現代を生きるすべてのお姫様たちへ。

春売り

君がスターになったなら

怒った天の神さまは

「もうおまえたちふたりを会わせるわけにはいかぬ」

と織姫を天の川の西へ、彦星を天の川の東へとむりやり引き離しました。そうして二人は広い広い天の川をはさんで別れ別れになり、おたがいの姿を見ることさえできなくなったのです。


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


「昨日の 『星スキ』、見た?山田彦星くん、かっこいいよね!」

「見た見た〜!!超きゅんきゅんしたぁ」


 『欲しがるほどあなたが好きです』通称、『星スキ』 。現役高校生十数人が織り成す、恋愛リアリティショーというやつだ。放課後、夜空を見上げ、望遠鏡を代わる代わる覗きながら異性への想いを募らせていくノンフィクションドキュメンタリーである。


 ただでさえ青春まっさかさりの高校生である私たち2年A組の生徒に、この番組が特に話題に出される理由があった。

 

 「テレビでも実物も、超〜可愛いよね、天ノ川織羽あまのがわおるはちゃん!」

 「オルハ様な!!もう、天女って感じ!!」


 

 「…もう。2人とも、声大きいよ?」



天ノ川織羽あまのがわおるは。2年A組、出席番号1番。背の順は女子の列で1番後ろである彼女は、現在『星スキ』に出演している、人気女優である。


 「小さい頃から子役として舞台とか出てたんでしょ?本当努力家だよね!」

 「ていうか、天才。最近はカラコンのCMにも出てるし」

 「不思議だよね?あたまのてっぺんからつま先まで芸能人なのに、こんな普通の全日制高校に入るだなんて。」

 「芸能活動しながら勉強もこなすなんて完璧過ぎだよぉ」


 学校内トップカーストの女子生徒にチヤホヤされる彼女は、平然と微笑む。


 

 「2人とも、褒めすぎだよ。ワタシなんて、大した事ない。」


 謙遜しながらも、黒紫色の長髪がさらさら靡く。彼女のハッキリとした黒い瞳が、眼球をゆっくり旋回して、バチリと私を見据えた。



 まずい、こちらに来る。

 

 「…あ、そうだ、生物委員さんに用事があるんだった。…ちょっといい?」


 「え、あ、私ですか。」


 テレビの中では着せ替え人形みたいに見えても、いざ間近に来ると、デカくて、威圧感がある。

 銀世界の冷たい反射の光を纏っているようみえて、轟々と燃えるれっきとした恒星なのだと思い知らされる。


 キラキラと輝く星は、往々にしてデカくて、熱いのだ。…私と違って。

 

 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 ダンっ!!!


 昼休みの空き教室にて。私は、天ノ川織羽に壁ドンされていた。織羽の目はワシのように力強い。黒目の大きい目がパッチリとしていて、眉毛と目の感覚が狭いからだ。だから見つめられると私はいつも怯んでしまう。


 「儚音はかね…今日のオルハを見て、なんか言うことないの?」


 「え、いや、特に何も…」


 「はぁ??さいってー。マジで儚音はかね、なんにも見えてないね。…オルハね、リップの色、変えたの。スカイライトの02番パーフェクトユニバースから、04番のショッティングメルティスターに変えました。」


 「あ、そうなんだ。ほんと、似合ってる。」


 「はぁぁああああ??本当に心からそう思ってるワケ??だってね、02番はブルベ夏向けで、04番はブルベ冬向けなのね。オルハはさ、ファーストカラーブルベ夏、セカンドイエべ秋じゃん?そんなオルハに04が似合うか不安に駆られながら、震えながらティントを塗ったオルハの今朝の気持ち、本当に理解できる?」


「あー…うん。つらかったね。」

 「そうなの!ほんっともう、オルハこわくって!」


 感情が最大限に昂った織羽は、予想通り私に飛びついた。彼女の形のいい胸が私の顔にぶつかって、少しよろめいた。


  誰もいない空間で、織羽はいつも私に抱きつく。…というか、纏わりついてくる。

 カッターシャツの内側に手を滑り込ませて、私の背中を直接さする。


「ね、儚音。最近浮腫がちだよね?ちゃんとお水飲んでんの?…もう、お芝居するつもりは無いの?」


 「…うーん、どうかな…。」


 …そう、昔、ワタシは天才子役だった。


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

堕星儚音ついせいはかねちゃん、だよね?はじめまして!オルハのなまえは、オルハっていうの!」


 織羽とは、7歳の時、舞台オーディションで出会った。当時の私は天才子役。「彗星の速さで売れっ子になった子役」として、CMに、舞台に、感動親子ドラマに引っ張りだこだった。


