつもの真剣な表情をされている。お話とは、何だろう。
「小規模のパーティーを重ねてきて、もう数回になるな」
「はい。おかげさまで、少しずつ形になってきております」
マキシミリアン様は、じっと私の目を見つめながら頷かれた。
「スタッフたちも新しいスタイルに慣れてきた。参加者の反応も上々だ」
マキシミリアン様は満足そうに頷いた。
「ええ。皆様、温かく受け入れてくださって、本当にありがたく思っております」
「セラフィナ。お前が努力した成果だ」
「ありがとうございます」
お褒めの言葉。私は、素直に喜びを受け止めた。
マキシミリアン様は少し間を置いてから、静かに言った。
「そろそろ、規模を大きくしてはどうか?」
その言葉に、私の心臓が少し早鐘を打つ。
「そうですね」
私も、実はそのタイミングを考えていた。小規模のパーティーで十分に試行錯誤を重ね、課題も洗い出せた。スタッフたちも新しいスタイルに慣れてきている。そろそろ次の段階へ進むべきだろうと。
マキシミリアン様も、同じようにお考えだったようだ。ならば、今がちょうど良いタイミングなのかもしれない。
「もっと多くの人を招く。軍人貴族だけでなく、文官貴族も」
マキシミリアン様の言葉に、私は静かに頷いた。
両方の貴族に受け入れてもらえるような、新しいスタイル。それこそが、私たちの目指してきたもの。軍人貴族と文官貴族の架け橋となるようなパーティー。
「もっと多くの方々に見ていただくべきですね」
「ああ、そうだ。お前の新しいスタイルを、より多くの人に見てもらうべきだ」
マキシミリアン様の言葉は、期待に満ちていた。
そう言われて、もう私の頭の中では計画が動き始めていた。どうすれば成功するのか。失敗のリスクを、なるべく減らせるように。一つ一つ、丁寧に計画を立てていかなければ。
「不安か?」
マキシミリアン様が、優しく問いかけてくださった。
「少し、ございます」
私は正直に答えた。これまで上手くやってこれた。それでも、思わぬ所で失敗してしまう可能性がある。なにか見落としていないか。
「でも、それ以上に楽しみな気持ちもあります。今まで積み重ねてきたものを、形にできる特別な機会ですから」
「そうか」
マキシミリアン様は、静かに微笑まれた。
「お前なら必ずやり遂げる。俺が保証するよ」
マキシミリアン様の目には、揺るぎない信頼が満ちていた。その眼差しに、私の不安が少しずつ溶けていく。
「セラフィナ。君は、誰よりも真剣に取り組んできた。スタッフを信頼し、参加者を尊重し、一つ一つ丁寧に積み上げてきた。その姿を、俺はずっと見てきた」
「マキシミリアン様」
「大丈夫だ。お前なら、できる」
マキシミリアン様は、こうやっていつも励ましてくださる。頼もしい言葉で、私を前向きにしてくださる。もちろん、それだけではない。実際に様々な面で支えてくださるからこそ、私は彼を心から信頼できる。
「ありがとうございます、やりましょう」
私は、マキシミリアン様を見つめて、はっきりと伝えた。
「ああ、準備を始めよう」
マキシミリアン様も、力強く頷いてくださった。
これから始まる本番。きっと、大変なことも多いでしょう。でも、一歩ずつ進んでいけばいい。焦らず、丁寧に。今まで積み重ねてきたものを信じて。
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