第一章 『私の素晴らしい世界』

1 【原初的なもの】

 【ダンスホール】(日付 99月 999日 天気 赤い空 紅曜日)


 空虚の中に君の悲しみがあった。門の後ろに太陽の消滅が見える。それがチラチラと光って、今宵のスポットライトにぴったりだった。

 今日は、ダンスパーティー。意外と小さなホールにファッションセンスの壊滅的な熟年のプリンセス達が揺れている。それはもうダンスではなく、宇宙の交信。インクルーシブタウンはつまらない奴らばかりだから外的生命体が今のこの救いようのないホールには必要だ。

 私は裸だった。裸のまま壁際によりかかって、退屈を噛み締めていた。テーブルの端に並べられているケーキ。私は一人の女をロックオンして、そうしてその後一口ケーキを食べた。案の定、柔らかいスポンジの中に彼女が入っていた。ああ、私が今入れたのだ。次の瞬間口の中でザクリと音が鳴って、歯茎が振動するほどの断末魔が聞こえた。骨をバリバリと食べて一緒くたに飲み込んだ後……ああ! 苺の味!

 そうだな、君は消えるべきだったよ! だってこのパーティの雰囲気をぶち壊そうとしていたからね! 食べ物を持ち帰るだなんて! ダメダメ! それは招待客以外が食べると消滅してしまうんだから!

 その後は、君と少しだけダンス! 足を踏み出す度に、コーティングされたフロアから銀河の粒子が舞い上がり、それはまるでミルキーウェイを乗り回しているかのようだった! 君のステップは軽やかで、なんと美しかったことだろう……。私は星屑の涙を流した。だって、こんなにも美しく狂っている空間を、私は3日以内では知らないんだから……!

 私は何かを言おうとして、人差し指を立てるが、言葉は出なかった。口が何か入れてくれと欲しがるようにパクパク動くだけで。つまり……トーク力がない。

 すると君がバケツからカビの生えたフランスパンを取り出してきて、私の口に突っ込んだのだ! その時感じた! ああ! 原初の味! たまにはつまる君! たまにはつまる君だってね!

 ポケットにあった飴玉一粒。私はそれを取りだして人工のシャンデリアに翳す。キラキラ光って、そのあとそれを舌で転がして、覚醒した。まだまだ踊れるぞ!

 その後、やってきたウエイターがワインを差し出した……かと思ったらそれは蛍光色のレモネードだった! そしてもう君が飲んでしまった! 君が煙を吹いてガタガタと崩れて、そうして気持ちよい夢を見ているかのように動かなくなった! それは何度目の死だろう!? 私も直ぐに、君に会いに行くよ!

 ウエイターからグラスを貰う。頭に叩きつける。大量の出血。転倒。フロアの海へダイブした。

 ……百色の走馬灯が脳内をぐるぐると駆け巡る! 甘い匂いと焦げた匂いが入り交じり、嗅覚をフィーバーさせる。圧倒的な力に押し付けられていた……。何千羽もの鳩が大空を羽ばたいて、そうして何千匹ものクリオネが光の糸を撒き散らす……。私はその雲のしっぽを掴もうとしたけれど、あと少しで届くことはなかった。

 そうして、しばらくRAINBOWな景色に包まれたあと、冷たい静寂がやってくる。ゆっくりと目を開けたとき、眩い閃光が待ち望んでいたかのように、優しく私を抱擁した……。


 ……。


 私は復活した! いい体験だったよ。なんでだろう。いつもの死亡から誕生までより心地が良かった。えへへ、君がいたからかな? でも、今度は私より先に生き返るのは、レッドカードだぞ! はあ、寝起きがいい! それでは続きを踊ろうか! 今の私は生まれたてホヤホヤだから!


