第22話 聖女VS魔王、そして予想外の横槍

​「なっ……ちょっ……ルシルフィア様!? いつの間にそんな約束を!?」


「静かにしろユキナ。策士なら、黙って我の勝利を信じておれ」


​ 城壁の上で、俺はルシルフィア様に口を塞がれ、じたばたと抗議していた。

 いつの間にか、俺が聖女に「くれてやられる」ことになっている。


 冗談じゃない。勝手に俺を賭けないでくれ。


 だが、ルシルフィア様の瞳は、冗談を言っている色ではなかった。彼女は本気で、エリクシアと一騎討ちで決着をつけるつもりなのだ。


​.……いや、待てよ。

 これも、俺が言った「心理戦」の一環なのかもしれない。 


『敵の望む舞台に乗らない』と言った舌の根も乾かぬうちに、敵が最も望むであろう『一騎討ち』という舞台を、こちらから用意する。これは、いわゆる逆張り、裏の裏をかいた高等戦術……?


​(まさか……! ルシルフィア様、俺の策の本質を理解した上で、さらにその上を行く策を……!?)


​ 俺が勝手に感心して黙り込むと、ルシルフィア様は満足げに頷き、城壁からふわりと飛び降りた。彼女の体は、闇の魔力に包まれ、まるで羽のようにゆっくりと城門の前へと着地する。


 対するエリクシアもまた、単身で軍の前へと進み出て、両者は睨み合った。


​ 片や、大陸最強の神聖魔法の使い手、聖女エリクシア。


 片や、魔族の頂点に君臨する、魔王ルシルフィア。


​ 両軍、数千の兵士が見守る中、戦いの火蓋が、今、切って落とされようとしていた。


​「参りますわよ、魔の小娘」


「その生意気な口、二度と叩けなくしてやる」


​ 先に動いたのは、エリクシアだった。

 彼女が杖を振るうと、十数本の光の槍『ホーリーランス』が出現し、ルシルフィア様へと殺到する。

 対するルシルフィア様は、その場から一歩も動かない。彼女の前に、闇の障壁『ダークプロテクション』が展開され、光の槍をいとも容易く受け止めた。


​「その程度か!」


 ルシルフィア様が手をかざすと、今度は地面から無数の影の触手がエリクシアへと襲いかかる。

 だが、エリクシアは純白のドレスを翻し、まるで舞を踊るように華麗なステップでそれを回避した。


​ 光と闇。神聖と混沌。

 二人の魔法は、まさに対極。その応酬は、あまりにレベルが高すぎて、俺のような素人には、もはや神々の戦いのようにしか見えなかった。


​「すごい……」


「ああ……互角だ」


​ 城壁の上では、ボルガノンさんたちも固唾を飲んで戦いを見守っている。

 戦いは、一進一退。エリクシアの広範囲殲滅魔法を、ルシルフィア様が一点集中の闇魔法で相殺し、ルシルフィア様のトリッキーな攻撃をエリクシアが結界魔法で防ぐ。


 だが、長期戦になれば、どちらが不利かは明らかだった。


​「……魔王様の魔力が、少しずつ削られている」


 ネクロスさんが冷静に分析する。


「聖女の方は、まるで無限に魔力が湧き出ているかのようだ。おそらく、背後にいる騎士たちの信仰心が、彼女の力になっているのだろう」


​ その言葉通り、ルシルフィア様の額には、うっすらと汗が浮かび始めていた。


 このままでは、ジリ貧だ。

 まずい。このままでは、ルシルフィア様が負けてしまう。そしたら、俺は……。


​ 俺が青ざめていると、ついに戦いが大きく動いた。

 エリクシアが、これまでで最大級の魔力を練り上げ始めたのだ。


​『これでおしまいですわ。聖なる光に抱かれて、消えなさい!』


​ 彼女の頭上に、先日の攻城戦で放たれたものに匹敵する、巨大な光の魔方陣が出現する。

 対するルシルフィア様も、全魔力を解放し、漆黒のオーラをその身に纏う。

 最大の一撃同士が、今、ぶつかろうとしていた。


​ ダメだ!

 あの光をまともに喰らったら、いくら魔王様でも無事では済まない!


 俺の頭が、恐怖と焦りで沸騰する。


 何か、何か、彼女を助ける方法は……!


​ その時、俺の視界の隅にあるものが映った。

 それは、攻城戦の際に兵士たちが使っていた水桶だった。中には、まだ水がなみなみと入っている。


​ 俺は、何を思ったのか、その水桶を全力で抱え上げた。

 そして城壁の縁から眼下で魔法を放とうとしているエリクシアめがけて叫んだ。


​「――頭を冷やせぇぇぇぇぇっ!!」


​ 俺は水桶を逆さまにした。


バッシャアアアアン!!!


 という盛大な音と共に、大量の水が放物線を描いてエリクシアの頭上へと降り注いだ。


​シン……。


​ 戦場が水を打ったように静まり返った。

​ 神々しい光を放ち、究極魔法を放つ寸前だった聖女エリクシア。

 その頭上から、大量の水が降り注ぎ、彼女のプラチナブロンドの髪と純白のドレスをぐっしょりと濡らした。


 練り上げていた魔力は霧散し、巨大な魔方陣も、まるで幻だったかのように消え去る。

​ ポタ、ポタと髪の先から雫を垂らしながら、エリクシアは、ゆっくりと、本当にゆっくりと城壁の上に立つ俺を見上げた。


 その顔から表情が抜け落ちていた。


​「「「「…………え?」」」」


​ 聖騎士団も、魔王軍も、そしてルシルフィア様も。そこにいた全員が、何が起こったのか理解できずに固まっていた。


​ 俺が、やったのか?

 聖女と魔王の、神聖なる一騎討ちに。

 ただの、水を、ぶっかけた……?


​ 俺の場違いで、あまりに不敬で、そして致命的に間の抜けた横槍。

 それが、この戦いの結末を誰も予想しなかった方向へと、大きく捻じ曲げることになるのだった。

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