第19話世界がひび割れ始める時
第一節 ― 空からの囁き
その日の朝、陽の光は温かさを失っていた。
学校の空は青さを失い、淡い色の層が垂れ込めている。
厚重な雲が垂れ下がり、まるでいつ崩れ落ちてもおかしくないカーテンのようだった。
そしてその空気には、説明しがたい微かな振動があった。
現実そのものが、息をひそめているような感覚。
ケンゾウは自分の席に座っていた。
すべては普段通りに見えた:黒板、机、友人たちの喋る声。
しかし、一秒ごとが繰り返されているように感じられた。
教室の隅で誰かが発した言葉が、五秒後に同じ抑揚で繰り返される。
笑い声も、同じリズムで反響するように。
> 「これは……もう偶然じゃない」
彼はノートに何かを書こうとしたが、ペン先が震え、文字が変形を始めた。
曲線になり、見知らぬ記号へと動く。
その中の一つが“斜めの円”を描いていた――
かつて黒い封筒や黒板で見たあのマークと同じもの。
> 「Lynux……」
その名が、無意識に口をついて出た。
そしてその瞬間、教室がわずかに揺れた。
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第二節 ― 天界の声
「ケンゾウ。」
風のような、囁きのような声。
彼は素早く振り向く。
背後には誰もいない。ただ窓から射す光。
だが空気がざわめき、かすかなシルエットが現れた――
長い髪の女の影、教室の縁に立つ。
それはリリーだった。
彼女は昔と同じ制服を着ているように見えたが、体は透け、青い光の層で覆われていた。
深い悲しみを湛えた瞳で、ケンゾウを見つめる。
「この世界……もう崩れ始めている」
「早く行かなければ、手遅れになる」
ケンゾウは立ち上がり、一歩前へ出る。
「行く? どこへ? どういう意味なんだ?」
リリーは首を振る。
「すべてを説明できない。でも時間はない。
この世界は残骸――もっと大きな何かの断片なんだ」
彼女は窓の外を指さす。
天空に裂け目が現れていた。ガラスが割れたようなひび。
その裂け目から、淡い青の光がしみ出す。
> 【System Alert:次元層の劣化 12%】
ケンゾウのシステムが自動的に立ち上がる。
視界にコードが流れ込み、警告、断片映像がフラッシュする――
高塔、空中大陸、紫の海……異世界の風景だった。
> 「SkyEarth……」
リリーは柔らかく答える。
「そう。真実の始まりの場所が君を待っている」
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第三節 ― 時間の狭間(じかんのきょうま)
チャイムが鳴った。
だがその音は異様だった。
普段の明るさとは逆回転するような、反転した響き。
生徒たちは立ち上がり、笑顔で立つが、瞳は空虚――まるで魂なき仮面のようだった。
ケンゾウは教室を飛び出した。
一歩一歩が重く、廊下が液体のように揺れる。
壁が震え、掲示物が回転しながら文字を描く。
> 「RETURN TO THE CORE(核へ還れ)」
彼は大窓の前で立ち止まる。
校庭が淡色の縞模様に溶けてゆき、建物の輪郭がデータのように砕けていく。
空には裂け目が広がり、そこから闇と光が交錯する。
システムが反応する。
> 【Memory Sync Initiated】
【Entity Connection Detected:LYN-UX / CODE 01-A】
ケンゾウは凍りついた。
意識の奥から声が響く――冷たく、硬質な、力強い声。
> 「誰がその名を呼んだ?」
彼は答える。
> 「俺は……ケンゾウだ」
「あるいは……他の何かだろう」
声がかすかに笑った。
> 「そうか。なら、俺の記憶の断片はまだこの人間に息づいているようだな」
周囲を包む青い光。
一瞬、彼の前にもう一人の姿が映る。
黒髪、仮面を付けた紳士。
ヴァンタブラックのローブを纏い、闇の波動をまとっていた。
それが――Lynuxだった。
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第四節 ― 共鳴(レゾナンス)
ケンゾウはその姿をじっと見つめた。
見覚えのない顔なのに、なぜか懐かしさを感じる。
二人は、教室の壁も天井も失われた場所に立っていた。
光の海、データの空。
> 「俺は……本当は、誰なんだ?」
Lynuxが近づく。
「かつて、俺も人だった。お前と同じように。
