第3話
目の前に人が死んでいった。首が絞められて顔が青く腫れたまま死んだ人もいれば、斧によって首が切り落とされた人もいた。その対象は人種、年齢を問わなかった。ただ、そこにいれば、全員殺すだけだった。
場面は変わり、いつの間にか場所はある森の中に切り替わっていた。
カミラーが目を覚ました時は、そこは完全に木々で囲まれていた。気づけば彼女の体は真っ裸であり、なぜ自分はここにいるのか、自分は何者なのかも分からなかった。ただ誰かに捨てられたかのように、地面に倒れているだけだった。それはまるで、子供時期を省略して、いきなり大人から人生が始まったかのようなそんな感覚だった。
彼女は本能的に生きるために、身を動かして森の中を彷徨った。すると、彼女は一匹の大きな熊と出会った。その熊はこの森で長く生きていたらしく、普通の熊だとは思えないぐらい巨大な体を持っており、所々に出来ている猛獣の傷から、この森の王のような覇気を全身から放っていた。
だが、そんな熊との遭遇にもカミラーは何も思わなかった。そもそも、そんなことはどうでもよかったのだ。
それから少し時間が流れ、気づけば彼女は血まみれの手で熊の肉を貪っていた。この肉は先程出会った、デカイ熊の肉だった。彼女にとって、それはまるで当たり前のことのようだった。
腹を満たした後、彼女はまた動き出し、自分の居場所を失った亡霊のように森の中を彷徨い続けた。彼女には行く場所がなかった。ここがどこで、どんなところかもわからず、さらに、自分はどのような経緯でここにたどり着いたのかさえ知っていなかった。
だが、森の中での生活を重ねるにつれ、彼女はあたかも高知脳を備えたロボットのように急速に成長していった。
彼女はある日をきっかけに、体の中から大型の斧を出す能力があることに気づいた。そして、その斧が自分の体と同じ成分で作られており、一体であることを知った彼女は、それを利用し、ここに住む人間たちのインターネットというものにまで接続するようになっていた。
それ以降、彼女はインターネットというものを通して、莫大な量の情報を取り入れていった。この世の中の全ての生物を制覇できるぐらい強い力を持つ彼女の関心は、すでにこの世から仮想の世界へ移ったのだった。
あらゆる情報をフィルタも通さず受け入れていく中で、彼女は今の時代が2010年代であり、人間の歴史や政治、経済、社会などがどのように成り立ち、動いているかが分かった。彼女にとってこのような人間社会の情報は、暇潰しにはぴったりだった。
だが、彼女はそのような人間社会の知識を学び、接しながら、人間が出てくる動画を見る度、体の奥から押さえきれないほどの、大きな怒りが込み上げてくることに気づいた。文字で知識を習得していたときは知らなかったが、初めて人が出てくる動画を見た瞬間、それに気づいたのだった。そして彼女はその度、まるでエラーでも起こしたかのように、頭が燃やし尽くされる痛みを感じた。
しかし時間が経つと、その苦痛はすぐに何事もなかったかのように消えていった。そうして苦痛から逃れている時は、いつも両刃の斧が彼女の側にいた。なぜか、この斧が自分を守ってくれているのではないかと、彼女はそれらの出来事をきっかけに、そう考えるようになった。その斧は彼女にとってただの道具ではなく、体の一部で同伴者あり、お守りでもあったのだ。
それから、ますます人間社会の情報を収集していく中で、彼女は人間社会に興味を持つようになっていた。そしてその翌日、彼女はついに人間社会に潜り込むことにした。自分の中にある能力を使って普通の人間の姿として変装を済ませ、カミラーは都市の中に足を踏み入れたのだった。
しかし、初めて人間たちの群れに紛れ込んでいる中で、彼女は妙な違和感というものに気づき始めた。自分はあの人たちとは違う、という異質な存在への疑問だった。人を観察し、関わり、コミュニケーションをとっても、自分にはあの人たちが持っている何かが足りなかった。
そもそも、自分自身にはそのようなものが最初から備わっていないようにも思えた。これらは彼女が人間社会に潜り込む前、インターネットから学んでいた人間というものとは大きく異なっていた。人間はただの文字で出来ている知識では説明しきれない何かがあるのかもしれない。
彼女はそれ以降、都市の中の片隅で人間とは何かをよりよく知るために、ひたすらインターネットの世界に浸っていった。何百冊以上の記事や本を読み、人間とは何かについて自分で研究と検討を繰り返していく。
しかし、いくら知識を頭に叩き込もうが、分析をしようが、彼女は本当の意味での人間というものを理解することはできなかった。無論、頭では分かっていた。人間というのは美味しいものを食べれば喜び、可愛い動物を見れば幸せな気分になり、他人が悲しいと思えば自分も悲しいと思う共感能力を持っている。
