第28話「灰の誓い」

――ピースブリタニカ島・中央森林地帯。


森は、まだ煙の匂いをまとっていた。

焼け焦げた木の幹と、黒く変色した土。

さっきまで「秘密の会談場」だった小屋は、今やただの瓦礫だった。


その前で、キースたちは沈黙していた。

風が通り抜け、誰も何も言葉を発せなかった。


レイが、焦げた木片を蹴り飛ばすようにして呟いた。

「クソッ……なんでだよ。こんな……」

拳を握る手が震えている。

「停戦のための会談だったんだぞ……!」


ミリィは目を伏せたまま、静かに中佐の軍帽を拾い上げた。

焦げ跡がついても、そこには“信念”が残っているように見えた。

「……中佐は、最後まで希望を信じていたのね。」


キースはゆっくりと中佐の亡骸のそばに跪いた。

その顔には怒りも悲しみもない。ただ、深い決意だけがあった。

「この森を……中佐の森として守ろう。

 ここから、もう誰も犠牲にしない未来を作るんだ。」


そう言って、帽子をそっと胸の上に置いた。


(風が……吹いている。まるで、中佐が見ているみたいだ)


小さな祈りが、森の静寂に溶けていった。



――同日午後・バーミッカム基地/司令部会議室。


オセリス大佐が報告書を受け取り、顔を曇らせていた。

「プライス中佐、戦死……。ハリソン大佐も……」

重い沈黙が室内を満たす。

「基地司令、副指令不在では、俺が引き継ぐしかないな。本国へ送信してくれ。」

横に立つ副官が言った。

「了解しました。」


副官が報告を続ける。

「なお報告によれば、内部の護衛兵“キャンベル”が実行犯とのことで

 事件現場から約5キロ地点で自害したと思われるキャンベルを発見しています。

 しかし背後関係は依然不明で調査中です。」


「……おそらく、参謀本部の強硬派だな。」

オセリスは呟く。

「停戦の動きを潰すためなら、味方の将校すら殺す……。この国は、どこまで病んでいるんだ。」


その声は静かだったが、怒りが滲んでいた。

やがて、報告を終えたキースが部屋に入ってくる。

帽子を脱ぎ、姿勢を正す。


「報告します。プライス中佐の遺体は回収。森の現場は封鎖しました。」

「ご苦労。……中佐の志は、無駄にはせん。」

オセリスは一瞬、目を伏せた。

「キース。お前たちは一度休め。だが——忘れるな。

 “敵”は外だけじゃない。今、我々の中にもいる。」


キースは静かに頷いた。

「承知しました。……中佐の無念、必ず晴らします。」



――同夜・バーミッカム基地裏手/兵舎の屋上。


夜風が涼しい。

街灯の光が遠くに瞬く。

ミリィとレイが並んで立っていた。下では、キースが中佐の軍帽を抱え、静かに空を見上げている。


「……なあ、ミリィ。」

レイが低く言う。

「俺たち、これからどうなるんだろうな。

 平和を望んでた中佐が殺されて、敵も味方もわけ分かんなくなってきた。」


「それでも……前に進むしかない。」

ミリィの声はかすれていたが、確かな強さがあった。

「“正しいこと”を信じる限り、道はきっと間違ってない。」


レイは少し笑った。

「……お前って、こういうときだけ大人びるよな。」

「女の方が、成長早いの。」

「そりゃ敵わねえな。」


二人の笑い声が、夜風に紛れて消えた。

その視線の先で、キースは帽子を胸に抱いたまま、夜空を見上げていた。

そこには星々が、まるで“中佐の眼差し”のように静かに瞬いていた。



ーー一方エウロパ軍・ガンドラ基地の作戦司令室。


報告書を手にしたアドリア・ハインライン大佐が、深く息を吐いた。

「……ばかな、プライス中佐が…戦死…」


参謀が言う。

「どうなさいますか?これでは計画が…」

「クタン大佐、プライス中佐と連続で失ってバーミッカムは誰が指揮を?」

「ジャック・オセリス大佐が臨時基地司令として就いたようです。」

「聞いたことのない名だな。彼らならすんなり進んだろう話が難しくなってしまった。

 だが、ルーティアの実情ではこの申し入れは願ったり叶ったりのはずだ。」


ハインラインの表情は険しかった。

しかし、その目には決意が込められていた。



ーー平和を願う指揮者を失いながら戦局は大きく動いていくーー

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る