第8話「歌の可能性」
ーー研究所・フォスター博士の研究室。
無数のホログラムパネルが浮かび、数値や波形が踊っている。博士は額に手を当て、ため息をついた。
「……やっぱり駄目ね。NuGearの感情暴走、理屈では抑え込めない……」
その横で、ラッキーが、音楽を流し始める。
透き通るような女性の歌声が室内に満ちる。
「……ちょっと待って。ラッキー、どこでこれを?」
博士は驚いて振り返る。
ラッキーは尻尾を振って答える「キースが教えてくれたんだよ。」
「まったく、人の犬に勝手に…」
ぶつぶつ言いながらも、博士は歌声に耳を澄ます。
次第に険しかった表情が和らいでいった。
「……癒される。不思議な波長……脳波の共鳴に近い。これ……使えるかも!」
博士は目を輝かせながら勢いよく部屋から駆け出た。
ーー研究所の廊下。
キースとレイが歩きながら、模擬戦の感想を語り合っていた。
「いやぁ、最後のフォローは助かった」
「ミリィって時々無茶な突っ込みするからなー。お前もフォロー頼むぜ」
そこへ、息を切らせて走ってくる博士。
「見つけた、キース! ねぇ、この歌、どこで手に入れたの!?」
いきなりタブレットから流れる歌に、キースはたじろぐ。
「えっ……それは……」
博士は早口でまくしたてる。
「発声周波数、リズムパターン、全部が特殊よ! 誰の歌なの?!」
「ヘレン・スチュアートです。俺の……知り合いの」
ちょっと恥ずかしがりながら素直に答えるキース。
そこへレイがニヤリと割って入る。
「知り合い? っていうか、恋人だろ? こいつ、毎晩うっとりしてんだぜ」
「おい、余計なこと言うな!」
博士は手を打った。
「話は早いわ! その彼女の歌、ACEの暴走を抑える可能性があるの!早く話をさせて!Right now!」
「え?今?いや、彼女の電話番号知らないんですよ…」
戸惑うキースに、レイが彼のスマホをひょいと奪い、操作する。
「はいはい、じゃあ緊急連絡ってことで”ヘレン、今すぐ下の電話番号へ連絡くれ!”と送信っと」
「おい待て、何勝手に!」
そうこうしない内にスマホが着信を伝える。
キースは顔を真っ赤にして出る。
「……も、もしもし……?」
「本当にキースなの?急にあんなメールでびっくりしたけど、どうしたの?」
照れながら話していると、博士がぐいっとスマホを取り上げる。
「ヘレンさん? 私、軍関係者のフォスターと言う者です。事務所の社長さんに繋いで――」
「ちょっと! 返してください!」
キースが必死に奪い返し、通話を切る。
「いい加減にしてください! 彼女は軍には関係ない!」
だが博士は全く動じない。
「彼女は国を救う鍵になる。もういいわ、誰だか分かればこっちでやるから」
すぐさまタブレットで事務所にアクセスし、社長と繋げてしまう。
レイは目を丸くして呟いた。
「マジで……こんな簡単に話通すのかよ」
博士は得意げに笑う。
「大統領訪問以来、結構権限貰ってね。国防長官とも直通なのよ。ちょっとした契約くらい、すぐよ」
「ひょえー」と驚くレイの横では、とキースは唇を噛み、納得できずに俯いた。
ーー町外れのヘリポート。
博士とむりやり付いてきたキースが口論しながら待機していた。
「彼女を戦争に巻き込まないで下さい!」
「彼女の歌がなきゃACEは制御できない!貴方の私情なんてどうでもいいの!」
言い合いを遮るように、軍用ヘリが降下する。
風圧の中から降り立ったのは、ヘレンと事務所の社長、マネージャー。
「キース!やっと会えた」
「ヘレン!元気そうで何よりだよ!」
久々の再開に喜ぶキースとヘレン。
が、博士は挨拶もそこそこに割り込み契約書を差し出した。
「こちらにサインをお願い」
キースが横から覗き込み、顔色を変える。
「軍属……機密保持……これじゃ歌手活動は出来なくなるじゃないか!」
「ふざけるな博士! 彼女の自由を奪う気か!」
だがヘレンは契約書を受け取り、ためらわずサインした。
「ヘレン、待って。これじゃ君の歌は…」
「私の歌が国の役に立てるなら、私はそうしたい」
「それに……これはキースのためでもあるんでしょ?」
その一言に、キースは何も言い返せなかった。
ヘリの中でもキースはヘレンを心配に想う。
「もう一度考えないか?君の歌はもっと世界へ広げるべきだ。軍が利用するものじゃない!」
熱いキースにヘレンはにこりと微笑んで返す。
「うん、確かに私の歌をもっと色んな人に聴いてもらいたいって思ってるよ。でも、今私を必要としてくれる人の役に立ちたい。ずっと流されて生きてたけど、貴方に会って貴方の事を知って自分で道を切り開く事を知った。今の私はこれが自分のしたい事なの。今は貴方の為に力になりたい。」
「ヘレン・・・」ここまで言われてキースも返す言葉もなくうっすら涙を浮かべていた。
「えー、お熱い中悪いけど、別に永久に軍に拘束する訳じゃないからねー。研究成果が出ればまた歌手活動出来なくは無いわよー。」
と博士がいつものヘンなテンションでシリアスな二人に入り込む。
「へ?そうなん?」
「もぅ、ちゃんと読んでよ。キースっていつも早とちりするよね」
「あらあら、戦闘じゃ冷静なキース中尉もこと彼女の事では感情を抑えらないのね。面白いデータだわ(笑)」
顔面真っ赤なキースに笑う二人だった。
ーー一方その頃。エウロパ某所、ACE試験施設。
格納庫から重ACE「オーガ」が戻ってくる。
管制室の声が響く。
「最終試験完了。これでオーガもロールアウトです! 陸戦型ゴブリン、空戦型インプ、水中型サハギン……どれも少佐のおかげで開発は順調です!」
コックピットから降り立ったのは、銀髪を束ねた若い将校――ミハエル・ファフナー少佐。
「いや、皆の努力の成果だよ。ただ……NuGearの感情問題を棚上げしたままなのは気になるが」
周囲の技術者たちは笑う。
「ご安心ください。少佐の解析で感情とのシャットアウトは完璧です。我が軍のACEは最強です!」
ミハエルは静かに視線を落とした。
「……そもそも、こんな兵器を使う事態にならぬことを祈るばかりだ」
歌声の可能性――それは癒しの力であると同時に、戦場を変革する新たな武器ともなり得る。
一方、エウロパでもACEの開発競争は苛烈さを増していた。
希望と脅威が交錯する中、やがて訪れるであろう両国の衝突は、もはや避け得ぬ運命となりつつあった。
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