だが、限界を越えるために、我を再構築した。
お前が“SkyEarth”と呼ぶ世界は、俺が築いたシステムだ。
そして――ケンゾウ、お前は、俺の記憶の断片が彷徨う存在だ。」
「シミュレーション……?」
「その通り。君の“学校”という世界は、実験空間だ。
この小さな世界に、真実を隠すための偽装空間だ。」
ケンゾウは地面のひび割れを見た。
下方にはデータの海が広がっていた。
> 「じゃあ……俺は偽物なのか?」
Lynuxは静かに答えた。
「存在するのさ、意志がある限り。
しかし、お前の時間は終わりかけている。この空間が耐えられる限界は近い。」
大地が轟き、世界が崩れるような揺れが走る。
学校は光の粒子となり崩れ、空は裂けた。
裂け目の向こうに、巨大な銀の塔が浮かび上がる――
星空の中にそびえる異空間の塔。
> 【Dimensional Transition Point Found】
【Resonance:92%】
そのとき、リリーが現れた。
透けるような姿で、透明な輪郭の中に――
> 「ケンゾウ……君の時間は終わった。
この門をくぐれば、お前は記憶の一部を失うだろう。
だが、私を忘れないで――心には残る」
ケンゾウは震える声で答える。
> 「忘れたくない――でも、この先に真実があるなら、踏み出すしかない」
リリーは微笑み、光となって消え去った。
> 【Memory Seal:Lily Heartveil – 内包】
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第五節 ― 運命の扉(フォールトレス・ゲート)
周囲は崩壊を始める。
空は黒くなり、破片のような光が舞う。
その中心に、巨大な門が現れた。
青と黒の螺旋を描きながら回転する、異界への扉。
システムの声が重く響く。
> 【System Transfer Gate – SkyEarth Protocol 01】
【Authorization:Lynux Code 承認済み】
Lynuxはケンゾウを見つめた。
「この扉をくぐれば、君はこの世界と訣別する。
だが、一度足を踏み入れたら、お前はもう“影”ではなくなる。」
ケンゾウは自分の手を見つめる。
青の光が血管を満たし、彼の体は光の流体のように変わりはじめた。
> 「僕が誰だか、まだわからない。
でも、これが真実なら……進む。」
リリーの最後の言葉が風に乗って消える。
> 「さようなら……ケンゾウ。
あるいは、ようこそ……Lynux。」
光が彼を包み、リリーの姿は波紋のように解けていった。
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終章 ― 世界の交錯
ケンゾウはその門を見つめた。
向こうには、別の世界の影が見える――
七重の空、浮かぶ大陸、光の塔。
風が囁く。
> 「Welcome to SkyEarth.」
彼は歩み出した。
> 【Dimensional Merge Complete – Entity:Kenzo / Lynux Link】
【Phase 01:Awakening】
その瞬間、学校という世界は消え去った。
木々はデータ粒子と化し、建物は蒸発し、教科書は光の破片となって夜空へと吸い込まれる。
瓦礫の中に残ったのはただ一冊のノート。
その最終ページには、震える文字で綴られていた。
> 「僕は誰かは知らない。だが、進むべき道は知っている。」
— ケンゾウ
そのページもまた、光となって宙に舞い上がり、空へと吸い込まれていった。
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エピローグ
どこか遠い異界で、黒髪の男がゆっくりと眼を開けた。
蒼黒の光が渦巻く空間。
彼は崖の縁に立ち、ヴァンタブラックの衣を纏っている。
システムが震える。
> 【Entity Recovered:Lynux — 悪夢の闇の天使】
【Phase Transition:SkyEarth Online】
その唇に薄い微笑みが浮かぶ。
> 「ケンゾウ……帰ってきてくれてありがとう」
彼は異世界の空を仰ぎ見た。
そこでは、星々がまるで“観測者”として瞬いていた。
そして、巨大な塔が光を放ち、
新たな章の幕が上がろうとしていた。
> 「さあ……真の物語を始めよう。」
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