第2話 思念伝達
口元に手を当ててクスッと笑みをこぼすと、ダレンは形の良い眉をピクリと動かした。
「何がおかしい?」
「あぁ、申し訳ございません。真剣にお話をしているおふたりを笑うなんて、確かに無礼が過ぎましたね」
そう言って口元に貼り付けたような笑みを浮かべた私は、真っ直ぐに彼らを見据えた。
「だけど……真実の愛、ですか。何というか……ダレン様もルチアーナさんも、とっても幼稚なことを仰るのですね。まるで夢を語る幼子を見ているようで、それを笑うなという方が難しいのではございませんか?」
私の言葉に、ダレンの顔が怒りでカァッと赤くなる。
「なんだと……!?」
「そんな言い方ひどいです! 私たちは本当に――」
「えぇ、愛し合っているのでしょう?」
ルチアーナの声を遮って問いかけると、彼女はぐっと言葉を飲み込んだ。
「ですが……ご存じの通り、私にはおふたりの心の声がすべて筒抜けになっておりますので、正式にご婚約をされる前に、今一度考え直すことをお勧めします」
そう言うと、ルチアーナは「なっ……」と言葉を詰まらせる。
けれど反対に、ダレンはわなわなと肩を震わせると荒々しい声を上げた。
「いい加減にしろ! どうせそんな力なんて、最初から持っていないんだろう!」
ダレンの言葉に、私たちの周りを取り囲むように様子を伺っていた招待客たちは、驚いた様子で周囲に目配せする。
幼少期に私が不思議な力を持っていると発覚した当時は、貴族の間ですぐに噂が広まった。
10年以上経った今となっても、私が人の心を読めることを知っている人も少なくない。
だけど、両親や屋敷の使用人にさえ、この力を気味悪がられていたのだ。
たとえどんなにひどい言葉が耳に入ってきても、その詳しい内容まで誰かに話したことは一度もない。
だからこそ、私が嘘をついているのではないかとダレンが疑っていることも、すべて分かっていたのだが――。
「嘘、ですか」
「あぁ、そうだ! もし本当に心の声が聞こえているのなら、そもそも俺との婚約を受け入れるはずがない!」
なるほど。
つまりダレンは、心の中で私のことを散々罵っていたという自覚があるのか。
けれど、確かに普通の人間ならば、自分を見下している相手との婚約をすんなり受け入れるはずがない。
私が嘘をついていると思ったことにも納得だ。
「そんな……。まさかアンリエッタ様が、そんな噓をついていたなんて」
ダレンの言葉に便乗した様子で、ルチアーナも声を上げる。
「あぁ、そうに決まっている。大体、偉そうなことを言っておきながら、俺がルチアーナと会っていることにさえ気がつかなかっただろう!」
「ずっと前から気づいていましたが?」
「そうだろう! ……は?」
ダレンは素っ頓狂な声を上げると、私を見つめて固まった。
予想していなかった言葉に焦っているのか、何度も目を瞬かせる。
「心の声が勝手に聞こえてしまうんです。不可抗力だわ。でも、せっかくのいい機会ですし、あなたたちの出会いから何まで、今ここで詳しくお話しましょうか? 私が嘘をついていると思われるのも癪なので」
淡々と答えると、ダレンは眉間にしわを寄せて口を閉ざした。
ルチアーナも半信半疑な様子で、疑念に満ちた瞳で私を見つめている。
「確か半年ほど前、学園の中庭に高くそびえる千年樹の下でおふたりは知り合ったそうですね。大切なハンカチを落として困っていたルチアーナさんを、ダレン様が助けて差し上げたとか。……あらあら、まるでロマンス小説のようなベッタベタな出会いだったのね」
そう微笑んで、ダレンの心の声から仕入れた情報を正確に伝えていく。
ギョッとした表情で目を丸くする2人。
本当にそんな能力があるとは思っていなかったのか、動揺と焦りをその瞳に映している。
「どうしてそれを……。私たちしか知らないはずなのに――」
「だから言ったではありませんか。人の心の声が聞こえると」
呆気に取られるルチアーナの言葉を遮って答える。
「けれど残念ですね。せっかく運命的な出会いを果たしたというのに、おふたりが巡り合ったのは偶然ではないようですよ」
「……どういう意味だ?」
怪訝な表情を浮かべるダレンに視線を向け、私は続けて口を開く。
「ルチアーナ様はダレン様とお近づきになるため、様々な下準備をなさっていたんだとか」
ルチアーナを一瞥すると、彼女はハッと顔を上げた。
その額には、わずかに冷や汗が滲んでいる。
「ルチアーナさんがダレン様のおそばをうろつくこと半年。やっとの思いでダレン様に声をかけていただけたようです。また、ダレン様の行動範囲を正確に把握するために費やした期間は、およそ1年くらいかしら」
「1年!?」
「はい。見た目以上に、ルチアーナさんは努力家でいらっしゃるのね」
さすがのダレンも驚いた様子で声を上げる。
目的を達成するために涙ぐましい努力を重ねていたことは認めるが、だからと言って私に嫌がらせを受けているなどと濡れ衣を着せようとした現状を、許すつもりはないけれど。
「……じゃあ、アンリエッタ様はずっと前から、私の存在に気づいていたんですか?」
「えぇ。ダレン様に熱心な追っかけがいると思っていたのだけど、それがまさかルチアーナさんだったとは思いませんでした」
