第4話 『ベノム・フロッグを狩れ』
「そのクエスト、おかしいです」
「えっ!」
草原に吹く風のようにカラッとした言い方で、リトは自身の思ったことを口に出す。アルファが顔を上げると、リトの光沢のある黒目がまっすぐ自分に向けられていた。アルファは内心を見透かされるような感覚に襲われた。
「今の話ですが、気になる点がいくつかあります」
そう言って、リトはお茶のコップを横に置き、組んだ手を前に置いた。
早口にもかかわらず楽器のように滑らかに話すリトの言葉が、自然とアルファの耳に入っていく。
「まず、その受付人が紹介したクエストの報酬金と、アルファさんの借金が同じ額だったこと」
「……どういうこと?」
目の端の涙を拭いながら息をつき、アルファは平常心を取り戻す。黙っていると、また気分が落ち込んでしまう。余計な気遣いのないリトとの会話は、今の彼女には気休めになってありがたかった。
「考えてもみてください。金貨50枚の借金があるときに、ちょうど同じ額のクエストがあるなんて、話がうま過ぎると思いませんか?」
「それは……誰も手を付けてないクエストを紹介してくれたんじゃ?」
「金貨50枚のクエストを、ですか?」
それはおかしいというように、リトはアルファに訊き返す。アルファは意味が分からず首を傾げた。
「報酬金が高額なクエストであるほど引き受ける冒険者は増えるでしょう。おまけに、冒険者には自身の箔を付けるために、魔物や悪人の討伐が出ると嬉々として取りに行くと、以前、街の酒場の店主が言ってました。ベノム・フロッグの討伐なら、それなりに実力のあるパーティであれば、そう難しいクエストではない。であれば、アルファさんが借金を背負う前から残っていたクエストとは考えにくい」
「言われてみたら、たしかに……いやでも、運が良かっただけじゃ?」
「もちろん単純に運が良かった、という可能性もあります。けど、気になることは他にもあります」
そこで、猫背だったアルファが姿勢を正してやや前のめりになった。それに合わせて、椅子が軋む。アルファの心に人知れず疑問と緊張感が湧いてきた。
そんなアルファとは逆に、リトは置物のように姿勢を正したまま話を続ける。まるで余計な仕草や身振り手振りの労力を思考と語りに割いているようだ。
「次に……ギルドの受付人がクエストを紹介してくれたと言っていましたが、どうして受付人はアルファさんに、そのクエストを紹介したのでしょうか?」
「えっ……何か変かな?」
「僕もたまに依頼するので、ギルドがクエストを出す仕組みは知ってます。依頼人が手数料と報酬金を払い、ギルドが仲介して、冒険者はクエストを受ける。達成すれば報酬金がもらえる。未達成で終われば、ギルドが報酬金を依頼人へ返す」
「うんうん」
その認識で違いないと、アルファは頷いた。その仕組みは、もちろん冒険者のアルファも知るところだった。ギルドはその手数料で運営されているため、よりたくさんの依頼を引き受け、よりたくさんの冒険者にクエストを達成してもらうものだ。
「報酬は基本、早い者勝ち。ただし、ギルドは公平にするために、クエストを出すときはギルド内にある掲示板に貼り出すのが原則。もしそのクエストが、アルファさんだけに紹介されたなら、それは明確なルール違反です」
「……そうだけど、私が困ってるのを見かねて、親切で教えてくれたんじゃ?」
自信なさげに答えるアルファに、リトが純朴なものを見るような目を向ける。
「アルファさんは、その受付人の方と仲が良いんですか?」
「いいや、別に普通だけど……」
「過去、その受付人が困っている時に助けてあげたりしたことは?」
「特になかったと思う」
「友達もいないんですよね?」
「う、うん。まぁ……って、それは関係ないでしょ!」
アルファは不満のこもった声を上げた。ここに来て、一番アルファの本来の感情が見えたような気がしたが、リトは気にせずに続けた。
「ギルドは未達成クエストを残すことは避けたいはずです。魔法が未熟で、ソロで、クエストを達成する見込みの薄いアルファさんに、わざわざ不正をしてまで教えるとは考えにくい」
「……人の傷口をえぐって楽しい?」
恨みのこもったような眼でアルファは睨む。さすがに言い過ぎたと思ったのか、リトは申し訳なさそうに頭を下げた。それがどこか薄っぺらい謝罪に見えて、アルファは不服そうに口を尖らせた。
「傷つけるつもりはありません。ただ僕が言いたいのは、親切心で赤の他人を助ける人はいないってことです」
「そんなの分からないじゃない。ただの良い人なのかも」
「本当に良い人だったら、大金のかかったクエストを困っていたからってだけで職権乱用で紹介するとは、僕は思えませんね。下手をすれば、実力不足で死ぬ可能性だってあるのに」
「それは……そうだけど」
アルファは曇った顔で押し黙る。どうしてそんなに人を信じないのかと咎めるように「ぐぬぬ……」と眉を傾けるが、その可愛らしい顔立ちのせいでまったく威圧感がない。対して、リトは取り乱した様子もなく一息ついてお茶を口にする。テーブルをはさむ二人の様子は、まるで駄々をこねる子供とそれを軽くいなす親のようだ。
