第14話「揺れる戦線」
――ヴァレン峠戦闘、終結から12時間後。
焦げた大地に、まだ煙が立ちのぼっていた。
ACEの足跡が土を抉り、無数の残骸が転がる。
風が吹き抜けるたび、焦げた金属と硝煙の匂いが漂った。
「……これが、戦争の匂いってやつか。」
キースはACEの足元に座り込み、握り拳を見つめた。
初めて人を撃ち、命を奪った実感が、まだ指先に残っていた。
「やったんだよ、俺たち……でも、こんなの……勝ったって言えるか?」
レイは苦笑しながらも、声が震えていた。
隣のミリィは無言で破壊された戦車を見つめ、淡く唇を噛んだ。
「敵も……同じ人間だった。あの中に、家族のいる人もいたかもしれない。」
「そうだな。」キースが小さく応じる。
「だが……俺たちが撃たなきゃ、ここにいた全員が死んでた。」
沈黙が落ちる。
風が吹き抜け、燃え残った旗がひらひらと地面に倒れた。
――同刻、ケアン基地司令室。
オセリス大佐は机上の報告書を見つめていた。
その眉間には深い皺が刻まれている。
「ヴァレン峠の被害報告、民間避難は完了。しかし戦死者は二十名、負傷者は百超……。」
副官が報告を終えると、オセリスは低く呟いた。
「……これで“局地的衝突”の言い訳は立たんな。」
通信スクリーンが点灯する。中央政府からの緊急回線だ。
『こちら本部。峠での勝利を確認。世論対策として“防衛成功”として公表する。詳細な損害報告は控えよ。』
「また政治の都合か……!」
オセリスは拳を握りしめた。
「この状況で、エウロパは黙ってはいまい。報復の連鎖が始まるぞ。」
――その頃、エウロパ本国・ノルデン地方軍司令部。
広いホログラム会議室に、戦闘記録映像が浮かび上がっていた。
将官たちが円卓を囲み、苛立った声が次々と飛ぶ。
「何というザマだ!これではACE投入による電撃作戦の意味がない!」
「だがACEの性能そのものは証明された。従来兵器への完全優位は明白だ。」
「悠長なことを言うな。今回の目的は“恐怖による抑止”だったはずだ。それが逆効果ではないか!」
「情報部は“敵ACEは試作段階”と言っていたが、この動きを見ろ。完全に実戦仕様だ。」
「結局、敵の開発力を甘く見たということだな。」
議論は混乱の渦となり、責任の押し付け合いが始まる。
「開発総局の見解は?」
「――敵ACEの性能は我が軍の想定を上回っている。しかし、我々が設計した〈ゴブリン〉が問題だったわけではない。量産仕様のスペック削減が響いたのだ。」
「ほう、責任転嫁か。」
「いや、事実だ。そもそも初戦での結果だけで全体を論じるのは早計だ。」
沈黙のあと、一人の将官が呟いた。
「……では、君の秘蔵っ子を使ってみてはどうだ?」
「軍令部の承認さえあれば、すぐにでも。」
――同時刻、エウロパ某所・ACE試験施設。
暗い管制室に、ミハエル・ファフナー少佐が立っていた。
銀の髪がモニターの光に照らされる。
「……ばかな。ゴブリンがこうも簡単に敗れるとは。」
「パイロットは?」
下士官が顔を伏せる。
「――残念ながら。」
ミハエルは静かに目を閉じた。
「私の指導が足りなかった……尊い同胞を、失った。」
「違います、少佐!少佐の設計思想があったからこそ、ここまで戦えたのです。閣下もそうおっしゃっています!」
そこへ通信が入る。
「少佐、閣下より直通です。」
モニターが光り、リヒャルト・シェザール少将が映る。
「戦闘記録は観たかね?」
「はい、何度も。」
「率直な感想はどうかね。」
「敵ACEの動きは、我々のゴブリンを凌駕しています。――やはり、コスト削減の影響は無視できません。」
「まったくだ。私は反対したが、軍令部は“効率”しか見ていない。まぁ愚痴を言うために繋いだわけではないのだ。」
「と、言いますと?」
「前線へ行ってもらう。君の実力で実戦データを勝ち取って貰いたい。」
「ご命令とあらば。」
モニター越しに少将が微笑む。
「君の理想主義には危うさもあるが……この戦争、ACEが主役だ。君の力が必要なのだ。」
通信が切れる。
ミハエルは静かにヘルメットを見つめた。
「前線か……戦うためではなく、終わらせるために。」
――その夜、ヴァレン峠仮設キャンプ。
キースは夜空を見上げていた。
赤く染まった空の彼方で、まだ火の手が上がっている。
ミリィが隣に腰を下ろす。
「眠れないの?」
「……ああ。撃った時の衝撃が、まだ腕に残ってる。」
「それでも、あなたは引き金を引いた。それが、今を守ったの。」
ミリィの声は静かだったが、その瞳には涙が浮かんでいた。
そこへオセリスの通信が入る。
『各員、休息を取れ。明朝、再配置命令が下る。』
キースは短く「了解」とだけ答える。
通信が切れたあと、レイが遠くで呟いた。
「なぁ……俺たち、また撃つのか……。」
誰も答えなかった。
夜風が吹き抜け、炎の残光が星空に溶けていった。
――そして、戦争は止まらなかった。
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