第1話 矢筒

 なんで、友達におめでとうを言ったら。怒られるのよ。ありえないじゃない。と明らかに自分が悪いのにブー垂れた翼だったが。嘆いていても自分の状態は一ミリも良くならない。


 

 戦争をするには弾も飯も必要だ。



 腹が減るのに、男女は関係ない。


 だが、自分の財布には先立つ物が一切入ってない。水商売のお姉様方にはクソほど嫌われたあの顔だが、今翼は恋しくて仕方がなかった。


 しかも昨今、コンビニは貴族の店と化している。


 今まで翼を幾度も救ってくれた。立ち食い蕎麦屋の芭蕉は先月店主が天寿を迎えて消えてしまった。


 あのおばあちゃんの温かい心と蕎麦。翼は二十歳の頃はオッサンがたくさんいて、他の客との距離も近い立ち食い蕎麦屋を嫌っていた。


 しかし、三十五の時に荒んでいた私の心を救ってくれおばちゃんで。あれ程、嫌っていた筈の立ち食い蕎麦屋だと知って。私は、良くしてくれたおばちゃんに会いたくて。蕎麦を食べに行くうちに、あの店に行く時だけそういうのが気にならなくなった。


 いつも深夜あいてたあの灯り、このご時世にかけ蕎麦四百円。具材を一つのせてワンコイン。


 歳を重ねて、足が冷え。表情もよく冷える。でも、あの店に行けば、温まる事もできたのに。


 今は、不動産屋の看板が一つあるだけの更地を通過して夜道を歩いた。


 少し遠い場所にはあるが、歩けない距離じゃない。


 紅い提灯がぶら下がっていて、誰もいない店内に自販機だけがならんでいる。その場所でいつもの様に一番奧にある。一番ボロい自販機。ボタンはたった二つ。きつねとたぬきと平仮名で書かれたそれ。今日はきつねを押した。もう壊れてランプはつかないが、終わると自動で扉が開いて安っぽい器と共に蕎麦がでてきた。


 おばあちゃんの笑顔も思い出もないけれど、お腹だけは膨れるそれを。翼はただ生きるために食べる。時々、思い出しては箸がとまり。涙がスープに落ちることもあるけれど。



 いつまで、この値段で食べられるんだろうと思いながら。



 翼は食べ終わると器を返し、来た道を帰る。



 部屋に戻ると、次の公募を探し始めて。暫く、パソコンの前に齧り付く。リモートの仕事を終わらせてから、通勤の時間が無くなった分だけ自由な時間がふえた。


 そこに、友達の幻菜からメールが来ていたので開く。


「やっほっほ、モーシヌさん。まだ生きてる? 次のを探してると思い、先手をうって良さげなものを見繕って置きました。やる気があれば、我らは死なず! ふぁいとだよ⭐︎」


 ちなみに、無言で情報だけを翼はチェックした。幻菜のテンションにはついていけないが、ネット上の知り合いであいつはとにかく物知りで情報が早く。なんなら検索エンジンやAIなんかより余程欲しい情報をくれる人だった。あいつと付き合うなら、余計なところは見ないようにしないと。


 ちなみに、昔のペンネームは悪評ワッショイだったのだが。翼が長い! と文句を言ったところ幻菜になったという経緯がある。


 そんな訳で、自分でサイトを追うよりも遥かに整理整頓されたメールのリストをざっと眺めた。


 もやし賞がBL、龍潭賞がラブロマンス、薊賞は俳句かぁ…でもこれいいなぁ。薊賞は通常の賞に加えて米や醤油などの生活用品を一年分。商品券やホナぽちギフト等を選者が選んだ惜しい人に送るなどもあり。他に商品が出せなくても、ピックアップして感想をくれる。


 正直、薊の締切が今月末じゃなければ滑り込みしたい所だけど。


 そこで、翼はカレンダーをチラリとみて。今月がもう残り八日を切っている事を確認すると。「厳しいかなぁ」と苦笑した。


 審査員や読み慣れている人の感想はそれなりに理に叶っていることも多い。だけど、それで流されてはいけない。それだと、書き手の持ち味が死んでしまう。


 持ち味が死んだ作者など、存在価値が無い。翼はそう思って書き続けている。


 どれだけ、流行にのっていても。どれだけワンパでも。どれだけ、自分にとって不利な戦場であったとしても。


 戦場では、生き残った奴が強い。それで勝てるとは限らないが、生き残り続ける。取れるなんて思ってないが、取れると思って書くのがモチベを維持する。矢筒に矢がないのなら作ればいい。矢だって作りが粗末で飛ぶわけがない。


 的があり、矢を作り放つ。


 そう、この世には本が溢れていて書いてる人も掃いて捨てるほどいる。無名の自分の作品を読み続けてくれる人なんて、暇人かファンくらいというのは嫌というほど知っている。暇人はともかく、ファンはありがたい存在で。PVがゼロにならないのは、ファンのお陰だといってもいい。


 酷いコメントは書かないし。かりにキツめの事を書かれてもそれは主義の話。彼か彼女かは判らないが。周りの人も書き手である事は多い。


 読み専のファンなんて、私には幻菜ぐらいじゃないだろうか。


 メールの返信で、いつも情報ありがとうございますから書き始め。お礼と近況を書いて送る。メールの数が増えたらこういう訳にもいかないだろうけど、幻菜一人だけだしサービスのうちよね。


 それだけ送ると、私は机から離れて眠りについた。


 明日も変わり映えのしない日々がやってくる。



 




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