『鉱山からの残響』中

夜半、美奈子の娘・彩音はふと目を覚ました。

部屋は静まり返り、外からは虫の声すら聞こえない。


なぜか机の上で携帯の画面がかすかに光を放っていた。

寝ぼけ眼で手を伸ばすと、画面には通話中の表示。


見覚えのない市外局番が点灯していた。


短縮ダイヤルではなく、数字が一つずつ整然と並んでいる。

しかし、そんな操作を自分がした覚えはない。


耳に当てると、機械的な女性の声が繰り返された。



「おかけになった電話番号は、現在使われておりません」


アナウンスはループし続けている。


(なんで……? 私がかけたの?)



携帯には普段ロックがかかっており、顔認証も設定していない。

誰が六桁の暗証番号を入力し、電話アプリを開き見知らぬ番号を

発信したのか。

恐怖がじわじわ胸を締め付け、その夜彼女は一睡もできなかった。



翌朝、美奈子に事情を打ち明けると彩音は再び発信履歴を確認した。

表示された番号は「栃木県」の市外局番を持つ固定電話。


知人も縁もない土地だった。

さらに追い打ちをかけるように、甥の拓海からLINEが届いた。


《なあ昨日、俺の携帯が変でさ……》


話を聞けば、彼も同じ時間帯に同じ現象を体験していたという。


夜中、風呂から上がるとベッドの上のスマホが勝手に発信していた。

番号は――やはり同じだった。


「偶然じゃない……よな」


美奈子の背筋に冷たい汗が伝う。


後日、彼女は陽平と梨花に相談を持ち込んだ。

番号を調べると栃木県の山間部、過疎地と化した小さな地域が表示された。


ストリートビューに映るのは、荒れ果てた木造家屋と雑草に埋もれた廃屋。

明らかに人の気配はなく、数十年は放置されたままに見える。


「……廃村、ですね」


陽平が低く呟く。


さらに古い記録をたどると、その地はかつてA銅山の麓に拓けた

宿場町だった。


坑夫たちと行商人で賑わい、最盛期には夜を徹して明かりが

絶えることはなかったという。


だが昭和の鉱毒事件を境に衰退し、やがて村は見捨てられた。




「奇妙だな……」陽平は顎に手を当てる。

「小松のO鉱山が栄え始めたのは、ちょうどA銅山が廃れた時期と重なる」



記録によれば、A銅山から一部の坑夫や測量士が

石川県のO鉱山に呼ばれ


移り住んでいた。

つまり――あの坑道と、見知らぬ番号の地域との接点はー鉱山。




では、なぜ彩音と拓海の携帯は夜中にその番号へ「かけさせられた」のか。

黒電話が家庭に普及し始めた昭和の時代の番号は、なぜ今もなお

存在し応答しているのか。


冷たいアナウンスの声が、陽平の脳裏で甦る。


――おかけになった電話番号は、現在使われておりません。

――おりません…


それは、本当に「不通」を告げる言葉だったのか。

あるいは――“今はもう、この世にはいない”ということを

意味していたのか。



彩音と拓海の携帯が、なぜ自ら発信したのかは分からない。

だが、その番号の背後に潜むものと、いまだ坑道に縛られたままの存在とが

――同じ脈動を共有していることは、疑いようもなかった。

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