だが、彼女にとってはそれはあくまで知識の領域であって現実では実現しなかった。いくら人間と同じようなことをしても人間が感じるような感覚を受けることはなかったのだ。
彼女はそのようなことに気づいてから、より人間に近づけるために自分に名前をつけるようにまでなっていた。その名は森下 カミラー。由来は自分が初めて居た場所が日本という国の森の中であり、名前をつける時に彼女の目を引いたSF映画の女優の名前がカミラーだったからだった。
名前をつけた後、カミラーは完全に人間社会に馴染むための計画を練り始めた。まずは、あらゆる人間の外見を分析し、この世の中にない人の外見を新しくモデル化し、作り出す。その後はそれらのモデルを元に人間社会に侵入し、他人と適当な距離を保ちながら一般人の生活を模倣した。
特に日本という国はそれらに適していた。人々はそこまで知らない人に深く関わることはなく、むしろ優しく接してくれた。
だが、偽りの人間として生活を続けていく内に、徐々に問題は発生し始めた。最初の数ヶ月は何とか耐えながら生きていたものの、自分の中にある本能というものを押さえることはできなかったのだ。
その日は、カミラーが建設工場で仕事をしていたときのことだった。ある若年の男性として成り済ましていたカミラーは、現場で上司に目をつけられていた。そしてたくましい体が印象的な上司は、カミラーの片腕を力強く掴みながら言った。
「おい、お前のその魚の死んだような目、気に食わねぇんだよ。ここで仕事するんだったら、上司の目をちゃんと見て返事したら? 人をバカにしているのか? はぁ?」
「......」
だが、カミラーはただ俯いているだけだった。
「すみません......」
「すみませんじゃねぇわよ。いつも口だけで謝るんじゃなくて上司の言うことを少し聞いてみたら?」
「......」
そのような上司の叱責にも、カミラーはまた沈黙を維持するだけだった。再び下を向いて返事をしない彼女の姿に、上司は怒りが頭の頂上まで昇ったのか、そのまま彼女の顎を引っ張り、目を見つめてきた。
「こらぁぁぁぁ!ひとの言うことを聞いてるのか!! そんなに首になりたくて気が狂っているのか??!この若造が!!」
だが、次の瞬間、上司と目を合わせていたカミラーの瞳には一瞬、赤い光が宿ったかのようだった。そして、パッという重い音とともに上司の首元は力強く掴まり、巨躯の体が持ち上げられた。
「クッ......お前......一体何を......」
片手で軽々と空中に翻弄されている上司の目には、驚きと恐怖の色が入り混じっていた。その一方、カミラーはまるで理性を失ったかのような表情で、首を掴む手に力を入れた。ますます上司の顔は赤くなり、動きは激しくなる。
「......」
「......!!」
しばらくすると、顔色が紫色に変わっていた上司は気力を失ったのか、動きを止め、頭を下に垂らした。カミラーは同時に気を取り戻すと、赤い血まみれの自分の手を発見した。よく見ると、自分の手に握られている上司の首はもとの形の半分のサイズになっており、もうこの世の中から去った後だった。彼女はその時気づいた。自分が殺人をしたんだと。しかも、それがまるで当たり前のように。
上司を思わず殺してしまったカミラーは、一度周りに目をやり、目撃者がいるかどうかを確認した。幸いにも、この建設現場の部屋には、上司と彼女しかいなかった。
彼女はこれ以上考える暇もなく、本能的に死んだ彼の裾を掴み、瞬時に部屋から姿を消した。
彼女が再び現れた場所は、付近のある海辺だった。そこは周りに人の気配がなく、すぐ下に目が遠くなるほどの高い崖があった。彼女がそこへ向かったのは、ただ本能的にこの死体を処理するためだった。
彼女は弾力を失ったゴムのように地面に倒れている上司を片手で持ち上げると、そのまま下の方へ力強く投げかけた。死体は尖った崖壁や岩などになんどもぶつかり、やがて海の上に浮かんだ。小さな海波が海岸の方へ押し寄せ、死体を運ぶ。カミラーはしばらくの間その光景を眺めながら、完全に死体が海の中に沈んだのを確認すると、その場所から身を消した。
無事に死体の処理を終えたカミラーが、次にとりかかったのは殺人の痕跡を消すことだった。
彼女は再び殺人現場に戻り、赤い血に染まっている周囲の状況を一回見渡すと、掌の中心部に気を集中させた。すると、壁側に付いていた血の跡が彼女の手の平の真ん中の方へ吸い込まれ、一つの大きな球体を成していった。
すべての血が一ヶ所に集まるのを確認した彼女は、5本の指を折り曲げ、その血の塊を体の中に取り込みことで、この世の中から完全に取り消した。
その後、殺人の証拠を隅々まで全部隠蔽した彼女は、今度は前と違う外見にすり替わり、悠々自適に音もなく現場から離れた。
