第23話 架け橋への第一歩
朝日が窓から差し込み、私は目を覚ました。
カーテンの隙間から光が入り込んで、部屋を柔らかく照らしている。いつもより、少し早い時間。でも、目が覚めてしまった。昨夜から、頭の中が興奮で満たされていて、深く眠れなかったのかもしれない。
昨夜、軍人貴族のパーティーから帰ってきて、マキシミリアン様と話し合った内容が、頭の中でまだ渦巻いている。
文官貴族の洗練された美意識と、軍人貴族の実直な価値観。その二つを融合させた新たなパーティーのあり方を示す。それが、私の使命。
私の役割。リーベンフェルト家に来た意味。マキシミリアン様が私に求めたこと。繋がったような気がする。
胸の中で、使命感のようなものが静かに燃えている。昨夜から消えることのない、確かな炎。これが、私の進むべき道なのだと、そう確信できる。
そう思いながら私は、ベッドから起き上がる。ふと窓の外を見ると、朝日を浴びたリーベンフェルト家の庭園が目に入った。
文官貴族の庭園のような華やかな装飾はない。噴水も彫刻も異国の花々もない。だけど、一本一本の木が大切に育てられ、芝生もきちんと刈り込まれている。丁寧に手入れされた、飾らない美しさ。
リーベンフェルト家の人たち、そのもののようだと感じた。
この家の人たちは、本当に温かい。
エレオノーラ様の、母親のような優しさ。亡くなった私の母を思い出させる、包み込むような温もり。弟たちの真面目で誠実な態度。軍人としての誇りを持ちながら、謙虚で礼儀正しい。妹たちの純粋な憧れ。打算も計算もなく、ただ素直に私を慕ってくれる。
そして、マキシミリアン様の誠実な優しさ。真っ直ぐな、心からの配慮。
彼らが社交界でも正当に評価されるために、私ができることを、全力でやろう。
それが、私を受け入れてくれた、リーベンフェルト家への感謝の証にもなるはず。温かく迎え入れてくれた、彼らへの恩返しにもなる。
私は、すぐに身支度を整えた。
まだ朝食の時間には早い。使用人たちも、これから準備を始める時刻。でも、それでいい。むしろ好都合だ。
誰にも邪魔されずに、じっくりと考えることができる。集中して、計画を練ることができる。
廊下を歩く。足音を立てないように、そっと。朝の静けさを壊さないように。まだ眠っている人たちを起こさないように。
書斎に向かいながら、昨夜の体験を思い返す。
軍人貴族のパーティーで見たもの。質素だけど温かい空間。華美ではないけれど、心地よい雰囲気。
そこで感じたこと。学んだこと。今までにない刺激を受けて、閃いたアイデア。
全てを整理して、具体的な計画に落とし込まなければいけない。頭の中にある漠然としたイメージを、実現可能な形に。
書斎の扉を開ける。誰もいない、静かな空間。朝日が窓から差し込んで、机を照らしている。
じっくりと計画を立てよう。
リーベンフェルト家を、社交界でも認めてもらえる計画を。
私は、深く息を吸い込んだ。
新しい挑戦の始まり。
書斎で過ごしているうちに、時間はあっという間に過ぎていった。
昨夜のパーティーで得た気づきを整理し、具体的な計画の骨子をノートにまとめていく。アイデアをノートに書き連ねていく。装飾のこと、料理のこと、音楽のこと。段階的にどう進めるか。
ペンを走らせていると、次から次へとアイデアが浮かんでくる。それを書き留めて、整理して、組み合わせていく。
段階的にどう進めるか、これも大事でしょう。いきなり大規模なことはできない。まずは小さく始めて、徐々に広げていく。
時間を忘れて、作業に没頭する。これは昔からの癖だった。社交パーティーの計画を考えるのは、私にとって何よりも楽しい作業。頭の中で、アイデアが次々と生まれてくる。それを形にしていく過程が、たまらなく面白い。
「セラフィナお嬢様、もうお昼です」
ノックの音と共に、メイドの声が聞こえた。
「えっ? もう、そんなに時間が」
私は慌てて顔を上げた。確かに朝の時間が過ぎて、昼間になっているようだ。窓の外の太陽が、真上近くまで昇っていた。
朝食の時間は、とうに過ぎている。いや、朝食だけではない。午前中、ずっとここにいた。
私は慌ててノートを閉じ、書斎を出た。
朝食はメイドが運んできてくれたけれど、軽くつまんで済ませてしまった。それだけ食べると、すぐにまた作業に戻ってしまった。
さすがに昼食の時間に行かないのは、良い印象ではないだろう。食事の時間は、リーベンフェルト家での大切な交流。それを疎かにしては、いけない。
食堂の扉を開けると、既に皆が揃っていた。
エレオノーラ様、弟たち、妹たち。そして、今日はマキシミリアン様も一緒にいる。普段は王宮での仕事で忙しく、昼食を家で取ることは少ないのに。今日は、時間が取れたのだろう。
「遅くなって申し訳ございません」
私は深く頭を下げた。本当に、申し訳ない。朝食も一緒に取らず、書斎に籠もってしまったことを謝る。
「あら、セラフィナさん。朝食の時間に姿が見えなかったから心配しましたよ」
エレオノーラ様が、優しく迎えてくれる。その声には、非難ではなく本当に心配してくれていた温かさが込められていた。
「申し訳ありません。書斎で作業をしていて、時間を忘れてしまいました」
私は深く頭を下げた。
「まあ、無理はなさらないでくださいね」
エレオノーラ様は微笑んで、私の席を示してくれた。マキシミリアン様の隣。婚約者として相応しい位置。
席につくと、妹の一人が興味津々といった様子で尋ねてきた。目をキラキラさせて、身を乗り出すようにして。
「お姉様、何の作業ですか?」
「パーティーの計画を考えていました」
私が答えると、妹たちの目が、一斉に輝いた。
「えぇ!? 私たちの家も、パーティーを開くのですか?」
「もちろん。これから、どんどん開催していく予定です」
私の言葉に、妹たちが歓声を上げた。
「楽しみです!」
「参加したい」
「はい、皆さんにも参加して貰う予定ですよ」
そう言うと、妹たちは大喜びした。手を叩いて、互いに顔を見合わせて、ワクワクした様子で話し合っている。
その様子を、弟たちも温かく見守っている。そして、マキシミリアン様が、わずかに目を見開いた。普段は感情を表に出さない彼が、明らかに興味を示している。その深い青灰色の瞳には、期待の色が浮かんでいた。
「マキシミリアン様」
私は、彼の方を向いた。真っ直ぐに、目を見て。
「何だ」
彼が、短く答える。その声は相変わらず厳しいが、拒絶されているわけではない。むしろ、注意深く聞こうとしてくれている。
「お時間をいただけますでしょうか」
私は、丁寧に尋ねた。
「計画について、ご説明とご判断をいただきたいことがあります」
マキシミリアン様は、少し考えた表情を見せた。眉を寄せて、何かを思案している。もしかしたら、午後に予定があるのかもしれない。王宮での会議や、訓練の視察など。忙しい彼の時間を取るのは、心苦しい。
でも、これは大事なこと。リーベンフェルト家の今後に関わる、重要な計画。彼の許可なしには、進められない。
「わかった。楽しみにしている。だが、その前に食事をしよう」
「そうでしたね」
思わず立ち上がりそうになったのを制される。話し合いは昼食の後で、ということになった。その前にまず、みんなで一緒に食事の時間を楽しんだ。
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