「あと、ひとつ確認なんですけど」
「なによ?」
話を続けるリトに、やや強い口調でアルファは返した。
「クエストの紹介を受けた際、アルファさんは受付人に借金について話しましたか?」
「えっ……まぁ、うん」
アルファは思い出すように視線を動かした後に頷いた。
「ギルドの掲示板でクエストの一覧を見ていたら『どうしたんですか?』って声をかけられて、借金を返したいので何か良いクエストはありませんかって聞いたら、『ちょうど良いのがありますよ』って言って紹介してくれたの」
「その時、借金がいくらかも話しましたか?」
「それはもちろん……あっ、でも、クエストを紹介してもらって、それがちょうど同じ額だったんだ。だからすぐに私、これ受けますって……」
「つまり、もしその受付人が最初からクエストを紹介する目的でアルファさんに声を掛けたのだとしたら、その受付人はアルファさんの借金がいくらか知っていた、ということですよね?」
「えぇっ!」
アルファはギョッと目を見開いてリトを見る。空気が震えるような大声だが、リトは冷静に見つめる。
「どうして受付人はアルファさんの借金を知っていたのでしょうか?」
そんなわけないと反射的に返そうとしたが、反論する言い分が見つからず、アルファは動揺する。人の好さそうな顔立ちで若い女性だったが、アルファの記憶にある受付人の笑みに影が差したように感じた。
「あと、もうひとつ」
「まだあるの?」
「取立人が『三日後までには返せ』って言ってることです」
「それのどこがおかしいの?」
「借金には利息があります」
「利息?」
「そう、利息。そういえば、アルファさんの利息っていくらですか?」
「えっ!」
まるでラリーの応酬のように二人は言葉を交わしていたが、途端、アルファが言葉を詰まらせた。
「……さぁ」
「さぁって、知らないんですか?」
「う、うん」
リトは呆れたように目を閉じて大きなため息をついた。
「それでよく借金なんて抱えましたね? 自分のことでしょう?」
「…………うぅ」
悲しみより情けなさが勝ったのか、アルファは追い詰められたように困った顔をした。だが、辛辣ながらもリトの言葉には思いやりが感じられた。
「話を戻しますけど……つまり、貸す側にとっては長く借りてもらった方が得なんです。だから三日なんて短い期限で督促するなんて、普通はありえません」
「でも金貨50枚は大金だし」
「個人と組織の感覚は違います。個人感覚で金貨50枚は大金ですが、商人やギルドなどの組織にとってはそうでもないんです」
「そうなの? ていうかリトさん、詳しいね?」
「これでも組織勤め経験者ですから……まぁ、昔の話ですけど」
懐かしむような言葉を呟き、ようやくリトは話に区切りをつけた。まるで嵐のように言葉を浴びたが、アルファは驚きはすれど、内容を理解できずに混乱している様子はない。
そんな彼女を見て、リトはさらに話を続けた。
「そして、ここからは僕の想像ですけど、以上の不審な点から、そのクエストは“
「偽クエスト?」
「正式なギルドから出ていないクエストのことです。僕が適当に名付けました、今」
「今って……」
まるで専門用語のように言うリトに呆れるアルファだが、それよりも気になることがあった。
「いやいや、でもちゃんと受付人から紹介されたし、偽物なんてことないんじゃ」
「本当にその人はギルドの受付人でしたか?」
「そりゃあちゃんとギルドにいたし」
「ギルドにいたからといって本物の受付人とは限りません。ギルドは誰でも出入り自由な場所です。受付人か冒険者かなんていちいち確認しませんし、受付人に決まった制服なんてものもありません。その人が受付人だと偽って近づいた可能性は十分にあります」
ギルドの拠点といえば、言うなれば冒険者が集まる屋内広場だ。あちこちから冒険者が集まり、情報交換や世間話を語り合い、飯や酒を飲み食いする賑わう場所。そんなところで誰がいつ出入りするかなど、管理されているわけもない。
そんなギルドの光景を思い浮かべ、アルファはリトの言うことに納得するが、疑問が解消されるわけではなかった。
「仮にそのぉ、リトさんがいう偽クエストっていうやつだったとして、どうしてそんなことを?」
「そうですねぇ……」
そう言ってリトは目を閉じ、その受付人が得をする理由と仕組みを思考する。得の理由で一番わかりやすいのは、やはりお金だ。では、この場合、どうすれば受付人が金を手に入れられるのか……。そして、4つの不審な点をつなぎ合わせて、その仕組みを考察する。
束の間の思考の後、リトは一つの仮説を立てた。
「可能性としてはいくつか考えられますが……例えば、それとか」
リトはアルファの膝の上を指さした。
「えっ!」
リトの指した先では、アルファの杖の先についた宝玉が青く光っていた。
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