 【映画鑑賞】(日付 720月 36日 天気 優しい太陽 草曜日)


 度し難い悲しみ。ドライアイ。笑う、笑う、笑う。君と青空の下映画! 楽しい! 楽しい! 享楽主義! そして悲しい。鳥がフンを落とす。なんてやつだ! 後でdeleteだ! 君に注意を引く。スクリーンの中で、飛ぶ飛ぶ飛ぶ! 人が飛ぶ! ああ! 制作費が壊滅的だ! なんなんだあのグラフィックは!? 見るに堪えない! そうして燃える! 吹かれる! 街が散り散りになる! はあ楽しい! 楽しい! そうして虚しい!

 私は指でポップコーンを摘む。しかし、既にチキンになっている鳥に食べられる。二度悲しい。

 そうして急に強烈な衝動に駆られる。私はイマジナリーシャベルを取り出して、穴を掘る。出来上がる土の山。緑の芝生の穴の中。顔だけひょっこりだす。覚醒。手を振る。君が私を見ている。可愛い、可愛い。つぶらな瞳。潤い100%! 食べちゃいたい! いいや、食べるぞ!

 ああ、椅子より穴の方がずっとずっといい。湿っていて、そうして落ち着いていて、胎内の家……。

 だから君の分も隣に掘ってやった。二つの穴。二つの夕日。一つの心臓!

 より過激な映画、鑑賞継続!

 ああ! 思い出したけれど今日も裸だった! なんてこった! 君に会うときは服を着ようと部屋中にメモ貼っていたのに起きたら全て引き剥がされている……。どうしてだろう?

 ああ! けれど体の解放! これが至高! 原初の世界! 人間! 人間! 人間じゃないけど! 素晴らしい風! 揺蕩うメロディ! 永遠に続く映画! リバースされるリール! この上ない快楽! 君との享楽!


 【夜の公園】(日付 600月 1日 天気 だんごむしの湿り気 畑曜日)


 私の名前はダーザイン。あと他に100個くらいある。常に色んな階層を飛び回っている。つまり、誹謗中傷が一点に来ないようにする為だ。これは、マジ。半分嘘。

 今朝のご飯はカーテンを丁寧に食べる。アイロンをかけるとコクが増す。けれど味は特に感じ取れなかった。空気より苦くて、君より甘い。ごめん、それは嘘。だって君の甘さは格別に苦いんだから!

 真っ黒い公園に来た。ブランコの鎖が氷のように冷たい。錆びた鉄がキーキーと金切り声を上げる。床を蹴る。隣の君。水たまりを見ている。水たまりの中の君も、君を見つめ返している。

 ああなんてこった! また裸じゃないか! どうしていつもこうなんだ? そうだ、アイスクリーム食べるか? 乳で作ったんだけど。そう言って君に差し出した。微笑みなのか、悲しみなのか、よく分からない無言! 伝えたいことがあるならハッキリ言ってくれないと分からないだろう!? それなら手をクラップしてもらうか、私がまたあの触手のテレパシーを使うぞ!?

 ああうん、そうか、要らないか。要らないよね……。分かったよ。

 じゃあ、私が2つ食べるね。えへ、君の分も食べるね? 食べちゃうよ? 食べちゃうぞ? ほんとにいいのね? 本当に?

 鎖をちぎってアイスを叩きつける。「カキーン」と音が鳴って即座にアリが群がってきた。なんだなんだ!? 退け! お前達のものではない! これは、これは、私の極上の乳で作った……。下を向く。はあ、もうどうでもいい。それじゃあ帰ろうか。ずっと後ろで這いつくばってる人もいるしさ。


 【風船と空】(日付 2月 222日 天気 亀裂の空 虹曜日)


 色とりどりの風船のブランコ! 下は見れない! だって高すぎるから! だから君と話す!

 おーい、お前の風船、テロリストに破壊されたでしょうー!? だって、赤いのだけ消えてるもーん! うんうん、そういうのは的にされるからー、もっともっと赤で埋め尽くせば、落ちる時に心臓がヒューってなると思うよー!

 なんかさあ、私思うんだけどさあ、世界ってさあ、血とセックスと恐怖と快楽でしか、出来てない気がするんだけどさあ君、どう思う?

