第22話
7月某日——
空は晴れ渡り、潮風が心地よく吹いていた。
夏海たちは、予定していた海辺のキャンプに来ていた。
夏海にとっては、人生初の“海キャンプ”。
テントの設営も、砂浜での火起こしも、すべてが新鮮だった。
澪は、砂浜に腰を下ろしながら、ふと倉田に声をかけた。
「あのさ〜倉田くん。女性もいるんだからさ、旅館とか民宿とか取れなかったの?」
その言葉に、倉田は少し黙り込んだ。
視線を逸らしながら、ぽつりと答える。
「……夏海が、海でキャンプしたことないって言ったから」
その言葉に、澪は一瞬驚いたように目を見開いた。
そして、すぐに表情を和らげて言った。
「そうだったんだ……ごめんね。ちょっと言いすぎた」
夏海は、照れくさそうに笑いながら首を振った。
「いえ……私も、楽しみにしてたから」
その空気を変えるように、夏海は話題を切り替えた。
「……三浦さん、遅いですね。どこまで水着買いに行ったんだろ?」
澪は、思わず吹き出した。
「だいたい海水浴に水着持って来ないとか……ないわー!」
その笑い声に、波音が重なって——
砂浜の空気が、ふわりと軽くなった。
遠くの空には、入道雲がゆっくりと形を変えていた。
夏海は、潮の香りを胸いっぱいに吸い込みながら思った。
(……来てよかった)
「じゃあ、私と夏海ちゃんは海に入ってくるから、
倉田くんは荷物の見張りよろしくね〜」
澪はそう言うと、砂浜の上でTシャツとショートパンツをぱっと脱ぎ捨てた。
その下には、爽やかなブルーの水着。
日差しを受けて、肌がきらりと光る。
(澪さん……スタイル良いな……)
夏海は、思わず目を奪われていた。
澪は、健康的で自信に満ちた笑顔を浮かべながら、海へと足を向ける。
「夏海ちゃんも早く〜!」
澪の声に、夏海は少しだけ戸惑いながら、パーカーの裾に手をかけた。
ゆっくりと脱ぐと、下には淡いミントグリーンの水着。
肩をすぼめながら、そっと髪をかき上げる。
その瞬間——
倉田の視線が、ふと夏海に向けられた。
目が合ったわけではない。
けれど、確かに——
その視線には、驚きと、少しのときめきが混ざっていた。
夏海は、顔を赤くしながらも、そっと微笑んだ。
(……見られてる)
「あの…どうかな…?」
夏海が照れくさそうに倉田に尋ねた。
「に、似合ってるよ…。」
倉田は顔を赤らめて一言言った。
照れくささと、嬉しさが入り混じる。
波の音が、ふたりの間の沈黙を優しく包み込んだ。
澪は、すでに海の中で手を振っていた。
「早く〜!水、気持ちいいよ〜!」
夏海は、足元の砂を踏みしめながら、海へと歩き出した。
背後では、倉田がそっとコーヒーを口に運んでいた。
その午後——
海辺には、きらめく光と、ふたりの視線が交差する静かな時間が流れていた。
その頃——
ようやく三浦が砂浜に戻ってきた。
「おせーよ、どこまで行ってたんだよ?」
倉田が呆れたように声をかけると、三浦は頭をぽりぽりと掻きながら、手に持っていた袋を掲げた。
「コレも買ってきた!」
袋の中から出てきたのは——
大きなイルカのボートと、カラフルなビーチボール。
「……そうか」
倉田は、冷静にイルカを見つめながら、静かに尋ねた。
「で?空気入れは?」
三浦は、一瞬固まった。
「……あ?」
倉田は、思わず吹き出しながら肩をすくめた。
「あ、じゃないだろ……まったく」
三浦は、イルカを見つめながら拳を握った。
「気合で膨らますぞ!」
その宣言に、倉田も同意した…。
「よし!いっちょやったるか~!!」
いくら三浦が息を吹き込んでも、イルカボートはぴくりとも膨らまなかった。
顔は赤くなり、肩は上下に揺れ、周囲には妙な緊張感が漂っていた。
海から戻ってきた澪が、その様子を見て眉をひそめる。
「……どうすんのこれ?」
三浦は、懲りずに拳を握りしめて言った。
「気合で……!」
澪は即座に呆れた声を返す。
「無理だって……肺が爆発するわ」
倉田は、ふと周囲を見渡して違和感に気づいた。
「あれ?夏海は?」
三浦は、イルカに顔を埋めながら答える。
「あれ〜そこまで一緒にいたんだけど……」
倉田は立ち上がり、少し心配そうに辺りを見回した。
「ちょっと探してくる」
その瞬間——
夏海が、手に空気入れを持って戻ってきた。
「……あそこの学生さん達から借りてきました」
その姿に、倉田はほっと息をついた。
「そうか……そういうことはちゃんと言ってからにして。心配するから」
「……ごめんなさい」
夏海は、少しだけ肩をすぼめて謝った。
けれど、その手にはしっかりと空気入れが握られていた。
澪は、イルカを見つめながら言った。
「せっかく夏海ちゃんが借りてきたんだからさ……さっさと膨らませなよ」
三浦は、空気入れを受け取りながら、どこか誇らしげだった。
「よし……今度こそ、イルカを泳がせるぞ!」
波の音が、ふたりのやりとりに優しく重なった。
そして——イルカボートは、ようやく命を吹き込まれることになる。
空は青く、波は穏やか。 ようやく膨らんだイルカボートは、砂浜の上で誇らしげに横たわっていた。
「よし、乗るぞ〜!」
澪が勢いよくイルカに跨ると、夏海も少し照れながらその後ろに続いた。 ふたりはバランスを取りながら、波打ち際へとイルカを押し出す。
「いけー!イルカ号、出発〜!」
澪の掛け声に、夏海は思わず笑い声をあげた。
水しぶきが跳ね、太陽の光がキラキラと反射する。
「澪さん、揺れます〜!」
「落ちたら泳げばいいのよ〜!」
ふたりの笑い声が、海辺に響く。
その様子を、倉田と三浦はテントの影から見守っていた。
「……楽しそうだな」
倉田がぽつりと呟くと、三浦は麦茶を飲みながら頷いた。
「イルカ、頑張った甲斐あったな」
波の上で揺れるイルカの背に、ふたりの笑顔が乗っていた。
夏の午後—— 友情とときめきが、海のきらめきと一緒に弾けていた。
第23話に続く…。
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