第3話 影の揺らぎと抗争の渦

街の喧騒は変わらない。

 だがその裏で、音もなく金の流れが変わり始めていた。


 カジノの帳簿は、気づかぬうちに書き換えられ、裏金は別の口座に吸い上げられていく。

 銃の密売ルートは突然途絶え、輸送に関わった者たちは姿を消した。


 すべて、ロイの仕業だった。


 夜のオフィスで、彼は部下たちに冷ややかな視線を投げかける。

 机の上には、一枚の帳簿。

 そこに書かれた数字を指で叩きながら、静かに言った。


「……この数字の違和感に気づいた者はいるか?」


 沈黙が落ちた。

 数人の部下が視線を交わし、やがて一人が震えながら答える。


「……ここです。金が――消えている」


 ロイは小さく頷く。

 その男の目を見据えたまま、低い声で告げる。


「ならばお前に任せよう。……これは試練だ」


 部屋の空気が張り詰める。

 ロイの“試練”は、忠誠を誓う者に与えられるもの。

 それを果たせば、信頼を得る。

 だが失敗すれば――生きて戻れる保証はない。


 男は深く頭を下げた。

「……必ず、証明します」


 その背を見送りながら、ロイは煙草に火をつけた。

 煙が漂い、静かな笑みが浮かぶ。


「忠誠は言葉ではない。行動で示せ……」


 その夜、ジャスティスの資金網はさらに切り崩されていった。



 一方その頃。

 ジャスティスのアジトでは、苛立ちが募っていた。


「どういうことだ! 金が消えただと!?」


 机を叩きつけ、豪快な笑い声の代わりに怒号が響く。

 部下たちは恐怖に震え、誰もまともに答えられない。


「ロイか……! 沈黙の影め……!」


 ジャスティスの拳が壁を叩き割る。

 その瞳には、初めて焦りの色が宿っていた。


街は眠らなかった。

 だがその夜、眠らない理由は歓楽ではなく、銃声と悲鳴だった。


 ジャスティスは怒りを爆発させた。

 資金を奪われ、武器の供給も途絶え、ついに堪忍袋の緒が切れたのだ。


「俺を舐めやがって……! 見せてやる、喧騒の意味を!」


 怒号とともに、部下たちを率いて街を蹂躙する。

 カジノから飛び出した一団は、銃を乱射し、裏切り者の噂がある店を襲撃し、血を流させた。

 街は赤く染まり、ネオンが火のように揺らめく。


 だが、その暴走は同時に――ロイが仕掛けた罠に深く踏み込むことを意味していた。



 高層ビルの屋上。

 ロイは煙草をくゆらせながら、その光景を見下ろしていた。

 銃声が反響し、火の粉が舞う。

 だがその目は、氷のように冷静だった。


「喧騒に酔う者は、静寂に呑まれる……」


 背後に控える部下が一歩進み出る。

「ボス、動きますか?」


 ロイは首を横に振る。

「まだだ。……奴が暴れれば暴れるほど、街は俺のものになる」


 部下は頭を垂れた。

 その瞳には恐怖と同時に、試練を生き抜いた者だけが抱ける誇りが宿っていた。



 街角で、ジャスティスは吠える。

「ロイィィィィ! 出てこい! 臆病者め!」


 しかし、返事はない。

 静寂だけが広がり、ジャスティスの怒りをさらに煽る。


 やがて火の手は広がり、街は戦場となった。

 誰もが叫び、誰もが走り、誰もが怯えた。


 ――その中心に立つのは二人の影。


 一人は喧騒の王。

 一人は沈黙の支配者。


 街は、二つの影の抗争に巻き込まれ、もはや逃れることはできなかった。

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