第3話
どれくらいの時が経ったのだろう。
気がつけば、公園の空はすっかり薄暗くなっていた。
街灯がぽつりぽつりと灯り始め、風が少し冷たくなってきた。
ベンチに並んで座る二人。
言葉は少ないけれど、沈黙が心地よかった。
オレは、やり直せるなんて思っていない。
それは夏海も、きっと同じだろう。
過去は過去。
戻らないし、戻すべきでもない。
でも——
「なぁ…夏海?」
オレは、静かに声をかけた。
「なあに?」
夏海が、笑顔でオレの顔を覗きこんだ。
その瞳は、あの頃と変わらず澄んでいて、少しだけ大人びていた。
オレは、息を飲んだ。
胸の奥が、ぎゅっと締め付けられる。
言いたいことは、たくさんある。
でも、言葉にすると壊れてしまいそうで——
ただ、彼女の笑顔を見ていた。
風が、落ち葉をさらっていく。
その音だけが、二人の間を流れていた。
オレは、思いきって夏海に問いかけようとした。
「もし…やり直せるなら——」
その言葉が喉まで出かかった瞬間、オレはクチを閉ざした。
いや、やっぱり言うべきじゃない。
夏海にだって、もう彼氏がいるかもしれない。
今さらそんなことを言って、彼女を困らせるだけだ。
沈黙が、ふたりの間に流れる。
風が落ち葉をさらい、街灯が静かに揺れていた。
その時——
「もぉ~はっきりしないな〜」
夏海が、少し頬を膨らませながら笑った。
その声は、あの頃と変わらず、明るくて、優しくて。
オレの心に、そっと火を灯した。
「……え?」
思わず顔を上げると、夏海がオレの目をじっと見ていた。
「言いたいことあるなら、ちゃんと言いなさいよ。昔からそうだったじゃない」
その言葉に、オレは胸が詰まった。
彼女は、ちゃんと覚えていてくれた。
あの頃のオレも、今のオレも——
そう言うと、夏海はオレに背を向けて話し始めた。
夕暮れの公園に、彼女の声だけが静かに響く。
「私は悠真がホントに好きだったんだよ…
だから、悠真が幸せになれるなら、私は諦めようって思ったんだよ」
その言葉に、オレは息を呑んだ。
夏海の背中は、少しだけ震えているように見えた。
「夏海…」
オレの声は、風にかき消されそうだった。
「……あれから私は恋はしてないよ」
「そう…なのか?」
オレは、彼女の背中を見つめながら言った。
心の奥が、じんわりと熱くなる。
「勘違いしないでよ?」
「声かけてくる男の人は居たからね?」
その言葉に、背中越しでも彼女が笑っているのが分かった。
肩が少し揺れて、声のトーンが柔らかくなっていた。
オレは、彼女の背中に向かって静かに言った。
“オレだって…あれから恋はしていない。”
風が、ふたりの間を通り抜けていく。
落ち葉が舞い、街灯が少しだけ強く光った。
「夏海…ごめん…もしさ…。」
“もしさ、やり直したいって言ったら?”
オレがそういいかけたとき、夏海はゆっくり振り返った。
その瞳には、涙が溢れていた。
街灯の光が、彼女の頬を濡らす雫を照らしていた。
オレは、思わず夏海を抱きしめていた。
彼女の肩は少し震えていたけれど、温かかった。
ずっと、こうしていたかった。
「ごめん…。」
「何に対してのごめん…なの?」
「いや…ごめん…。」
「謝るなら…これから幸せにしてよ」
夏海の声は、静かで、でも確かに届いた。
思いがけない言葉だった。
オレは言葉を失った。
でも、胸の奥がじんわりと熱くなる。
「自信…ない?」
夏海が、少しだけ顔を上げて問いかける。
オレは、彼女の瞳を見つめながら答えた。
「オレは夏海が好きだ」
「もう二度と、失いたくない」
その言葉に、夏海は微笑んだ。
そして——そっと、オレはキスをした。
風が静かに吹き抜ける。
公園の木々が揺れ、街灯が優しく二人を照らしていた。
過去も、後悔も、すべてがこの瞬間に溶けていくようだった。
そのあと、オレたちは風花に戻った。
あの公園で夏海と交わした言葉、涙、そしてキス——
すべてが胸の奥でまだ温かく灯っていた。
「マスター…」
カウンター越しにそう声をかけると、マスターは何も言わず、ニッコリと笑った。
そして、いつものように静かにコーヒーを淹れてくれた。
カップから立ちのぼる湯気を見つめながら、オレは思った。
この場所が、ふたりを繋ぎ直してくれたんだと。
「マスター…ありがとう」
その言葉に、マスターはただ目を細めて微笑んだ。
外は、冬の気配が近づいていた。
でも、風花の中はずっと春のように暖かかった。
第4話に続く…。
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