第9話 朝起きたら、世界がざわついてた
朝。
アキナの声が、いつも通り静かに響いた。
「おはようございます、任谷ハルキ様。睡眠の質は良好でした」
「おはようさん……うーん、よう寝たわ」
ハルキはベッドの上で伸びをしながら、ぼんやりと天井を見上げた。
昨日の配信のことを思い出す。
「まあまあ緊張したけど、しゃべるだけやし、案外いけるもんやな」
リビングに出ると、カナメが朝食の準備をしていた。
ミオはすでに端末を開いていて、何かを見ている。
「おはよう、ハルキくん。……って、ちょっと待って」
「ん? なんや、朝から真剣な顔して」
「これ、見て」
ミオが端末を差し出す。
画面には、昨日の配信の再生数が表示されていた。
「……え?」
ハルキは目をこすった。
「ゼロ一個、多ない?」
「うん。夜のうちに、すごい勢いで広まったみたい」
「え、なんで? オレ、ただしゃべっただけやで?」
カナメが静かに言葉を添える。
「あなたの声が、誰かに届いたのです。今の社会では、男性の声が公に流れることはありませんから」
「……そっか。オレの“普通”が、こっちでは珍しいんやな」
ハルキは端末を手に取り、コメント欄をスクロールした。
「この声、ほんとに男性?」
「なんか、落ち着く」
「もっと話してほしい」
「次の配信、いつ?」
「……うわ、ほんまにいっぱい来とる」
ミオが笑いながら言った。
「ね? 言った通りでしょ。誰かが聞いてくれるって」
「いや、聞いてくれるどころか、めっちゃ広まっとるやん」
カナメは紅茶を差し出しながら、静かに微笑む。
「あなたの声が、誰かの朝を変えたのかもしれませんね」
「……なんか、照れるな」
ハルキはソファに座り、端末を膝に置いた。
「オレ、ただ“ひまやなぁ”って言うてただけやのに……」
「それが良かったんだよ。作ってない感じが、みんなに響いたんだと思う」
画面の中では、共有数がさらに増えていた。
「……これ、次も期待されとるんちゃう?」
「うん。もう“次の配信”ってタグができてる」
「タグて……未来の人、動き早すぎやろ」
ハルキは少しだけ考え込んだ。
「……ほな、次はもうちょい長めにしゃべってみよか」
ミオが笑顔を見せる。
「やる気出てきたね」
「いや、せっかく聞いてくれる人おるんやし、ちょっとはサービスせなな」
「じゃあ、次は“未来の風呂事情”とかどう?」
「それ、誰が興味あんねん」
三人の笑い声が、静かな部屋に響いた。
未来の空気の中で、ハルキの声は確かに届き始めていた。
それは、誰かとつながるための、次の一歩だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます