『真実の愛』を見つけたと酔いしれる婚約者と浮気相手が鼻につくので、【思念伝達】でお互いの心の声をだだ漏れ状態にしたら一瞬で破綻した
一ノ瀬そら
第1話 婚約破棄を宣言されたので
「アンリエッタ。僕と婚約してくれるかい?」
「かしこまりました」
10歳になる年。
王太子であるダレン・ロルフ・ヴィクトールから正式に婚約の申し出を受けた私は、淡々と、事務的な返答をした。
ダレンとは同い年で、幼い頃から面識があった。
上級貴族の中で王太子の婚約者を選ぶとすれば、公爵令嬢である私の名前が挙がることも、何らおかしいことではない。
指通りの良さそうな金色の髪と、宝石のように煌めく青色の瞳は日の光を帯びて美しく、気品のある佇まいと優しい笑顔は、まるでおとぎ話に登場する王子様そのものだ。
ごく一般的な令嬢であれば、嬉しくないはずがない。
未来の王妃という立場さえ、確定しているのだから。
「本当? 断られたらどうしようってヒヤヒヤしたよ。でも、アンリエッタが婚約者になってくれるなんて、僕は幸せ者だな」
そう言って微笑むダレンに、私はニコリと愛想笑いを浮かべた。
『相変わらずつまんねぇ女だな。人形かよ。顔が良いから婚約者に選んでやったけど、これじゃあ先が思いやられるな』
耳に響くダレンの声。
けれど目の前の彼は声を発していないので、私は変わらず笑顔を作る。
――あぁ、本当にうんざりするわ。
私は幼い頃から、人の心の声を聞くことが出来た。
その力のせいで、両親や使用人を怖がらせてしまったこともある。
好奇の目で見られることも珍しくない。
聞きたくなくても聞こえてしまうのだ。
表面上では私に優しい言葉をかけていても、本心ではみんな私のこの力を気味が悪いと思っている。
自分自身で制御することも出来ない。
だから私は、すべてを諦めることにした。
優しい言葉の裏で酷いことを思われていても、私は聞こえないフリをする。
誰にだって、何にも期待しない。
笑いたくなくても笑顔を振りまく。
そうすれば、自分の心が少しだけ楽になると気づいたから。
ダレンが私を愛していないことだって、最初から分かっていた。
だけど、王家から直々に縁談が舞い込んだのだ。
仕方ない。
そう何度も自分に言い聞かせた。
元々貴族間の婚約は、お互いが好意を抱いているかどうかはあまり重要ではない。
婚約者のダレンを陰で支えることが、私の役割だ。
きっとお父様とお母様も喜んでくださる。
公爵家の名に傷を付けることのないよう、務めをまっとうしなければ。
だから、今は――。
* * *
ダレンの18歳の誕生パーティー。
王城の夜会などによく使われる大ホールは、この日のために用意した色とりどりの料理や、豪華絢爛な調度品で煌びやかに彩られていた。
見上げれば首が痛くなってしまいそうなほど高く広々とした天井には、美しく輝くシャンデリア。
大ホールの奥には、様々な楽器を奏でるオーケストラの生演奏が耳に心地良い。
王族の生誕を祝うだけあって、そこら辺の一貴族とは比べ物にならないほど豪勢ね。
そんなことを考えていると――。
「アンリエッタ・レイドール! 今日この時を持って、お前との婚約を解消する!」
「かしこまりました」
その場にそぐわない苛立ちを含んだ声に、会場内はしんと静まり返る。
心配そうに様子を伺う招待客の眼差しを気にも留めず、真っ直ぐに私を指差して宣告するダレン。
そんな彼を見据え、私はいつも通りの事務的な返答をした。
けれどその態度が気に入らなかったのか、彼はキッと私を睨みつけてきた。
「婚約破棄を告げられたというのに、言うことはそれだけか? つくづく可愛げのない女だな」
そう吐き捨てると、ダレンは不機嫌そうに舌打ちをする。
「申し訳ございません。では、詳しく理由をお伺いしても?」
私は笑顔を崩さないまま、彼に尋ねる。
するとダレンはニヤリと口角を上げ、得意げに話し始めた。
「俺は昔から、同情でお前を婚約者にしてやっていたんだと気がついたんだ。何しろ、人の心の声が聞こえるとかいう気味の悪い力を持ったお前を、俺の婚約者に選んでやったんだからな」
『同情』などと、まさかそんな言葉が出てくると思わなかった私は、ぱちぱちと目を瞬かせる。
だが、ダレンは私がショックで言葉も出てこないと思っているようで、勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「でも、俺が本当に好きなのはお前じゃない。真実の愛を見つけたんだ」
そう言って、ダレンは傍らに立つ人影を抱き寄せる。
ミルクティー色の髪色と、あんず色の瞳が可愛らしい小柄な少女だ。
「俺はお前との婚約を解消して、このルチアーナを新しい婚約者にする。人形のように何を考えているかも分からない女より、ルチアーナの方が妃に相応しいと、きっと父上も納得してくださるはずだ!」
高らかに告げるダレン。
私たちの会話を見守っていた招待客からは、戸惑いに満ちた声が漏れる。
『俺に捨てられたことがよっぽど堪えているようだな。まぁ、泣いて縋りついてきても、考え直してやるつもりは微塵もないが』
