第8話 溺れる夢の満員電車

朝のラッシュ。

金属の軋む音と、湿った空気。

体温の層が幾重にも重なり、吐息すら逃げ場を失っていた。

私はその群れの中に紛れて立っていた。


——満員電車。


無表情の仮面を貼りつけ吊り革を握る手に力を込める。

けれど心臓はとっくに落ち着きを失っていた…


けれど思い出すのはあの日のおもらし。

終電間際の電車内。

数日前の残像が頭の中で牙を剥いて離れない。

――あの瞬間。

熱い尿が太腿を伝い床に滴り落ちる感覚。


公然で漏らしてしまったという絶望と、同時に全身を貫いた、許されないほどの快感。


思い出したくもないのに、身体が勝手にその感覚を貪欲に求めている。

(やめて……! あんなの二度と……!)

電車が揺れる。

腰の奥で、何かが鋭く軋む。

慌てて膝を閉じる。スーツの生地がこすれ、呼吸が乱れた。

冷たい汗が背中を伝うたび、羞恥よりも先に“恐怖”が走る。

(だめ、落ち着いて……ここは会社の人たちがいる車両……!)

顔を上げる。

見知った後輩の横顔。上司の背中。

すぐ近くのつり革に、同じ部署の女性先輩が立っている。

視線を合わせられない。

それでも意識が勝手に彼女たちへと吸い寄せられていく。


――もし、今ここで漏らしたら


想像しただけで、喉が詰まった。


(そんなこと絶対にしてはダメだ)

そう頭では否定しているのに、心臓はそのたびに跳ねていた。


(だめ……絶対だめ……でも……!)

痛みと熱が混じる。

下腹部の奥で膨らむ圧力。

理性で押さえ込もうとしても、身体が拒む。

数日前の記憶が“気持ちよかった”と囁く。

あのときの解放感。

すべてを諦めた瞬間の、甘すぎる痺れ。

もう一度味わいたい。

あの恥辱を、もう一度。

(何を考えているの!? こんな……こんな欲望に負けるわけには……!)

吊り革を握る指が震える。

爪の先まで意識が集中して、腕が強張る。

呼吸を整えようとするたび、肺の奥まで酸素が届かない。

電車の振動が腰を貫き、膀胱がきゅうっと鳴いた気がした。


――でももう、限界かもしれない。


頭の奥で何かが崩れた。

それでも私は、ただ前を見つめていた。

ドアの窓に映る自分の顔は、いつもの冷静な先輩そのもの。

けれど、あの映像の中の女は――

誰よりも追い詰められた獣のように、微かに震えていた。

(……少しだけ)

心の底から湧いた甘い声。

それは理性を裏切る誘惑の音だった。

ほんの一滴だけなら、誰にも気づかれない。

少しだけ漏らしてしまえば満足するはずだ。

そして少しの後悔で済むはずだ。


その囁きが、脳の奥をくすぐるように響く。


(ダメ!……何を考えているの!? そんな事したら…)

自問自答と否定。

なのに膝はわずかに震え、脚の付け根に力が入らない。

頭の中が真っ白になり、時間の感覚が溶けていく。

周囲の人々のざわめきも、アナウンスの声も、すべてが遠ざかった。

残っているのは、ただひとつ。

「耐えなきゃ」という気持ちと、そのすぐ隣に並ぶ「少しだけあの快感を味わいたい」という願い。

二つの思考が同じ場所で絡まり合い、

どちらも正しく思えてしまう――そんな地獄。


(冷静になって……! 我慢して……! ここで漏らしたら……すべてが終わる……!)

(プライド……後輩たちの信頼……上司の評価……キャリア……全部……!)

(でも……でも……! あの快感が……もう我慢できない……!)

(漏らしたい……! 漏らして……全部諦めて……楽になりたい……!)

(いや……! だめだ……! 絶対に……!)


その時電車がカーブを曲がる。

揺れが強くなり、身体が傾ぐ。

肩と肩がぶつかり、息が詰まる。

太ももを閉じることもできず、スカートの内側で生地が軋んだ。


尿道口が、小さく跳ねた。


「……っ!」


瞬間、息が止まる。

まだ、漏れてはいない。

でも、すぐそこまで来ている。

熱い塊が出口を押し広げようとする。


(だめ……だめだめだめだめ……!)

