第27話「約束の森で」

――ピースブリタニカ島・中央森林地帯。


夏の終わりの森を抜ける風が、木々の枝葉を揺らしていた。

木漏れ日が、進む車列のボンネットを斑に照らしていく。


コロンゴ軍のジープ数台が土道を進む。その中央、プライス中佐の車両にはホワイトファング隊が同乗していた。


「……ここら一帯は、観光地だったんですよ」

穏やかに外を眺めながら、プライス中佐が微笑む。

「この森を抜けた先の湖畔には、いつもピクニック客がいた。

 国境なんて名ばかりで、エウロパの人たちとも自由に行き来できたんです。」


レイが窓から外を見て頷く。

「確かに……ここなら気分も良いだろうな。」


「シャンゼル協定をご存じ?」

プライスが問うと、ミリィが即座に答える。

「ピースブリタニカ発足時に結ばれた、両国の自由往来協定ですね。

 国境検問を廃止して、人の移動を自由にした——」


正解よ、と中佐は静かに頷いた。

「二百五十年も続いた約束が……“あった”のよ。」

その声はかすかに震えていた。


「それが、こんなことになるなんて……」


「もう一度取り戻しましょう。平和なピースブリタニカを。」

キースが真っすぐな眼差しで言うと、プライスは微笑む。

「ええ。クタン大佐も、きっと同じ思いだったでしょう。」


「クタン大佐は“国のため”じゃなく、“人のため”に戦った方です。

 俺たちも、その意志を継ぎたい。」

キースの言葉に、ミリィも頷く。

「もちろん、私もです。」

「俺も同感ですよー。」

運転席のレイが笑う。


プライスはその様子に目を細めた。

「頼もしいわね。……あなたたちに護衛されるなんて、光栄よ。」

「オセリス大佐の命令でもありますが、志願もしました。」

「そう……」

プライスは少し遠くを見るように目を細めた。

「あなたたちを見ていると、息子を思い出すわ。

 あの子も軍に入っていてね、23歳。優しい子なのだけど、少し引っ込み思案で心配なの。」


「中佐の息子さんなら、きっと立派な軍人ですよ。」

キースが笑顔で言うと、中佐は穏やかに返した。

「そうだといいけれど……いつか会ってやってくれるかしら。」

「もちろんです。」


やがて車列は、鬱蒼とした木立の奥、ぽつんと建つ古びた小屋の前で停車した。

「ここが、私たちの“秘密の会談場”よ。」



――小屋の中。


木製のテーブルを挟み、プライス中佐とハリソン大佐が向かい合う。

周囲にはホワイトファング隊と、ハリソン側の護衛兵たちが控えていた。


「……南部方面のタロンでは、再編が遅れています。きっと総司令ハインライン大佐はワザと遅らせていると思います。」

プライスの声は低く、慎重だった。

「彼の事はよく知っています。開戦には反対していた。今も停戦の機をうかがっていると思います。

 きっと私たちが南部戦線の停戦交渉を望めば、彼も応じるはずです。」


ハリソンは黙って聞き、やがて頷いた。

「南部を停戦させ、北部を撤退。中央を干渉地帯として維持する……理想的だ。

 だが上層部が認めるかどうか。」

「説得します。クタン大佐の遺志として。――これ以上の血は流させません。」

「そうだな。最悪、駐留軍でストライキでも起こすか。」

ハリソンの軽口に、プライスが小さく笑う。


そのとき——木の床が、かすかに軋んだ。


護衛の一人が立ち上がり、怒気を帯びた声で叫ぶ。

「この売国奴が! 停戦など許されん!」

「キャンベル……お前!?」

ハリソンが驚愕する間もなく、銀色の手榴弾がテーブルの上を転がった。


「危ないッ!!」


爆音が森を裂いた。

閃光、衝撃、飛び散る破片——木壁が吹き飛ぶ。


キースは反射的に身を投げ出した。

だが——その前に、プライスが彼らを庇っていた。


背中に無数の破片を浴びながら、彼女は三人を守り抜いた。


「中佐ぁぁぁっ!!」

ミリィが叫ぶ。


粉塵が晴れた時、床にはハリソン大佐が動かぬまま倒れていた。

その傍らで、血に染まったプライス中佐がぐったりと横たわっている。


「衛生兵を! 急いで!」

ミリィが無線を叩き、レイはライフルを構えて外へ飛び出した。

「野郎、待てっ!」


木々の間を駆け抜ける影——刺客は既に森の奥へと消えかけている。

レイは引き金を引いたが、弾丸は虚しく空を裂いた。

「くそっ!」


キースはプライスの肩を抱き起こす。

「中佐、しっかりしてください!」

「……キース……」


血に濡れた唇が、微かに笑みを作る。

「この島を……お願い……あなたたちなら……きっと……」


その手が、キースの袖を掴み、静かに力を失った。


森に風が吹き抜け、再び静寂が戻る。

だが、その静けさはもはや安らぎではなかった。


(プライス中佐……あなたの想い、必ずこの島に取り戻してみせます――)


キースの胸に、怒りと決意が同時に燃え上がっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る