 控え室の大人用の椅子に私たち二人は並んで座った。織羽が私を見つめる瞳はキラキラとしていて、いかなる穢れも知らない、子役らしさのない等身大の子供という印象を受けた。


 「ね、ね!おしえて。なんで、はかねちゃんは子役になったの?」


 彼女の質問には悪意や、後ろにつく大人の匂いも無かったので、素直にあっさりと答えた。


 「私、お父さんがいないの。」


 生きていくためにはお金が必要で、母は私が0歳の時に芸能界へ放り込む判断をした。

そのお陰で食いっぱぐれることなく、当時の母はブランド物のバッグを集めるのに随分お熱だった。


 別にそれでよかった。周りからの賞賛はどうでも良かった。お母さん1人だけが、私というささやかながらも輝く小さな星を見ていてくれるなら。お母さんだけが、私を必要としてくれるから。

 

 「あのね、オルハもね、いないの、お父さん!」


 パッと私は顔を上げた。ぱちり。織羽と目が合う。


 ほんとうに?あなたも、私とおんなじなの?

 あなたも、私と同じように、たった一人の為だけに輝くお星さまになりたいの?


 私は嬉しかった。ギラギラ輝きたがる衛星ばかりの芸能界で、この子と私は連星になれる。


 

 「でもね、テレビに出てみたい、って思ったのは、はかねちゃんが理由なんだよ!」


 「『星ふる国のちいさなおひめさま』のはかねちゃんを見て、オルハね、オルハもはかねちゃんみたいになりたい!って思ったの。」


 彼女は椅子からぴょいと飛び降りた。


 「だから、ね!オルハ、かんぺきに歌えるよ、みててね?」


 


 星ふる国の おひめさま ちいさなちいさな おひめさま


 ぎんがのこんぺいとう なくしたから ないていた


 だいじなもの なくしたから ないていた


 こんぺいとうは すいせいになって よぞらをわたった




 彼女の拙い歌声を聴きながら、私は衝撃を受けていた。ただの子供だと高を括っていたのは、彼女の瞳を見ようともしない傲慢な私の落ち度だった。私の瞳は、彼女の一番星に強奪されてしまった。彼女が瞬きする度にチラチラと光る小さな星が、怖いと思った。彼女の瞳の中の夜空は、季節を数える度に星はより増え、より輝かしいものになるのだろう。


 私生来の輝きは、彼女の煌めきに圧倒され、曖昧になって、いつか誰にも気付かれなくなってしまう。


…私さえも、私の輪郭を忘れてしまう。


 

 そう気づいた途端に、私はオーディション会場を飛び出した。走って走って、途中で石の階段で転げ落ち、それでも走り続けた。最終的にお巡りさんに保護されていた。母に抱きしめられても、翌日友達と手を繋ぎながら学校に行っても、先生に名前を呼ばれても、私は私の存在がここにあると認識出来なかった。小学三年生になるまで、私の瞳からはぷすぷすと黒煙が出た。強い光によって焼き焦げた私の角膜が修復されるには、長い安静が必要で、テレビを見ようものなら「ギャッ」と短く叫びダイニングテーブルの下に潜り込んだ。


 それから、1度も表舞台に登壇したことはない。



 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

成長するにつれて、彗星のようだった私の輝きは、徐々に失われていった。愛くるしかった面立ちも、中学の頃には、間延びした、油断の多い顔立ちだとクラスの男子に揶揄されるようになった。

母は高級ブランドの通販サイトではなく、家計簿を眺めるようになった。


 あの時の悪い予感通り、私はまるで成長期の恩恵を受けなかった。伸びない身長、膨らまない胸。輝かしい芸能界に似合わない存在。


 一方天ノ川織羽は例のオーディションで無事主役キャラを勝ち取り、それからはウナギ登りに人気者になっていった。

 普通の女の子になった私と、無事子役として成功を収め続ける織羽。二人の間には、途方もない、天の川のような隔絶ができ、二度と交わることは無い…はずだったのに。


 なぜか天ノ川織羽は私と同じ高校に進学したのだ。親に迷惑をかけないようにと、偏差値の高い公立に推薦で合格した私はたまげた。しかも彼女は「芸能枠」でなく、一般受験で受かったと知って、ぶったまげた。