必死に骨盤底筋を締め上げる。


けれど、電車の振動がそれを嘲笑うように膀胱を揺らす。

後輩がふとこちらを見た気がして、視線を逸らす。

上司の肩が背中に触れ、ぞくりと震えた。

(少しだけ……ほんの少しだけなら……!)

(誰も気づかない……! ほんの一滴だけ……!)

甘い蜜のような声が、耳元で囁く。

一滴だけ。

誰も気づかない。

あのときの快感を、ほんの少しだけ。

「ダメ……!」

掠れた声が喉の奥で消える。

でも、身体はもう限界だった。

じわり。

下着の奥に、熱い雫が落ちた。

「……あ……っ」

はしたない吐息が漏れそうになり、慌てて唇を噛む。

たった一滴なのに。

クリトリスを優しく撫でるような、甘い痺れが全身を襲う。

頭が真っ白になる。

もし全部漏らしたら。

あのときみたいに。

すべてを諦めて、熱い流れに身を任せたら。

どれだけ気持ちいいだろう。

その瞬間――

ふっ、と力が抜けた。

「あ……」


しゅいいい……

下半身からくぐもった水音。


じゅ……じゅわ……じゅわじゅわ……。

生温かい感覚が、下着の中にゆっくりと広がっていく。


「だめ……だめだめだめだめだめ……っ!」

心の中で絶叫する。

前を押さえようと手を伸ばすが、ぎゅうぎゅうの満員電車で肘すら動かせない。

人波に阻まれ、ただ立っていることしかできない。

止められない。

どんどん溢れる。

しゅいいいいいいいいいい!!

周囲に聞こえるようなおしっこの音共に熱い尿がショーツを越え、ストッキングの内側を伝い太腿を濡らす。

ショーツの中ではクリトリスを尿流が直撃し、電流のような快感が背筋を駆け上がる。

「や……っ、だめ……っ!」

(やってしまった! 漏らししまった!)

(みんながいるのに……後輩も……同僚も……上司も……!)

身動きが出来ない満員電車でこんな至近距離で漏らしてしまったのだ。

(でも……気持ちいい……っ! こんなの…………っ!)

あまりの興奮に理性が粉々に砕けた。

何とか右手だけが動き、その手は自然とスカートの裾に滑り込む。

今なら人波に隠れて、誰にも見えないはず――そう信じて。

指先が、びしょ濡れのショーツの上からクリトリスを探り当てる。

ぬちゃ……ぬちゃ……。

「……んっ……!」

声を押し殺し、唇を噛み締める。

尿と愛液が混ざり、指が滑る。

腰が小刻みに震え、膝がガクガクする。

(だめなのに……止まらない……!)

(こんなところで……オナニーしてる……!)

(見られたら……終わりなのに……!)

(でも……もっと……もっと欲しい……!)

