第9話「選択」

ーー研究所・レクリエーションルーム。


ターナー大統領の発表を前に、隊員たちは落ち着かない空気に包まれていた。


端のソファでは愚痴るレイにオリバーが相槌を打っている。

「映画見て泣いてACE動かせだ、気に入らない相手を想像しろだとか、もう勘弁だぜ」

「確かに自分で感情コントールは出来ませんからね」

「まぁ直に卒業だろ。ヘレンちゃんプログラムで暴走ゼロになったんだから」


別のテーブルではミリィとヘレンが談笑していた。

「この前ね、街で可愛いワンピースを見つけたの。今度一緒に行かない?」

「いいなぁ。ずっと研究所に籠ってるから、外に出たい気分だったの」

二人の声が、緊張した空間にわずかな日常感をもたらす。


一方で、中央に座るキース、ダグラス、ライアンの間には重い沈黙が流れていた。

「何を言うか…見ものだな」



ーー場内のスクリーンにターナー大統領の姿が映る。


「大統領のターナーです。今回このような緊急発表に至ったのは、未だ安否不明のハーリング大統領に国民皆さんが不安に思っている事に対する一つの答えを提示したい為です。

単刀直入に述べます。ハーリング大統領は生きている可能性が高いです。

墜落現場では大統領機の緊急脱出ポットが見つからなかったのです。この事実は取りようによって混乱の元となる為、エウロパと共に伏せていました」


一瞬、どよめきが広がる。「大統領、ついに…」

「希望を持ってほしい。しかし、憶測でエウロパを責めないでほしい。

我々は団結して未来を選ばねばならない」


映像が途切れる。ざわつく室内で、ダグラスは静かに立ち上がり、キースを呼び出した。



ーー研究所の一室。


「……この発表は、きな臭い。ACE完成の目途が付いた途端にこれだ。ターナーが主戦派の噂は本当だったか」

「発表を通して国内の混乱を助長させる目的だったと?そんなあの大統領に限って…」


ダグラスは深く息を吐き、視線をキースに向けた。

「すまん、それより大事な事を聞きたかった。君はホワイトファングの隊長になる覚悟はあるか?」


キースが息をのむ。

ダグラスは苦い記憶を口にした。

「隊長と言うのは隊員の命を預かる。俺は前大戦で20人を率いて……生き残ったのはライアンとオリバーだけだった」

「一つの判断で皆の命が簡単に失われる。俺の腕で死んでいった部下の夢を今も見る。しかし逃げる事は出来ない」

「お前は優しい。その優しさが時として仇になり部下を、自分を殺す事にもなる。この重圧の責務をお前は耐えられるか?」

キースが言葉に詰まっていると、扉が開き入ってくる二人。


ライアンは涙ぐみながら言った。

「俺たちがついていけるのは、隊長が悩み抜いて決断してくれるからだ。だから、そんなに自分を責めないで下さい!」

「あぁ、ライアン聞いてたか。弱い所を見せてすまんな」


一報ヘレンがキースの前に立ちふさがる。

「キース……お願い。戦場に出てほしくない。もしあなたが死んだら、私は……どうすればいいの」


口を開こうとするキースにレイとミリィ入り込んでサポートする。

「ヘレン、無理だ。グレン兄ぃが死んで親からも止められてもコイツの決意は変わらなかったんだ」

「大丈夫。私たちが最強チームだって分かってるでしょ。信じてあげて」


キースは深く頷き、静かに言った。

「軍人の道を選んだのは俺だ。その覚悟は……変えるつもりはない」


ヘレンは俯き、唇を噛んだ。



ーー一方世論の波は激しさを増していた。


コロンゴでは、政府の期待空しく、大統領発表から国内はさらに混迷を深めていった。

「エウロパで消息を絶ったのだから、エウロパにいるはずだ!」

「大統領も落ち着いてエウロパを疑うなと言ってたろ」

「ターナー大統領は弱腰過ぎる、解任だ!」


SNSや議会、街頭では激しい声が飛び交い、ついには首相官邸へ向かうデモ行進まで始まった。


一方のエウロパでも、

「共同秘匿としていた事実を勝手に暴露するとは卑劣極まりない」

「結局コロンゴ内では我が国への疑念しかない」

「もう話し合いでの解決は不可能では?」


両国世論は主戦論へと傾きつつあった。



ーー数日後、研究所の搬入口。


NuGear完成をもって、ヘレンは研究所を去ることになった。

「例の件、考えておいてねー。」と博士は意味深な発言。

ヘレンは努めて明るく振る舞い、あっさりと別れを告げる。

「キース、良いのか?」さすがにレイも心配になって真剣にキースに問いかける。

黙るキースにミリィも「伝える事はつたえなきゃ…」と後を推す。


こらえきれなくなったキースが駆け寄り、彼女を強く抱きしめた。

「俺は……何があってもまた会いに行くから!」


その言葉に応えるように、二人は短く誓いのキスを交わす。


ヘレンは涙を浮かべながら微笑み、囁いた。

「信じてるわ。必ず戻ってきて」


彼女は背を向け、去っていく。

残されたキースは拳を握りしめ、遠ざかる背中を見つめ続けた。

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