第10話 兄弟姉妹

 エレオノーラ様に導かれて屋敷の中に入ると、広間で家族たちが待っていてくれた。


「兄から話は聞いています。セラフィナさん」


 礼儀正しく挨拶してくれたのは、マキシミリアン様の弟たちだった。


 皆、兄であるマキシミリアン様と似た顔立ちをしているが、まだ若さが残っている。引き締まった体つきで、軍服を着こなしている姿が凛々しい。兄と同じく軍人の道を歩んでいると聞いている。真面目で誠実な印象を受ける。


「兄が、あなたの知識と経験を高く評価していました。これから、よろしくお願いします」


 弟たちの言葉には、敬意が込められていた。姉として慕うというよりは、実力者として尊重してくれているようだ。誠実で頼もしい。こういう方々となら、良い関係を築いていけそう。


「こちらこそ、よろしくお願いします」


 私が微笑むと、彼らも爽やかに笑い返してくれた。


「あなたが、お兄様の婚約相手ね?」


 明るい声が響いた。


 振り向くと、目を輝かせた少女たちが駆け寄ってくる。十代前半から半ばぐらいだろうか。マキシミリアン様の妹たち。その表情には、計算も裏もない。ただ純粋に、新しい家族に興味津々といった様子。


「あなた、パーティーに詳しいんですよね? 私たちに教えてください!」

「ドレスの選び方とか、色の組み合わせとか、全然わからなくて」

「パーティーのマナーも教えてほしいです。来月、初めての本格的な社交パーティーに出るんですけど、すごく緊張するんです」


 矢継ぎ早に質問を投げかけてくる妹たち。その瞳は、純粋な憧れと興味で満ちていた。社交界に出ることへの期待と不安、そして私への信頼。それらが入り混じった、まっすぐな視線。


「え、えっと……?」


 私は一瞬、戸惑った。


 こんな風に、真っ直ぐに慕われたことがなかったから。


 実の妹であるイザベラとは、こういう関係ではなかった。彼女はいつも、私から何かを奪おうとしていた。


 けれど、この子たちは違う。


 素直に、私を頼ってくれている。裏も計算もなく、ただ純粋に『教えてほしい』と言ってくれている。


「もちろん、何でも聞いてください。私にできることなら、喜んでお教えします」


 そう答えると、妹たちは嬉しそうに顔を見合わせて、さらに質問を続けた。


「やった! 聞きたいことが、いっぱいあるの!」

「あのね、来月に小さなパーティーがあって、そこに参加するんです。でも、何を着ていけばいいか全然わからなくて」

「本格的な社交パーティーだから、マナーとか作法とか、ちゃんとできるか心配で」

「会話の仕方も教えてほしいです。どんな話題を選べばいいのか、どうやって相手を退屈させないようにするのか」


 賑やかで、明るくて、屈託のない笑顔。


「ふふ、みんな落ち着いて。セラフィナさんが困っているわ」


 エレオノーラ様が優しく諭すと、妹たちは『ごめんなさい』と言いながら少し距離を取った。けれど、その瞳はまだ期待に満ちている。もっと話したい、もっと教えてほしい。そんな気持ちが溢れている。


「いえ、大丈夫です。こんなに慕ってもらえて、とても嬉しいです」


 私は心から、そう答えた。


「本当ですか? じゃあ、後でゆっくりお話聞かせてください!」

「楽しみです!」

「私、セラフィナさんと仲良くなりたいです!」




 その後、これから私が生活する部屋へと案内してもらった。シンプルだけど居心地が良い部屋を用意してもらった。


 大きな窓からは中庭が見える。手入れされた庭園に、穏やかな午後の光が降り注いでいる。家具も必要最低限だが、清潔で整っている。アルトヴェール家から持ってきた荷物は、明日以降に運び込んでもらう予定。


 ベッドに腰を下ろして、深呼吸をした。柔らかな寝具の感触が、緊張していた体を優しく受け止めてくれる。


「――ここが、私の新しい居場所」


 独り言のように呟く。


 エレオノーラ様の母親のような温かさ。弟たちの誠実で真っ直ぐな態度。妹たちの明るく屈託のない笑顔。賑やかで、温かくて、互いを尊重し合う人たち。


 ここに来て良かった。





 しばらく部屋で休んでいると、夕食の時間を告げるノックが扉に響いた。使用人に案内されて食堂に向かうと、そこにリーベンフェルト家が集まっていた。


 上座には、仕事から帰ってきたばかりらしいマキシミリアン様が座っていた。


 軍服姿の彼は、少し疲れた様子だったが、私の姿を認めると表情を和らげた。


「セラフィナ、よく来てくれた」


 彼は立ち上がって、私を迎えてくれた。


 大きなテーブルを囲んで、兄弟たちが笑顔を浮かべて、妹たちがはしゃいでいる。エレオノーラ様が優しく微笑みながら、家族を見ている。


「セラフィナ、ここに座って」


 マキシミリアン様は、自分の隣の席。妻の座るべき場所を示してくれた。その仕草は自然で、もう既に私を家族の一員として扱ってくれているみたい。


「ありがとうございます」


 私が席につくと、マキシミリアン様は少し心配そうに尋ねてきた。彼の鋭い瞳が、私の表情を注意深く観察している。


「新しい環境で、疲れていないか? 妹たちが質問攻めにしていなかっただろうな?」

「はい。大丈夫です」


 私は微笑んで答えた。


「皆様、とても優しくしてくださいました。温かく迎えてくださって、本当に嬉しかったです」


 充実感はあるけれど、特に疲れは感じていない。むしろ、心が満たされているような感覚。素直にそう答えると、彼は安堵したように一度頷いた。


 こうして私は、リーベンフェルト家の一員として受け入れてもらい、新しい生活がスタートした。

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