第9話 布団に刻むおねしょの痕

視界いっぱいに広がったのは、絵に描いたような盛大な染み。腰を中心に、大きな地図のような濃淡を描き、背中から太腿にかけて冷たく湿っていた。肌に貼りついたパジャマは重く湿っている。むせかえるようなおしっこの匂いが鼻を刺し、呼吸すらまともにできなかった。

「やだ……やだ……大人なのに……私……おねしょ……っ」

嗚咽がこぼれた。夢の中の惨めな失禁以上に、現実の「おねしょ」は絶望的だった。逃げ場も言い訳もない。私はほんとうに、眠っている間に子供のようにおもらししていたのだ。


信じられなかった。信じたくなかった。


大人になってから、おもらしはもちろん、おねしょなんて無縁のはずだった。――電車で漏らしたあの夜でさえ「事故」だと言い聞かせてきたのに。これは……眠っている間に、無意識で、おしっこを垂れ流していた。

「……うそ……私が……おねしょ……」

再びおねしょと言葉にした途端、現実が突きつけられる。顔が熱くなり、涙がじわりと滲む。シーツの染みを前に、逃げ場も言い訳もなかった。

身体は冷たいのに、心臓だけが熱に焼かれているように脈打つ。動けない。ただ、ぐっしょりと濡れた布団の上で、呆然と座り込むしかなかった。

動けなかった。ただ、冷たく湿った布団に座り込んでいた。涙を流しながら、それでも時間は過ぎていく。

――匂いが、強い。

布団から立ち上るおしっこの匂いが部屋を満たし、鼻腔を突き刺す。惨めさで胸が締めつけられるのに、その匂いに触れるたび、下腹部が疼くのを感じてしまう。

「や……だ……こんな……っ」

震える声で否定しながら、脚を擦り合わせていた。冷たいはずの股間が、熱にじわじわと侵されていく。濡れたパジャマの布越しに秘部が擦れ、ぬちゅ、と水気の混じった音が響いた。

「……っ、だめ……動いちゃ……」

それでも身体は裏切った。震える手が勝手にスカートを捲り、濡れたショーツの上から押さえる。ひやりとした布の感触の奥に、ねっとりとした熱が指先に絡みついた。尿と愛液が混じり合い、さらに淫らな匂いが立ち上る。

「んんっ……いやぁ……のに……っ」

腰が勝手に揺れ、布団に擦りつける。水浸しのシーツがくちゅくちゅと音を立て、そのたびに背筋に痺れるような快感が走った。羞恥も惨めさも、すべてを塗り潰すほどの甘い熱。涙で滲む視界の中、私は必死に指を動かし続けた。

「っあ、だめ……いっ……ちゃ……っ」

絶頂は唐突だった。腰が大きく震え、布団に爪を立てる。全身が弓なりに反り、押さえ込んでいた声が堰を切った。

「イ、くぅぅぅぅっ!」

その瞬間、熱い奔流が股間から一気に噴き出した。


しゅいいいいいいいい!!


布団に広がる巨大な染みがさらに上書きされ、びちゃびちゃと水音を立てる。絶頂と同時の盛大な失禁。尿と愛液と汗が混じり合い、布団は完全にぐちょぐちょに沈んでいった。

「っ……はぁ……はぁ……」

息を荒げながら、私は濡れた布団に崩れ落ちた。惨めで、情けなくて、でも抗えないほど気持ちよかった。冷たさと熱が入り混じる中で、私はただ震えながら余韻に呑まれていた。

――気がつけば、朝だった。眩しい光がカーテンの隙間から差し込み、鳥の声が遠くで響いている。私は布団の中で、身体を丸めるようにして眠っていた。

けれど目を開いた瞬間、鼻を突いたのは爽やかさとは程遠い匂いだった。濃密なおしっこの匂い。布団もシーツも、ぐっしょりと冷たく重くなっている。昨夜、自分がやらかした全てがそのまま形を残していた。

「……最悪……」

かすれ声が漏れる。ゆっくりと上体を起こすと、パジャマの腰から太腿までが大きな染みに覆われていた。布団にはまだ湿った輪郭が残り、寝返りを打った跡までくっきりと色濃く刻まれている。シーツに触れた掌がぬるりと冷たく、惨めさで涙が滲んだ。

立ち上がり、カーテンを開ける。朝の澄んだ空気が流れ込むのに、部屋の中はおしっこの匂いでむせ返る。頭痛のような羞恥と現実感に襲われ、私はただ膝を抱えた。

――でも、片付けなければ。

そう思っても、布団を直視するだけで胸が詰まる。大人の女が、社会人が、まるで子供のように盛大におねしょした証拠。こんな姿、誰にも知られてはいけない。でも、この匂いと染みを放置しておくこともできない。

