ひとりぼっち同盟

ガビ

第1話 体育

 本を読むのは小学生の頃から好きだった。

 暇つぶしになるという理由以外に、好きな理由がもう1つある。

 つまらない現実から目を背けるのにうってつけだから。


 特に、楽しそうに喋りながら弁当をつつくクラスメイト達の声を気にしないようにするには効果的だ。


「俺が1人なのは、コミュ力が無いわけではなくて、読書に集中するためなんだぜ?」と直接口には出さずともアピールできるのだから。


 もう、友達を作ることは諦めた。

 その分、1人でいる理由を作ることに努力していた高校2年の5月。


 そんな怠慢野郎に話しかける物好きが現れた。


「鍵島京也くん。私と一緒にボッチを回避してくれませんか?」


 黒髪ロングにメガネの、いかにも優等生といった雰囲気の女子が、そこに立っていた。


 彼女の名前は内村ルル。

 後に、俺とボッチ回避同盟を結ぶことになる女子だ。

\



 半年後。

 俺は内村さんと一緒に登校していた。


 右を向けば、河原が見通せる景観が広がる、中々良い通学路だ。


「今日の1限なんだっけ?」


「体育かな」


「……教育員会はバカなのかな」


 絶望に打ち震える内村さん。


「バカではないでしょ。朝に身体を動かすのは自律神経を整える効果もあるし」


「そんな正論聞きたくない。私は体育を心から憎んでいる」


 良い顔をしている。

 女子の笑っている顔よりも嫌悪感を露わにしている表情の方が好きなのってマズいだろうか。

 まだ、自分が変態だとは認めなくねぇな。


 いや、今はそんな心配よりも大事なパートナーの話を聞いてあげないと。


「何かあったの?」


「何か……そりゃいっぱいあったよ。でも、全部話してたら時間がいくらあっても足りない……。あ。じゃあ、体育教師不要説を話そうか」


「ん」


 この半年の付き合いで分かったが、内村さんは自論をたくさん持っている。今までも彼女特有の説をたくさん聞いてきた。


「言い切ろう。言い切ってやろう。私は、体育教師から何かを教えてもらったことは1つもない」


「言い切ったなぁ」


 世の中、黒か白かはっきりしないことだらけだというのに、これほどまでに偏見をぶっちゃけるとは。

 1周回って清々しい。


「数学とか、歴史の先生からはたくさん教えてもらってるよ。でも、アイツらは説明ってものをまるでしない」


 体育の先生達のことを、アイツらときたか。

 今日は最初から毒舌だ。


「だってさ。アイツら、バレーのルールから教えてくれるわけじゃないじゃん? 申し訳程度の準備体操をしたら、即試合をやらせる。バレーボールに触れることすら初めてのこっちとしては、役立たずも良いとこだよ」


 ふむ。


「言い方はともかく、一理はあるか」


「でしょ? あと、コツとかも教えてくれないんだよ。卓球のラケットの持ち方とかネットで知ったもん」


 さらに捲し立てる内村さん。

 気持ちよくなっているところ悪いが、全国の体育教師のために少しは反論してみるか。


「うーん。でも、放っておいたら不健康な生活一直線になりそうな生徒にとっては体育は必要なんじゃないか?」


 例えば、内村さんとか。

 とは言わなかった。


 俺達はペアではあっても友達ではないんだから、そういうディスはマナーに反する。


「うん。そうだね」


 お。

 予想外にも肯定してくれた。


「でもね。今回のテーマは体育"教師“なんだよ」


 あぁ。

 そういえば、最初にそう言ってたな。

 相変わらず、ディベートが強い。


「体育自体を不要とまでは思わない。私が言ってるのはわざわざ、それ専門の教師を雇わなくちゃいけないのかってこと」


「んー……」


 分かるような。分からないような。


「聞けば、体育教師の大きな役割は、生徒指導とかで風紀を乱さないように監視することだって言うじゃないか」


「じゃあ、要るじゃん」


 怖い先生が一定数いないと、まだ未熟な高校生は集団生活を送るのが困難になる。学校という場所にとっての必要悪ってわけだ。


「それって、体育教師じゃなきゃダメ? 警察を引退したおじいさんの再就職先でもいいんじゃない?」


「……」


「その方が、悪ガキをまとめる能力はあるだろうし、体育の時間に監視するだけなら特別に知識が無くてもできる。保健のテストは教科書の穴埋めを作るだけで済むし」


「……」


 クソゥ。

 反論できない。


 厳密に言えば、教職を持ってないと授業を受け持つことができないだろうとか、体育教師の難しさは、なってみたいと分からないだろうという弾はまだ残っている。

 しかし、この辺で切り上げておくのが丁度いいだろう。


 別に俺は、内村さんと喧嘩したいわけではないのだ。


 こうして今日も、穴がありそうで無い内村さんの持論に言い負かされる。

 しかし、これが不思議と悪い気分がしないのだ。


 もうすぐ、学校に着く。

 着いたらすぐに体育の授業が始まる。


「……まぁ、本当に嫌なのは」


 先程よりも小声で、内村さんは言う。


「男女別だから、鍵島くんとペアを組めないことだけどね」


「……それは、全面的に同意だよ」


 登下校や昼食時などに、互いが互いを利用しあっている俺達にとって、体育は鬼門だ。


 スポーツは得意な方だけど、内村さんとの『ボッチ回避ペア』が発揮できないのは俺も辛い。

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