 

 それから、頻繁に空き教室や放課後の伽藍堂の音楽室や誰もいない中庭の枯れきった花壇の真ん中に呼び出されるようになり、こうやって穏やかでないスキンシップを取られるようになった。


 きっと彼女も不安なんだろう。

 元はと言えば、彼女をお天気屋の芸能界に引きずり込んでしまった私にも責任がある。

 美しい満点の星空のように見える芸能界では、常に嵐が吹いていて、時には灼熱のように炎上することも、叩きつけるような豪雨が訪れることもある。


 そんな不安定な場所にいるのだ、相当なストレスが溜まっているはず。

 現在16歳の彼女は「星スキ」にも出演しているので、安易に彼氏やセフレは作れない。

作るとしたら、それこそ夜空に輝くアルタイルのような、輝きはすれどケバケバしさのない人が必要だ。彼女の醸し出す青白い光を優しく見つめ、彼女を1番に優先し、夕焼けの空の中に一番星を見つけるかのように、孤独な彼女をすぐに見つけだして優しく手を握り、彼女を熱心にささえる人でなければ。

 まぁ、常に光り輝き続けるあまり、周囲の人間の目を焼き焦がす彼女が、そんな素敵な人に巡り会うのは、天文学的に考えても難しいだろうけど。


 だから彼女は私に、よどんだ隕石をぶつける。


 

 しばらく抱き合っていると、背中に密着していた彼女の手が私のブラジャーのフックを外そうとしたから、慌てて距離を取った。


 「ちょ、ちょっとストップ。織羽、さすがにそれはセクハラすぎ。」

 「いいじゃん別に。減るもんじゃないし。それにオルハね、今日の儚音のブラジャーの色、知りたい。」

 「なんで私なんかの下着事情に興味があるのよ…」

 「いーじゃんかぁ、ね。オルハ達、チューもした仲、でしょ?」


 日に増して織羽によるスキンシップは過激なものになっていった。秋には手の甲にキスをされ、冬には首元にキスマークが付き、春にはおでこに口付けをされ、つい2週間前、私のファーストキスは保健室のベッドで彼女に奪われた。


 別に前向きに唇を受け入れたわけではない。ただ、「無理だ」と拒否しようとする度、彼女の瞳の中に宿る煌々と輝くベガが、急降下するワシの鋭さが、私の口をつぐませた。唇を合わせる瞬間は一瞬なのに、彼女はそれをするまでとても時間をかけるので、唇を合わせる頃には彼女の手の熱さが私の頬に伝熱して、顔全体がとても熱くなるのが恥ずかしかった。



 「とにかく、もう気が済んだなら行くから。昼休みももう終わるし。」


 「ちょ、ちょっとストップ!!」

 今度は織羽から私に待てがかかった。手を掴まれ、私は振り向く。

 

「伝えたいことがあるの」


 「オルハね、ハリウッドに行くことが決まった。」

 その言葉を聞いて、酷く落胆した自分がいた。落胆した自分に、呆れ返った。

 馬鹿な自分だ。こんなに差が開いたのに、未だに彼女と私の未来に期待していたのだ。

 彼女はこんなに輝いているのに、彼女がいつまでも私の傍に居てくれると勘違いしていたのだ。

 恥ずかしい。恥ずかしい。


 「オーディションが決まったの。だから、ハリウッドで、女優になるの。」

あぁ、なんだ。ずっと心配して、損した。

 私が居なくても、彼女は輝くことが出来る。

 彼女は一等星になるのだ。私と違って。


 私は、とっくに墜落した隕石。


 恥ずかしい。ここに立っていられない。顔が熱い。頭に血が回らなくなって、手先が震える。


 意識が遠のいて、視界が星のない夜空みたいに暗くなった。

 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

「山田くん。番組始まってから、スキでした。ワタシを選んでクダサイ。」


『星スキ』の最終回。テレビの中の天ノ川織羽は、たくさんのカメラに囲まれながら、出演者の1人、山田彦星に告白をした。黄色い悲鳴をあげる共演者は、オーバーな反応をするように調教済みだ。