そのような事件があった後、カミラーは少し混乱の状態に陥っていた。まず、人間社会に馴染もうとしていた自分がこんなにも簡単に殺人を行ったのが信じられなかった。さらに、それがまるで初めてではないという自分の行動にも驚いていた。これはただの推測ではなかった。確かに彼女は殺人が初めてではなかった。直感がそう告げていた。
それ以降、人間に向けられていたカミラーの関心は、いつの間にか自分自身に向けられていた。自分は何者なのか。その質問に対してカミラーはハッキリと答えを出すことができなかった。
無論、彼女は自分が他の人間とは違うということは知っていた。だが、なぜ自分が他の人間たちとは違うのか、そして自分は一体どこから来た存在なのかについてはまだ疑問が残っていた。
カミラーはそれらの考えに縛られると、いつも通りあらゆるツールを使って情報を集め始めた。カミラーは人間の解剖学から神学までの幅広い分野に触れ、それらを自分自身に当てながら研究していった。
だが、いくら知識を取り入れても明確な答えが出てくることはなかった。彼女は人間でも、動物でも、神でも、AIでも、宇宙人でもなかったのだ。そもそも、彼女はこれら全ての特徴を持ち合わせており、だからこそより結論には至らなかった。
しかし、このような状況の中で彼女の目を引いたものがあった。それは今の状況を一番よく説明してくれるある小説だった。その小説の内容は、この世の中には転生者というものらが生まれ、それらは特別な能力を授かるというものだった。
彼女はそれを初めて見た瞬間、その内容が自分に当てはまるのではないかと思った。だが、それでもまだ疑問はたくさん残っており、そもそもなぜ彼女以外にそのような転生者はいないのか、そして自分は本当に転生者なのかなどのミステリーが未だ残っていた。
結局、彼女は長い時間をかけてもハッキリとした答えを導き出すことができず、これらの解明不明の問題は後回しにすることにした。彼女は悟ってしまったのだった。今の状況では一人でいくら考えても結果は出ないんだと、時間の無駄なのだと。
それから、彼女は再び自分自身の人生に集中し、人間社会に紛れ込みながら日々を営んでいった。その時のカミラーは、過去の彼女とは違っていた。もう彼女は自分が人間とは異なる存在であることを認め、前に進んでいる状態だった。彼女は以前とは少し違う生き方を選び、その生き方とは、ただ自分の欲望のまま自由に生きることだった。
だが、やはり人間社会は彼女が思っている以上に厳しく、繊細であり、思い通りに生きることを容易に許してはくれなかった。つまり、彼女の存在を追う組織が現れたのだった。彼女が今まで人間社会に溶け込むために犠牲にされた多くの命。その原因を究明しようと動き出した人たちがいたのだ。
しかし、いくら人間の数の方が多く、人間の頭が賢いとはいえ、彼女がそう簡単に捕まることはなかった。彼女は何度も新たな人間の姿に切り替え、新しい人生を歩んでいった。さらに、自分を追ってくる存在は一人も欠かさず処理し、大陸を横断して場所を変え、追いかけられないようにした。当時の技術力は今に比べればはるかに劣っており、そんな彼女の跡を追ってこられる者は一人も存在していなかった。
だが、時代が過ぎるにつれ、彼女の完璧だった犯行はますます人の目に触られ始めた。原因不明の複数の失踪者が実は特定のある人物によって殺害されたのではという疑惑の報道が全国に広がり、国単位の捜査が始まったのだった。
彼女は必死に逃げていた。無論、彼女がそう簡単に捕まることはなかったが、長い追跡により彼女の居場所は発覚され、彼女は結局研究者たちの新武器によって捕まえられていた。目を覚ませば、カミラーは白いマスクを着けた研究者たちによって体の隅々まで調べられており、生き物にするとは考えられないほどの残酷な拷問を受け続けていた。カミラーはその中でもがき、苦しみ、誰かに助けを求めた。そして、その瞬間だった。
目の前が真っ暗だった。目を覚ましたカミラーは、自分の顔の上に何かがあることに気づき、それを手で取り除いた。すると、ある本が彼女の手に握られていた。よく見れば、それは彼女の一番好きな小説の「猫サウルスとトカゲ君」であり、その瞬間彼女は今の状況を素早く整理し始めた。
どうやら、彼女は小説を読みながら、思わず寝落ちしてしまったようだった。やはり、彼女は今まで一度も人間によって捕まえられたことはなく、今もなおそれを続けていた。生々しい夢の最後の内容は現実ではないことに気づいたカミラーは、大きなタメ息とともに安心し、そのまま地面から身を起こした。
だが、夢であることを悟っても彼女の中の不安は消えず、いつかは夢のようなことが現実に起こるのではないかと、カミラーの恐れはどんどん大きくなっていった。
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