聞きたくもないダレンの本心に、小さく息を吐く。
公の場で、婚約者を乗り換えることを堂々と宣言しただけでなく、まるで自分たちがいかに親密な関係であるかを見せびらかすように、人目も
行動のすべてが浅ましく、これが我が国の次期国王なのかと思うと情けなくて涙が出てきそうだ。
「確か……ルチアーナさん、でしたね」
ダレンの陰に隠れて様子を伺っている少女に声をかけると、彼女は肩をビクッと跳ねさせた。
その瞳は涙で潤み、何かに怯えているかのようにダレンの袖を掴んでいる。
ルチアーナ・プラム。
男爵家の令嬢で、私やダレンのように王国内で最も格式高い名門校、ヴィクトール王立学園に通っている女子生徒だ。
「あ、あの……私――」
「やめろ! ルチアーナが怖がっているじゃないか!」
ダレンが声を張り上げた。
背後のルチアーナを庇うように。
「あら、随分と嫌われてしまったのですね。お名前を尋ねただけなのですが」
愛想笑いを崩さず答える私を、ダレンは睨みつける。
「白々しいことを……! 散々ルチアーナを虐めておいて、よく平然としていられるな!」
きっぱりと告げられた私は、小首を傾げた。
「虐めとは、一体何のことでしょう? そもそも私、こうしてルチアーナさんと向かい合ってお話をすること自体が初めてなのですけれど」
答えると、ルチアーナはダレンの袖を離し、数歩私の方へと歩み寄ってきた。
その目からは、ぽろぽろと大粒の涙がこぼれ落ちる。
「ひどいです! アンリエッタ様。私に沢山の嫌がらせをしていたじゃないですか! ダレン様と親しく話す私のことが目障りだって。どうして本当のことを話してくれないのですか?」
声を震わせて訴えるルチアーナ。
手で口元を覆い涙を流す彼女を、同情の眼差しで見つめる招待客もちらほらと見える。
ルチアーナをなだめるように肩を抱いたダレンは、再度私に厳しい眼差しを向けた。
「俺に近づけば、ルチアーナだけじゃなくプラム男爵家もただじゃおかないと脅迫したそうだな。先日はルチアーナに怪我を負わせる目的で、彼女を階段から突き落とした。幸い軽い捻挫で済んだが、一歩間違えれば死んでいたかもしれないんだぞ!」
ダレンの言葉を合図に、ルチアーナはご丁寧にもドレスの裾を持ち上げて、包帯が巻かれた足首を見せつけてくる。
「ダレン様! 私、怖いです。このままじゃ、いつかきっとアンリエッタ様に殺されてしまうわ」
わぁっと泣き声を上げると、ルチアーナはダレンの胸に縋りついて涙を流す。
「あぁ、可哀想に。大丈夫。ルチアーナのことは俺が命に代えても守るから、何も心配しなくていい」
自分たちの世界に入り込んでいる2人を、私は冷めた眼差しで見つめた。
まるで寒い芝居を見せられているようで、頭が痛くなってくる。
私はこめかみを指で押さえ、ため息をついた。
そもそも、私がルチアーナを虐めているという話自体が、まったくのデタラメだというのに。
どうしてそんな簡単な嘘に騙されるのか。
呆れて言葉も出てこない。
日頃からダレンのことをどうしようもないと思っていたが、まさかここまで救いようのないバカだったとは。
『真実の愛』だ何だと言っておきながら、ルチアーナの本心にすら気づかないなんて――。
ダレンに抱きしめられているルチアーナを冷ややかに見つめると、彼女は周囲の人間に悟られないように、口元にうっすらと笑みを浮かべていた。
『あぁ、ほんっとうにチョロくて助かるわぁ。こんなに簡単にダレン様の婚約者になれるなんて』
ルチアーナの心の声が聞こえ、思わず顔が引きつりそうになる。
猫を被るのが随分と上手なのね。
私に代わって王太子妃になることが目的だったのかしら。
本心を一切表に出さず、さも自分が被害者かのように悲劇のヒロインとして立ち回るルチアーナには、呆れを通り越して関心さえしてしまいそうだ。
ダレンとの婚約は、元々私が望んでいたことじゃない。
婚約を解消すると言うのなら、それでも結構。
だけど――。
『これだけ騒ぎを起こしたんだ。アンリエッタを国外へ追放するくらいの厳しい処罰を求めても、何も不自然じゃないだろう。目障りな女を追い出すいい口実になった』
『いつもすました顔をしていて、ずっと気に入らなかったのよ。でも、いい気味だわ。私がアンリエッタ様の立場なら、大勢の前で婚約破棄されるなんて耐えられっこないもの』
聞こえてくるダレンとルチアーナの本心を聞き、最初から私を貶めようとしていたことは分かった。
お互いが愛し合っているというのなら、婚約でも結婚でも勝手にすればいい。
こんな人たちと話をするだけ時間の無駄。
私が反論したって、きっと何も変わらない。
いつもの私なら、そんな風に諦めていただろう。
だが、私を貶めようと企てていた彼らに良いように利用されて、身に覚えのない罪まで着せられたというのに、大人しく引き下がるのは我慢出来ない。
私は2人を見つめ、クスッと余裕たっぷりの笑みを浮かべた。
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