ホラー短編集『鉱山からの残響』
アフレコ
『鉱山からの残響』上
「娘と甥を連れて行った観光先で妙なことがあったんです」
沢田梨花の友人・美奈子は半ば打ち明け話のように語り始めた。
夏休みの退屈しきった子供たちを気晴らしに連れ出そうと
車で小松の山奥にある古びた鉱山博物館へ向かったのだという。
山道を抜けた終点に建つその建物は昭和の残り香を
まとったまま時を止めていた。
展示室には、江戸から昭和までの採掘の歴史が並ぶ。
錆びた道具、煤けた写真。
どこか生臭さを漂わせる作業服姿のマネキンがやけに
現実感を帯びていた。
「帰ろうとしたらね出口の脇に<先へ進め>って看板が出てたの」
示された先は、山の斜面に口を開けた坑道の入り口だった。
両脇に鉄の扉が設けられ開閉時間を告げる錆びた札がぶら下がっている。
吊り橋を渡り近づくと中からひやりとした空気が流れてきた。
冷蔵庫を思わせる湿った空気に娘と甥は最初こそ
歓声を上げたもののその足取りはすぐに重くなる。
坑道はカタカナの「コ」の字を描くように続いていた。
わずか60メートル程の坑道。
天井から滴る水滴の音と冷気に煙る白い空気が
距離感を狂わせる。
展示のマネキンたちはライトに照らされ、どれも背を丸め
壁の穴に向かって無言でツルハシを振り上げている。
美奈子は子供たちを並ばせ背後のマネキンを背景に写真を撮った。
しかしシャッターを切った直後ファインダーに映る人形の一体が
わずかに顔をこちらへ向けたような錯覚を覚えたという。
坑道の半ばで道は急に細くなり二人並んでいた子供たちは
一列に並ばざるを得なくなった。
荒削りに打たれたコンクリの床はわずかに湾曲し
水滴を両脇の溝へ導いていた。
冷気はいよいよ濃く振り返れば十メートル先すら霞んで見えない。
子供たちは「後ろを歩くのが嫌だ」と口を揃え美奈子の背に
すがるように順番を入れ替えた。
やがて出口の灯りがぼんやり見えた時、
三人は互いに顔を見合わせると言葉もなく小走りに駆け抜けた。
外気に触れた瞬間、ようやく息が戻ったように安堵の吐息が洩れる。
「なんか……怖かったね」
子供たちは車に乗り込むなりそう呟いた。
美奈子も同感だった。
心霊スポットというわけではない、ただの観光名所。
だが背後からずっと「誰か」に見張られている感覚が離れなかった。
そのまま真っ直ぐ帰るのはとまどわれ途中のラーメン屋に寄って
体を温める。
だが湯気の立つ器の向こう、娘と甥の瞳には
まだ坑道の闇が映り込んでいるように見えた。
「それ以来、子供たちの様子が変なんです。……
何があったのか、聞いても答えてくれないんです。
ただ、携帯から声がすると……」
美奈子の声は震えていた。
梨花がこちらに顔を向け、陽平も察したかのように頷く。
「また、例の調査ってことか」
自分に言い聞かせるように呟き、陽平は手帳を開いた。
鉱山に眠るものは、ただの歴史か。それとも。
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