 ああ、空を見ていたんだね。綺麗な空だね……。目の前にドデカい爪痕で引き裂かれてるけど、まあいいんじゃない? 私こういう希望と絶望のミディアムみたいな天候、結構好きだから。

 ああ、それでさあ、話戻るんだけど、私さあ、誰かを助けたくて、それで昔……助けたことがあったんだけど、必要の形をしてなかったみたいで、そうして土になっちゃったんだよね。君もそういう失敗みたいな、お節介みたいなこと、ある? 彼女が土になりたかったなら、今ではきっとそれで良かったんだと思うよ。多分ね。分からんけど。

 まあ、私も定期的に土に還るよ。その方が生きやすいもんね。うん、分かる! 土の中ってさ、温かいよね……。胎内みたいで。誰かに木漏れ日色の如雨露で、優しく水を上げてもらいたいよね。それでさあ、「おはよう」って、言われるの。今日の気分はどう? とか聞かれてさ。うん、特に君みたいな人にね。

 あれっ、てかお前って前にめちゃくちゃ死んだよね? しかも壮絶に! ああ! 純度が落ちている! 悲しい! 悲しい! とっても悲しい! 君の瞳はプリズムのように輝いているから、【死】っていう一番腐ったものから、一番遠い所にいるって、いつも勘違いしてしまうよ!

 ねぇだから純度ってさぁ、風船の中の空気みたいに、少しづつ薄まって、そうして飛べなくなるんだ。自分が汚れたことにも気付かずに、まだ翼が生えていると錯覚するんだよ……。もうずっと地面に近いところまで落ちているのに、心はどこまでも、雲の上。私達みたいだね。いいや、私達は逆の地獄にいる。

 うん、だから私も純度なんてとっくにどこかへ消えていったけれど、君を見て喜びを延命させてるだけなの。だって君、可愛いからね! 私はそうやってダラダラと消費しきれない生を消費する……。

 あれ? ここはどこ? 世界の終点かな? ああもう! 今日も裸だった!? そうだ、私は何も服を着る努力なんてする気がないんだ……と見せかけて今日は帽子は被ってきたのさ! ほら、見て、このリボン。凄く原初的で……

 あれ、落ちちゃった。何層もの雲のハンモックを滑り抜けて、ずっとずっとずっとずっと下にね。君はもう塵と同じになった。

 そうしてそれと共に、私はああ、見てしまった。

 つまらない程まとわりつく地上……。


 【深海の待合室】(日付 59月 595日 天気 水圧 空曜日)


 海の中の待合室で数時間思索。概念一人いないし、誰も来ない。静かで、冷たい。そうして虚しく、揺らめくように、優しい。寄りかかる水圧を押し返す。私が歩くと、遠慮するように去っていく、海水と泡沫。

 私は、どれだけ破壊されようとも、己というものは必ず沈殿して、冷たいフロアに舞い落ちる。それでもどこかへ行きたくて、心の中の信念を、いまでもずっと、探してる。私はそれを他人に見出すまで、間違っても消えることは……出来ない。出来ないんだよ。悲しみと、空虚、それはどちらも水底の砂のように脆く、過去のボトルメールの哀愁を内包する……。けれど、誰も見つけて、中身を読んでくれることは、無い。

 簡素な椅子が2つある。私はそこに座って、胸の金庫をこじ開ける。私の中に深淵を内包している。だから私は……深淵そのものなんだ。そうして誰も、それを見ることは、出来ない。だからもし私が深淵を覗く時に、他者は、私が私の空洞に独りで挨拶しているように見える。だから私が深淵と対話するのも、私が深淵に執着するのも、全て何の意味もない、根無し草のように、一括に含められて削除される。

 ……けれどそれは、紛れもない【私だけの】深淵なんだよ。だからそれがなかったことには、出来ない。だって深淵は、ここにあるんだから。

 ガラス越しに、大きな影が、砂を攫って尾びれを揺らして消えてった。スネルの窓へ向かって。

 ああ……全て無意味だということは、誰が決めるんだろう? それを有用だと決めることも、誰がするんだろう? 無意味だと思われる全てのものは大抵、彼らが一番欲しいものだ。まだ気が付かないだけで。

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