第10話 画面の向こうに、誰かがいる

「こんばんは。任谷ハルキです。今日もぼちぼち、しゃべっていきます」

二度目の配信。

ハルキは端末の前に座り、アバター越しに画面を見つめていた。

前回より少しだけ長めに、未来の生活について話す予定だった。


「今日はな、風呂の話でもしよか。こっちの風呂、勝手に温度調整してくれるんやけど……」

画面の下に、コメントが流れ始める。

《うちのは香りも選べます!》

《ハルキさんは何度くらいが好き?》

《自動温度調整、便利ですよね》

《ぬるめ派!わかります》

《うちの家族は全員熱湯派です(笑)》


「お、コメント来とるな。ええな、こういうの」

ハルキは笑いながら答える。

「オレはな、ちょいぬるめが好きや。熱すぎると、のぼせてまうねん」

「熱湯派て……修行かいな」


画面に、また新しいコメントが流れる。

《ハルキさんのツッコミ、好きです》

《“修行かいな”タグ作っていいですか?》

《未来の風呂事情、もっと聞きたい!》

《うちのは照明も変わりますよ》

《風呂で音楽流してます》


「照明と音楽て……風呂がライブ会場になっとるやん」

「ほんま、未来の風呂はエンタメやな」


ハルキは画面を見ながら、少しだけ身を乗り出す。

「ほんでな、風呂入ったあとに飲む水が、またうまいんよ。なんでか知らんけど、未来の水って、ちょっと甘い気ぃせえへん?」


コメントがまた流れる。

《それ、わかります!》

《水の味は調整されてるらしいですよ》

《甘さはミネラルの配合かも》

《“未来の水”って言い方、好き》

《タグにしていいですか?》


「ほーん、そうなんか。未来の水、賢いなぁ」

「タグて……ええけど、オレの代表作が“水”になるんか?」


ハルキは、画面の向こうに誰かがいることを、はっきりと感じていた。

「なんやろな……オレ、ただしゃべってるだけやのに、誰かと話してる気ぃするわ」


コメントが静かに流れる。

《それが配信のいいところです》

《ハルキさんの“しゃべってるだけ”が、すごく心地いい》

《もっと聞きたいです》

《毎晩聞きたいくらい》

《声に癒されてます》


ハルキは、ふっと笑った。

「なんや、オレのぼやきに共感してくれる人がおるって、ええな」


「ほな、今日はこのへんで。見てくれてありがとうな。次は……なんか、未来の食パン事情でも話そか」


コメントが最後に流れる。

《楽しみにしてます!》

《#未来の食パン》

《おやすみなさい、ハルキさん》

《今日もありがとう》

《また明日も聞きたいです》


配信を終えたハルキは、静かに端末を閉じた。

「……ほんまに、誰かと話してた気ぃするわ」


その夜、彼は少しだけ、未来に馴染んだ気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る