第29話 愛の暴走と、都の混乱
リ・ユエが「非論理的な愛の奇跡」を受け入れたことで、侯爵家の日常は劇的に変化した。リ・ユエの論理的な厳しさが薄れ、子供との間の愛情が深まったのだ。しかし、その結果、制御を失った愛の力が、侯爵家の外で暴走し始めた。
朝食時。俺がコーヒーを飲んでいると、リ・ユエが深刻な顔で入ってきた。
「シン・ジエン、緊急の報告があります。侯爵家のある区域で、大規模なシステム異常が確認されました」
「システム異常? また世界の行間がほつれたのか?」
リ・ユエはデジタルパッド(今回はマシュマロではない)を俺に見せた。そこには、都の一部地域の衛星写真が表示されている。
「違います。これは愛の具現化による現象です。都の歓楽街、特に恋人たちが集う区域全体が、巨大なハート型の結晶に覆われています」
「ハート型の結晶?」
「はい。その結晶に閉じ込められた人々は、互いに顔を見合わせ、『永遠の愛』という幻想の中に閉じ込められ、それ以外の記憶と感情を失っています。彼らは、恋人の名前さえも忘れています」
俺はコーヒーカップを置いた。これは、子供の力が「愛は永遠で完璧であるべき」という純粋で、しかし歪んだ願望によって暴走している証拠だ。
「この現象は、子供の無意識の不安が具現化したものです。『愛は不完全で、いつか終わる』という恐怖が、『永遠の愛』という名の幻影で世界を塗り替え始めた」
リ・ユエは、その現象の解析結果を冷静に述べるが、その瞳には焦燥が滲んでいた。
「私の異能でも、この現象は破壊できません。愛によって生まれた現象は、より大きな愛でしか修復できない」
「つまり、俺たちが、不完全な愛こそが真実だと、この現象に証明する必要があるわけか」
俺はソファから立ち上がり、子供の方を見た。子供は、庭で無邪気に遊んでいる。この子が、自分自身の心の傷が世界に影響を与えていることには、気づいていない。
「リ・ユエ、俺たちが学ぶべきは、独占欲の制御だけじゃなかった。愛の不完全さを受け入れる勇気だ」
「はい。私たちがこの子に教えるべきは、『完全な愛なんてない。でも、不完全だからこそ毎日愛し続ける価値がある』という真実です」
リ・ユエの言葉は、完璧な論理と温かい感情が混ざり合っていた。彼はもう、俺が教えるべき生徒ではない。共に愛のシステムを構築するパートナーだ。
「さあ、リ・ユエ。行くぞ。このままでは、都全体が『愛は永遠』という名の、感情のない石像になってしまう」
「承知しました。ただし、一つ懸念があります」
リ・ユエは俺の隣に並び、静かに続けた。
「子供を連れて行く必要があります。この現象の根源は、子供の心の不安ですから。そして、私は、この現象の解決を通じて、子供の父親になることを完全に証明します」
リ・ユエのその言葉に、俺は微笑んだ。彼はもう、「排除」という論理を選ばない。「証明」と「守護」を選んだのだ。
「ああ。行こう、リ・ユエ。愛という名の、世界最大のバグ修正だ」
俺たちは、子供の手を引き、愛の暴走によって石化した都へと向かった。
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