 告白を受けた彼、山田彦星くんは、一丁前に顔を赤らめて、頷いた。


 「なんと!満点の星空の下、織羽&彦星カップルが成立しました〜!」


 ぱちぱちぱち。

 

 なんも考えていなさそうなナレーションの、からっぽの声。


 「も、もちろん。憧れの天ノ川さんとお付き合いできるなんて、嬉しいな。」


綻ぶ山田彦星の、だらしない顔。カメラマンやADを含む『星スキ』を構成する空間全体が、プラネタリウムで偽物の夜空を見上げる時間のような空気を漂わせる。


 しかし、永遠に続くものなんて存在しない。

 

 「ありがとう…でも、ごめんなさい。一緒に入れないの。」


 みんなの方に向き直る天ノ川織羽。


 「ワタシ、ハリウッドのオーディションに招待されたの。そこで大女優になります。」


 ザワつく共演者。ポカンとした顔の山田彦星。


 「物理的にもとても遠いし、忙しくて会えるのは…1年に1回。それでも、ワタシを好きでいてくれる?山田くん。」


 「…あぁ、もちろんさ!織羽ちゃん!」


 「それにワタシ、キスとかハグとかキライだから、山田くんと一切スキンシップとらないけど、それでも好きでいてくれる?」


 「え、あ、うん。そうなんだ、でも、もちろんさ、織羽ちゃ――」


 「下の名前で呼ばれるの好きじゃないから前みたいに「天ノ川さん」って呼んでもらえると助かるな。」


 「は…え?あ、了解です…。天ノ、川さん。」


 「星スキ」の最終回は天ノ川織羽のタカのような冷たい眼差しと、山田彦星のたどたどしい受け答え、付き合いたてのはずなのに凍りついている2人で賛否両論の傑作となった。


 「こういうとこ、上手く誤魔化せないんだよなぁ、織羽ちゃん…」

 私はリモコンでテレビを消しながら、今日のお昼休みの出来事を脳裏に甦らせていた。

 

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 「たまにしか儚音と会えないとか、無理すぎて死ぬ。オルハ、そこまで健気で純情派じゃないし。」


 織羽は私の手を両手でにぎり、顔をグッと近づけた。突拍子のないことを言う時、彼女はうんと声を潜めて、代わりに顔を近づけて内緒話をするみたいに告げるのだ。


 彼女の吐息で、私の体に酸素が回る。


 「だから儚音、めっちゃ勉強して、カリフォルニアの大学に入学して??それで一緒に暮らそ?お金はオルハが稼いでなんとかするから。」


 パッと明るくなった視界に星いっぱいの夜空が広がった。


 「いや、無理無理。私、英語いちばん苦手だし。」


 「なんで??オルハ、儚音と同じ高校行くために猛勉強したんだよ?オルハができることなら、元天才子役の儚音も で き る よ ね??」


 彼女の瞳があんまりにも煌めくから、ついにそこから星が1つ零れた。零れた星はキラキラ輝きながら私の眼球に着床し、入り込んだ。いつの間にか彼女の瞳から零れる星は何十、何百という数になり、それは流星群となって私の眼球に墜落し、私の脳みそを侵食して、バチバチと私の世界を埋めつくした。


 こうなってしまったら、私はもう抗えない。

 7歳のあの日、輝く一番星の煌めきに圧倒されて、ポキンと折れてしまった、秘めたる心が、ぱちぱちともう一度燃え上がる音を聞いた。


 「…やってみる。」


 「…え、ホント??本当にホント?うそ、よし、よし、やった!よしよしよし!!信じらんない!!マジ?マジで?死ぬ!!…あ、それでね、儚音…いや、堕星儚音さん。」


 彼女は耳を真っ赤に染めて、月のうさぎみたいに一通りぴょんぴょんと飛び回った後、私の前で姿勢を正した。


 「アメリカってさ、多様性とか凄いんでしょ?日本も、ほら、えるじーびーてぃーきゅう?とかあるらしいけど。でもね、全国放送ではやっぱり男と女の恋愛が良いとされているじゃん?だから『星スキ』では、適当に山田を選んで、付き合うふりするつもりなんだけど。でね、あのね、」


