第4話 大江戸山脈の夕陽

 陰陽師の安甲晴美は、目を擦り真夏の勾玉をもう一度見てしまった。

水晶の勾玉が翡翠の色に見えたのだ。

晴美は錯覚だったのかと思い安堵した。


「確かーー 真夏ちゃんでしたね」

「ええ、そうよーー 」


「さっきね、風で扉が鳴っていたでしょう」

「・・・・・・ 」


「その時ね、あなたの勾玉の色が翡翠色に見えたのよ」

「翡翠色ってーー 」


「上手く説明出来ないけどーー 緑色かな」

「先生ーー でも今は透明な水晶です」


「そうね、翡翠には色々な色があるらしいわ」

「真夏ちゃん、その勾玉、特殊じゃないかしら」


「ええ、邪気を吸収するとかですか? 」


 安甲は、真夏の言葉を聞いて閃きが脳裡に走った。

思わずギュッと右手を握り左手の掌を叩いた。


「そうね、あの時、邪気が扉を叩いたのね」

「先生、なんで」


「それで、透明な水晶の色が変化したんじゃないかな」

「・・・・・・ 」



   ⬜︎⬜︎⬜︎



 夢乃真夏には、安甲晴美の考えがまるで分からない。

隣で聞いていた昼間夕子が言った。


「安甲先生、それって妖精じゃないかしら」

「夕子先生、妖精ですか? 」

 安甲にとって妖精は経験のない存在だ。


「夕子先生、私も妖精と思うわ」

 真夏が真剣な目つきで夕子を見ていた。


「真夏ちゃん、私の直感だけどーー 真冬ちゃんじゃないかしら」

「じゃあ、先生、真冬が時空に飛ばされたわけ」


「私たちだって、百年後にいるのよ」

「でも、真冬はいないわ」


 かるた部の部室の扉が再びノックされた。



   ⬜︎⬜︎⬜︎



 昼間夕子と安甲晴美が扉に駆け寄った。

そして安甲がゆっくりと引戸の扉を開けた。


 愛らしい顔立ちの娘が立っていた。

夢乃真夏の娘、真冬だった。


 夕子は大声と同時に右手を上げ、真夏を手招きした。


「真夏ちゃん、真冬ちゃんが来たわ」

「真冬、会いたかった・・・・・・ 」

 真夏は、言葉にならない嗚咽に近い声で言った。


 真冬はその刹那、母を強く抱きしめた。


「お母さん、学園都市が広過ぎて迷子になったのーー 」

「ーー 」


「記憶にある学園の面影が全然ないし、校舎も西とか東があるし・・・・・・ 」

「そうね、昔とは全然違うわ。でも、真冬は今まで何処にいたの」


「お母さんとはぐれてから、そんな時間が経っていないわ。つむじ風が吹くまで」


 真夏は、真冬の言葉に意識の混乱を覚えた。



   ⬜︎⬜︎⬜︎



「多分、真冬ちゃんは時空の落とし穴を経由したのじゃないかしら」

昼間夕子が真夏に助言した。


 陰陽師の安甲晴美は、昼間夕子の説明を聞いて驚く。

大昔の人間が時空の話をしているからだ。


「夕子さんって、どんな体験をされているのですか? 」

「私と私の家族やお友達には特殊な体質の人が多かったわ」


「ーー 」

「そんな時、自分の前世の人間がタイムスリップして来たの」


 晴美は夕子の説明を黙って聞いていた。

「時の仕組みは分からないけど、そういう体験をしたのーー それもあれも、妖精と女神が関係していたわ」


「妖精と女神ですか? 」

「ええ、そうよ? 」

 安甲の疑心暗鬼な言葉に夕子のご機嫌が変わった。

表情から笑みが消えた。



   ⬜︎⬜︎⬜︎



 天女天宮静女あまみやしずめが徳田康代と安甲あきのの前に現れ、安甲に静女が呟いた。

静女の紫色の瞳がキラキラと輝いている。


「安甲殿、不思議でござるか? 」


 安甲は、天女静女の声に自分自身の失言に気付いた。

夕子に詫びを入れた。



   ⬜︎⬜︎⬜︎



『昼間先生、かるた部とかるた会の件ですがーー 』

夕子は徳田の真意が分からずにいた。


『ーー 大所帯になり過ぎて顧問が足りません』


 安甲が言おうとした言葉を徳田康代が全て言ってくれた。

安甲は徳田の言葉を引き継ぐだけで十分だった。



   ⬜︎⬜︎⬜︎



 昼間夕子、昼間朝子、星乃紫、朝霧美夏の四人は百年後の同じ学園で、かるた部とかるた会の臨時顧問を受けることになった。

 夢乃真夏と娘の真冬の二人は、サポート役に選ばれた。


 真夏の部活の先輩だった白石陽子や日向黒子の消息は不明のままだ。



   ⬜︎⬜︎⬜︎



 徳田康代は昼間夕子たちのことを考え、神さま見習いのセリエにテレパシーを送った。


 神さま見習いのセリエが、かるた部部室に即座に現れた。


「静女、どうかにゃあ」

「セリエ殿、適材適所でござる」


「死語にゃあ」

「死語でござるかーー 」


「言葉はにゃあ生きておるからにゃあーー 変わるにゃあ」

「適材はにゃあい、適所もにゃあい、人間次第にゃあ」


「康代、遅くなったにゃあ」

『セリエさま、時空ですが』


「それはにゃあ、セリエの管轄外にゃあ」

『じゃあ、妖精ですが』


「妖精は、天使や神使に近いかにゃあ」

『若返りの光はいいのですが、あの方たちを元の時代へ』


「それが、あの者たちの幸せになるかにゃあ」

『分かりません』


「しばらく、こちらの世界に入れば良いにゃあ」

『ーー 』


「ただ、悪戯女神が誰かにゃあ」

『セリエさま、果たして女神でしょうか』


「康代、女神に聞いてみるにゃあ」


 セリエは消えて光になった。

神使セリウスを康代の元に残した。


「康代さま、セリエさま、大変お忙しいご様子です」

『セリウスさん、神さまって忙しいの』


「さあ、分かりませぬがーー 」



   ⬜︎⬜︎⬜︎



 静女のリクエストでショッピングセンターのカフェに行くことになった。

時空を飛び超えた、夕子、朝子、紫、美夏、真夏、真冬も・・・・・・。


 静女は、セリウス、康代と一緒に、訪問者六人をカフェに瞬間移動させた。


 静女は、いつもの窓際の指定席に着いて上機嫌。

遅れて到着した大統領補佐官の明里光夏あかりみかが、カフェのホログラムディスプレイをテーブル上の空間に広げて操作している。


 訪問者六人は、未来の機械を目の当たりにして驚いた。

ホログラムディスプレイの中のメイド服の女性が、明里にオーダー確認をしている。


「明里さん、それはーー 」

「空間に立体映像を具現化させる装置です。昔のエイアイ技術の進化系ですね」


「静女さまのオーダーは」

「オーダーでござるか。久しぶりのクレープでござる」


 大江戸山脈の彼方の夕陽を真夏と真冬が眺めていた。


「ヒメ兄、どうしているかしら・・・・・・ 」

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