震える指でシーツを剥がすと、さらに濃い染みがマットレスにまで広がっているのが見えた。

「……うそ……」

膝から力が抜け、その場に座り込む。片付けようとする気力が、羞恥と絶望に押し潰されて消えていく。

昨日までの自分はもういない。会社では「姐さん」と呼ばれ、後輩からも頼られる存在。でも今ここにいるのは――子供みたいに布団を濡らし、その惨状を前に震えているただの女だった。

剥がしかけたシーツが、指から滑り落ちた。力が入らなかった。私はその場に座り込み、ただ濡れた布団を見つめていた。

「……どうしよう……」

かすれた声が、誰に届くでもなく部屋に溶ける。染みは濃く、広く、消せない。シーツどころか、マットレスまでぐっしょりと黄ばみを抱え込んでいる。どんなに洗剤を使っても、匂いはきっと残る。ここに私が「子供みたいにおねしょした」証拠が、永遠に刻みつけられてしまった。

「……いや……」

否定したくても、冷たい湿り気はまだ太腿に貼りついていた。尿と汗と愛液の混じったにおいが、部屋をむせかえらせる。惨めさで涙が滲むのに、どこか身体の奥はまだ熱を帯びていた。

膝を抱え、額を沈める。時間が過ぎても、動けなかった。片付けなければ、洗わなければ、と頭ではわかっている。けれど、視線を動かすこともできず、ただ惨状を見つめ続けていた。

――これが、私の日常になっていくのだろうか。

そんな考えが浮かんだ瞬間、背筋にぞくりと冷たいものが走った。そして次の瞬間、そのぞくりは甘い痺れに変わり、下腹部を震わせる。羞恥と快感が溶け合い、私は濡れた布団の前で、ただ呆然と震え続けていた。

どれくらいそうしていたのか分からない。時計の針が進む音だけが、やけに大きく聞こえる。私は布団の前に膝を抱え、じっと染みを見つめ続けていた。

もう冷たさしか残っていないのに、染みから立ちのぼる匂いはなお強烈だった。目を閉じても、鼻を塞いでも、身体の奥にまで染み込んで離れない。まるで「おねしょした大人」という烙印を刻まれているようだった。

「……私、なにやってるんだろ……」

呟いた声は弱々しく、すぐに喉に引っかかって消えた。会社では“姉さん”と呼ばれ、後輩に頼られ、クールな顔を作っていたはずなのに。その正体は――夜に電車で失禁し、朝には布団でおねしょする女。誰よりも惨めで、誰よりも情けない存在。

目を逸らしても、匂いが思い出させる。匂いを拒もうとしても、下着の湿り気が現実を突きつける。どう足掻いても、この惨めさから逃げられなかった。

そして気づく。私はこの惨めさに、抗えないほど浸っている。涙で滲む視界の奥で、下腹部がまたじわりと熱を帯びていた。

「……いや……やだ……」

拒絶の声を出しながらも、心のどこかでは認めていた。この惨めさこそが、私を支配している。私は布団の前で、何もできず、ただ惨めさに浸り続けていた。

シーツの端を掴んだまま、私は動けなかった。匂い、冷たさ、染み……全部が、私を縛りつけていた。

「片付けなきゃ」

そう思うたびに胸が苦しくなる。けれど、その苦しさが、逆に甘い熱を下腹部に送り込んでくる。

「……や、だ……嫌なのに……っ」

濡れたパジャマの股間を指で押さえる。ひやりとした布の奥に、ぬるりとした自分の熱が絡みつく。惨めなはずなのに、背筋をぞくりと震わせる快感がじわりと広がる。

腰が勝手に揺れる。布団に擦れるたび、くちゅ、くちゅ、と水音が響く。羞恥と背徳が混じり合って、頭が白くなる。

「っ……あ、やだ……でも……っ」

耐えきれず、指を動かした。ぐちゅぐちゅと濡れた布を擦り、秘部を押し、なぞる。涙が頬を伝い、息が荒くなる。羞恥で泣きながら、腰をくねらせて快感に身を委ねる。

「イく……っ、また……っ……っ!」


しゅいいいいいいいい!


ビクリと身体が弓なりに反り、絶頂と同時にまた尿が噴き出した。

布団に広がる染みがさらに増え、匂いが強烈に立ち上る。

「はぁっ……はぁ……や、だ……こんなの……」

息を荒げながら、崩れ落ちる。でも、終わらなかった。匂いが、染みが、指先に絡みつく温もりが、また疼きを呼び起こす。

「いやっ……やめなきゃ……のに……っ」

再び脚を擦り合わせ、濡れた布団に腰を押し付ける。ぐちゅ、ぐちゅ……ぬちゃ……といやらしい音が繰り返される。羞恥と快感が溶け合い、何度目かもわからない絶頂が波のように押し寄せる。

朝の光が強くなる。時計は進む。だけど私は、布団の中で何度も同じことを繰り返していた。泣きながら、腰を振りながら、惨めさと快感のループに囚われ続けていた。

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