 「アメリカに行ったら、オルハと、結婚してくれませんか。」


 授業開始のチャイムが鳴った。

 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 というわけで、私と織羽はアメリカの地でお揃いのリングを指に付けている。

 つい半年前まで、日本では天ノ川織羽と山田彦星は長年付き合っているが年に一度しか会えない「七夕カップル」として知れ渡っていた…というのも、山田彦星くんは賭博罪で検挙されたらしい。高校生モデルとして有名だった彼も、彼の根っからの怠慢な性格が祟り、芸能界での信用も徐々に崩れ、堕落し、ギャンブルにどっぷりハマったと。


 その知らせがハリウッドへ届くや否や天ノ川織羽はSNSにて、織羽&彦星による「七夕カップル」の破局の知らせを告げた。


 一方天ノ川織羽は、『The minlky Way』というドラマのヒロインとして一躍有名に。今やそのドラマは世界最大級の動画配信サービス『Netskix(ネットスカイックス)』によって全世界に配信され、Netskix歴代1位の人気を誇っている。大人になるにつれ彼女は益々天女のような麗人となり、燦然としたオーラを身に纏うようになった。


 ちなみに私はこのハリウッドで、またお芝居を始めた。今はちょっとした役しか貰えていないけど、私の大和撫子らしい温和なルックスや、日本語訛りの英語は、割と需要があるらしい。

 



 今は隣の部屋で、オルハがインスターライブをしている。視聴数はおおよそ10万人だろう。今や、日本人だけでなくアメリカ人を含む、世界中の人々に彼女は認められている。彼女がハリウッドの街中で声をかけられ、サインをねだられる度に、隣を歩く私は有頂天になってしまう。

 

 「ちょっと、儚音〜?こっちの部屋来てくれない?」


 織羽の呼ぶ声が聞こえたので、私は機材の不調か、何かちいさな問題が起こったと思った。


 「どうしたの?織羽。何かトラブル?」


 部屋に足を踏み入れた途端に、織羽は私の腰に腕を回し抱き寄せた。


 「"Alrighty! This cutie right here is Hakane, Orha's wiiife!"

 (というわけで、この子がオルハの妻のハカネでぇす)」

 

目の前には、配信用カメラ。問題なく、稼働している。


 つまり、全世界に、私と織羽の密着した姿を見られている。

 

 「はっ?!織羽?!何してるの?」


 織羽は私の頬に手を添えた。これはまずいと勘づいて、距離を取ろうと試みるが、週3でジムに行き、週4でピラティスをするスーパーボディの織羽の腕から逃げられるはずが無い。

 「は〜い暴れなぁい。…あのね、オルハね、離れ離れとか、一年に一度しか会えないとか、そういうのマジで無理なの。だから…」


 織姫の夜空色の瞳が細くなる。彼女の彗星の尾みたいなアイラインが煌めいて、次の瞬間、私たちは深く深く口付けを交わしていた。



 「これから先、オルハはベガみたいに光り輝き続ける。星みたいに無数にいる人々の中で、最も明るく輝く恒星になるよ。でもどうか、ずっと隣にいて欲しい。…いや、ずっと隣にいてください。」

 

 

ピタ、と1度停止したチャット欄が次の瞬間には物凄い勢いで流れ出した。


「WHAAAAAAAAAT????!!!!」

 「うおおおおおめでとう!お幸せに!」

 「祝你們幸福…」

 「This is the best day of my LIFE:)」

 「FROM BRAZIL WITH LOVE ♡CONGRATULATIONS!!」

 「내 심장 어쩔거야... 너무 좋아!!!」

 「Je suis tellement heureuse pour vous!!!」

  「IM SO GAY AND SO HAPPY RN」

 「KISS AGAIN KISS AGAIN KISS AGAIN!!!」




 「いいの?これ。お仕事に影響するかもよ。」


 「いーのいーの!オルハ、儚音が隣にいてくれたらそれだけでいいから!」


 彼女の満天の笑顔に圧倒されて、私も笑顔になった。

 今日のカリフォルニアは快晴で、夜には星が輝くだろう。私は空の星には触れられない。だけど。

 君がスターになったなら、どうか私の隣で永遠に光り輝いていて欲しい。

 

 

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