『社畜賢者の異世界恋愛譚 ~35歳、エルフの姫と見つける「本当の自分」~』
@kenji06
第1章:日常の終焉、異界の光
橘悠斗、35歳。中堅IT企業のシステムエンジニア。彼の日常は、朝の満員電車から始まり、無数のコードと数字に囲まれたオフィスで一日を終え、そして夜のコンビニ弁当で締めくくられる。特別な不満があるわけではない。給料は人並み、上司も同僚も悪人ではない。ただ、そのすべてが、あまりにも「普通」すぎた。熱狂もなければ、絶望もない。平坦な道のりを、ただ歩き続けるような日々。
恋愛に関しても、悠斗は諦めにも似た感情を抱いていた。何度かの失敗経験が、彼の心を臆病にさせていたのだ。新しい出会いを求めて行動する気力もなく、休日はもっぱらオンラインゲームか、ファンタジー小説の世界に没頭する。画面の向こうや紙の上の英雄たちの冒険に、束の間の高揚感を覚える。しかし、それはあくまで「物語」の中の出来事であり、自分には関係のない遠い世界の話だと、彼は常に線引きをしていた。
その日も、いつもと変わらない残業を終え、夜道を歩いていた。公園の脇を通りかかった時、視界の端に奇妙な光が揺らめいた。最初は街灯の故障か、誰かのいたずらかと思ったが、その光は次第に強さを増し、まるで生きているかのように脈動している。好奇心に駆られ、悠斗は公園の奥へと足を踏み入れた。
光の中心に、一人の女性が倒れていた。銀色の長い髪が夜風に揺れ、透き通るような白い肌が月の光を反射している。身につけているのは、見たことのない素材でできた、まるで森の精霊が着るような簡素な装束だ。彼女の周りには、微かな光の粒子が舞い、この世のものとは思えない神秘的な雰囲気を醸し出していた。
「おい、大丈夫か?」
悠斗は恐る恐る声をかけたが、女性はぴくりとも動かない。意識がないのか、それとも……。近づいてみると、彼女の顔は驚くほど整っており、その美しさに悠斗は息を呑んだ。しかし、その表情には苦痛と疲労の色が濃く刻まれている。このまま放っておくわけにはいかない。そう直感した悠斗は、躊躇しながらも彼女の細い体を抱きかかえた。予想外に軽いその体に、彼女がどれほど衰弱しているかを悟る。
自宅のアパートに連れ帰り、ソファに寝かせた。熱はないようだが、顔色は蒼白だ。とりあえず、何か温かいものを飲ませようと、悠斗はキッチンに向かった。カップに注いだ白湯を彼女の唇に近づけると、ゆっくりと彼女の瞼が持ち上がった。神秘的な緑色の瞳が、ぼんやりと悠斗の顔を捉える。
「……ここは、どこ……?」
か細い声が、静かな部屋に響いた。悠斗は状況を説明しようと口を開いたが、彼女の次の言葉に、その思考は完全に停止した。
「私は、エルシア・ヴィオレット。遠い異界から、この世界に助けを求めて参りました。私の故郷は、今、破滅の危機に瀕しています。そして、私は……『異界の賢者』を探しに、ここへ来たのです」
エルシアは、そう言って、悠斗の目を真っ直ぐに見つめた。その瞳には、嘘偽りのない真剣な光が宿っていた。悠斗の平凡な日常は、この瞬間、終わりを告げたのだ。
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