イタズラっぽく微笑んでみせると、怒りでカッと頬を赤く染めるルチアーナ。
肩をぷるぷると震わせ、悔しげに私を睨みつけてくる。
しばらくの沈黙のあと――。
「そう……ですか。だからアンリエッタ様は、私に嫌がらせを繰り返すようになったんですね」
ルチアーナが顔を上げると、その大きな瞳からはぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。
何ともわざとらしい。
私を嘘つき呼ばわりしたことを謝るでもなく、自分の立場が弱くなると涙を流して被害者ぶるなんて。
あまり関わりたくないタイプを聞かれれば、ルチアーナと即答するくらいには苦手な人種である。
こんな古典的な手口に騙される人間はいないと思いたいが――。
「アンリエッタ! 一体どこまでルチアーナを虐めれば気が済むんだ!」
まさかそれが自分の元婚約者だなんて、そんな光景、出来ることなら見たくなかったわね。
「アンリエッタ様は、私がダレン様と親しくしていることが許せなかったんですよね? でも、そんな卑怯なことをしてダレン様の心を繋ぎ止められるはずもないじゃないですか!」
そう言って、ルチアーナは涙ながらに訴えた。
「――まぁ、さっきから黙って聞いていれば、アンリエッタ様になんて口を利くのかしら……」
「けど、ルチアーナ嬢の話が本当なら、悪いのはアンリエッタ様じゃないのか」
背後でひそひそと話をする貴族たちの言葉に耳を傾けて、小さく息を吐く。
あぁ、面倒くさい。
本当にすべてがどうでもよくなってしまいそうだ。
大勢の前で婚約破棄を宣言されるだけじゃなく、ルチアーナに嫌がらせをしていたなんてデタラメな事実を突きつけられるなんて。
今日は人生で一番最悪な日だわ。
「分かりました。では、私がルチアーナさんを虐めていないという証拠をお見せすれば、満足していただけるのですね?」
問いかけると、ダレンは嘲笑うようにニヤリと口の端を吊り上げた。
「あぁ、いいだろう。まぁ、そんな証拠が本当にあればの話だがな」
私が口から出まかせを言っていると思っているのか、ダレンは余裕たっぷりの笑みで答える。
「だが、これだけ騒ぎを大きくしたんだ。もしも決定的な証拠を見せられなかったその時は、厳しい処罰を受ける覚悟があっての発言だろうな?」
「厳しい処罰、と申しますと?」
「学園の罪のない一生徒を、お前の身勝手な言動で傷つけたんだ。国外追放を命じられても、文句は言えないだろう」
やっぱり、そういうこと。
ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべるダレンを見つめ、改めて彼の狙いを確信する。
ダレンは昔から、気に入らない生徒に言いがかりをつけては、適当な理由で生徒を処罰していた。
その原因は、肩がぶつかったとか目つきが不快だとか様々だが、その大半は聞くに堪えない理不尽なものばかりだ。
それは婚約者だった私に対しても例外ではない。
きっとルチアーナと親しい間柄になってからは、特に私のことが疎ましくて仕方がなかっただろう。
彼女を新しい婚約者にして、目障りな私を国外にでも追いやることが出来れば、きっとダレンにとっては最高の結末。
――だけど、そんなくだらない理由でこんな人たちに苦しめられるなんてごめんだわ。
そんな思いから、ぎゅっと拳を握りしめる。
本当は使いたくなかったけれど、事情が事情だ。
仕方ない。
そう心の中で自分に言い聞かせた。
「……実は私、人の本心が分かる以外にも、もうひとつ別の力を持っているのです。この力は私の両親と、我が家で働く一部の使用人にしか知らせておりません」
淡々と告げると、ダレンは何を言っているのか分からないとでも言いたげな表情で、分かりやすく眉根を寄せた。
それはルチアーナも同じようで、2人で顔を見合わせている。
私はダレンとルチアーナに手をかざすと、目をつぶって小さく呪文を唱えた。
「――
その瞬間。
温かい風が円を描くようにダレンたちを包み、吹き抜けていく。
もちろん大ホールの扉はすべて閉め切っている。
その状況でダレンとルチアーナの周りにだけ風が吹くというのは、誰がどう見ても不自然な光景だろう。
「何だったんだ……?」
何か異変はないかと、自分の身体を見下ろしていたダレンがぽつりと呟く。
「今のが、アンリエッタ様のもうひとつの力ですか? でも、見たところ何も変わったことは――」
ホッとした様子でルチアーナが口を開いた時。
『まったく、どんなすごい能力かと思ってみれば、ただの見かけ倒しか。やっぱりアンリエッタを顔だけで婚約者に選んだのは失敗だったな』
大ホールに突然響き渡るダレンの声に、会場内はしんと静まり返った。
当のダレンは反射的に自分の口元を抑えるが、すぐに自分の口から発せられた言葉ではないことに気づいてうろたえる。
「なっ……なんだよ、これ! 一体どうなってるんだ!?」
「
「は……?」
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