指の動きが速くなる。

ぬちゃぬちゃぬちゃ……。

電車の振動と尿の温もりと、指の刺激が重なり、頭が真っ白になる。

もう何も考えられない。

ただ、快感だけを追い求める獣のように。

あまりの快感にはしたなく喘ぎそうなる声を押し殺し目を閉じながら弄る。

クリトリスじゃ物足りず指は花弁を広げ熱く濡れそぼる蜜壷の奥へと進む。

ぐちゅっぐちゅっぐちゅっぐちゅっ

断続的でそして加速度的に上昇する快感の中指は止まらない。

「――っ……っ!……ッ!」

快感が絶妙へと向かう。

「…ンッ……くッ!」

イク、イッてしまう。朝の通勤電車の中無様におしっこを漏らしてイッてしまう。

「も、もうダメ…………イ、イクッ!!!」

思わず小さく出てしまった声と共に全身がびくんっと跳ね、子宮が激しく収縮する。


愛液がどぷっと噴き出し、尿と混ざってショーツをさらにぐっしょりさせる。

「……はぁ……はぁ……」

荒い息を吐きながら、ゆっくりと目を開ける。


「……っ」


私は車内の中心に取り残されていた。


羞恥が、津波のように押し寄せる。

絶望が喉を塞ぐ。


「見られて……いた……?」


——視線。


無数の視線が私を突き刺す。

女子学生の冷たい瞳。

サラリーマンの憐れむような目。

主婦の軽蔑を含んだ眼差し。

後輩の驚愕の目。

先輩の呆然とした顔。

上司の冷たい視線。

同じ車両にいた全員が、私を見ていた。

スカートに手を突っ込み、股間を触りながら立っている私を。

びしょ濡れのストッキングを。

太腿を伝う滴を。

床に広がる水溜りを。


「や……やめて……みないで……お願い……っ」

涙声で縋るが、誰も答えない。ただ見ている。羞恥で心臓が握り潰されそうになるのに、下半身はなお熱に震えていた。膝を閉じようとしても力が入らず、股間からはなお透明な滴が落ち続ける。狭い空間の空気が重く沈む。匂い、湿気、足元のぬるりとした感触。すべてが私を閉じ込め、逃げ場を奪う。


「……やだ……やだぁ……っ」

駄々をこねる子供みたいな発した言葉と共に力が抜け、私はその場に崩れ落ち、尻餅をついたと同時に残っていた尿が一気に漏れだす。


しゅいいいいいいいいいい!!


ぐしょぐしょのショーツのの奥から大量の尿が漏れし床へと広がっていく。

「あ……あぁ……」

身体が痺れて動かない。

どんどんおしっこが漏れいく。

生温かいおしっこの感覚がお尻から背中までじわじわと広がっていく。


「違うの……違うの、これは――」

声が震え、喉から絞り出すように漏れた。


否定しようとしても、もう何を否定したいのかさえ分からない。

私は“してしまった”のだ。

溢れたものも、広がる染みも、周囲の視線も。

全部、私自身の現実。


「い、嫌……嫌……」


崩れ落ちた膝の下でぐちゃりと濡れた音がする。

逃げたい。消えたい。

だけど車両の中は静まり返り、無数の視線だけが私を突き刺す。

誰も何も言わないのが、かえって残酷だった。


呼吸が乱れ、胸が掴まれるように苦しい。

羞恥とも後悔とも違う、もっと原始的な恐怖が全身を締めつける。


「嫌……」


自分で聞いても分からないほど弱い声。

その一言の奥には、

“こんなはずじゃなかった”

“見ないで”

“助けて”

……そんな矛盾した感情が混ざり合っていた。


「やだ……もう……っ……見ないでぇ……っ!」

涙で濡れた声をあげた瞬間、視界がぐにゃりと歪んだ。乗客たちの無言の瞳、床に広がる水溜まり、後輩の笑み――すべてが波打ち、黒に溶けていく。

そして、世界が反転するように、意識がふっと浮かび上がる。


……目を開けると、自分の天井だった。


息が止まり、次の瞬間、大きく吸い込む。

心臓が暴れ、汗が背中を伝う。

心臓が耳の奥で轟音を立て、胸が苦しいほどに脈打っている。全身が汗で濡れていて、シーツは肌に張りついていた。

「……ゆ、夢……? いまの……夢……だったの……?」

荒い息を吐きながら震える声で呟く。


たしかに電車にいた。

尿意に耐えきれず盛大におしっこを漏らし、あげく興奮しだ私は白昼堂々とオナニーをしてしまい、それをみんなに見られ……絶望の中で失禁をして……。


けれど、ここは自分の部屋。

絞ったベッドランプが周囲を薄く照らす真夜中であった。


夢だった――心底そう思った瞬間、胸を締めつけていた絶望が一気に解けていった。


「よかった……夢で……ほんとに……夢で……」


涙混じりの笑みを浮かべ、布団に顔を埋める。



——だが。



背中から腰にかけて妙に冷たい。

寝汗にしては……広すぎる。

お尻まで、じっとりと濡れている……?


「……嘘……うそでしょ……?」

恐怖に突き動かされるように、ゆっくりとシーツをめくる。


——瞬間、むせかえるようなおしっこの匂いが鼻腔を突き刺した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る